マスクできない理由があるのに 街で怒鳴られ、偏見、失職も

感覚過敏で悩む内田結子さん。「同じ悩みを抱える人を勇気づけられれば」と実名で取材に応じた

 新型コロナウイルス禍が長引く中、外出先でマスクをしていない人を見かけることがある。最初は「なぜ着けないのだろう」と疑問に思っていたが、記者は昨年、皮膚疾患になり、マスクを着用し続けることが困難な場合があると初めて実感した。

 同じような状況に陥り、マスクができない人は今、どうやって生活しているのだろうか。調べ始めると、社会的弱者となり、職を失ったり、偏見に苦しんだりしている人が意外と多くいることが分かってきた。(共同通信=一山玲佳)

 ▽「しないのではなく、できない」

  内田結子さん(30)は、感覚過敏で、マスクを着けると、耐えがたい痛みと不快感、違和感を抱き、持病のぜんそくの発作が出ることもあるという。「フェースシールドも含めて、20種類以上のマスクを試しました。海外から取り寄せたり、自作したりもしましたが、どれも耐えられませんでした」

内田さんが試したマスク。マウスガードや扇子型マスクなどあらゆる種類を試したが、どれも耐えられなかった

 通気性はいいが、痛みが強く出る化学繊維のマスクの内側にガーゼを張ると、少しは我慢できるようになった。それでも、長時間着けていると外した後も痛みが続く。

 仕方なくマスクをしないで外を歩いていると、すれ違う人から変な目で見られたり、暴言を吐かれたり。口元をタオルで押さえて入った衣料品店では、店員から「マスクをしてください!」と叫ばれ、理由を説明しても理解してもらえず、退店した。

 「外出するのも怖くなり、精神的にどんどん追い詰められていきました」

 内田さんは小学校の養護教諭で、児童の前では無理をしてマスクを着ける一方、職員室では同僚に事情を話した上で外していた。それでも、全員が納得したわけではなかった。

 「特に、上司に『どうしてマスクをしないのか』と言われるのがつらかった。『しないのではなく、できないのです』と説明しても分かってもらえず、無視されるようになりました」。職場での悩みも重なり、現在は休職中。近く退職するつもりだ。

ウレタンマスクの内側にガーゼを張った。短時間は着けられるようになった

 ▽「理由があるかも」と一呼吸、距離をとって

 内田さんは、外出先でマスクをしていない人を見かけたら「一呼吸」置いてほしいと訴える。

 「マスクをしない人に対し、すごく不安になるのは分かります。ただ『マスクをしていない=悪いやつ』と一瞬で変換する前に、一呼吸置いてほしいです。もしかしたら着用できない理由があるのかもしれないと。そして、お互いのためにそっと距離をとってもらえるとうれしいです」

 最近は、外出時に「マスクがつけられません」「ワクチンを受けました」とプリントされたバッジを着用している。周囲の理解も、以前よりは得られるようになった。「世の中には、みんなが普通にできることができない人がいて、それぞれに理由があるはず。私たちのような人がいるという認知が広がってほしい。私は子供が好きなので、養護教諭の免許を生かして、いつか社会と関われる仕事に戻りたいです」

 ▽医療従事者でも

 コロナ禍で多忙を極める医療従事者の中にも、感覚過敏で悩み、退職せざるを得なかった人がいる。

 関東在住の臨床検査技師の女性(26)が働く総合病院では、業務中のマスク着用が義務化された。マスクには以前から苦手意識があったが、長時間着用した結果、痛みが強くなり、パニック状態に陥って過呼吸になった。薬を飲んでも症状は治まらず、つらい日々が続いた。

意思表示アイテム。カードにはマスクを着けられない理由を書き込める

 通勤時にはヘルプマークを着け、裏に「マスクがつけられません」と書かれたカードを入れた。電車内では気遣ってくれる人もいた一方、見知らぬ男性から「障害者ならマスクを着けなくてもいいのか」と怒鳴られた。

 元々は活発な性格だったが、次第に人と関わるのが怖くなり、思い詰めた末に自殺未遂もした。感覚過敏であることを職場に打ち明けられないまま、昨年11月に退職した。

 「症状の苦しみに加え、拒絶されるのが怖くて周囲に相談できなかったり、他人から批判されたりと二次的、三次的な苦悩を抱えています。少し休んで、コロナが落ち着くまでは在宅でできることをするつもりです」と静かに語った。

 ▽「ノーマスク派」とは違う

 2人とも、自らの意思でマスクをしない「ノーマスク派」とは明確に区別してほしいと願っている。バッジなどの意思表示アイテムを身に着けているのは、周囲にその点も理解してもらいたいからだ。

 マスクを着けられない人は、感覚過敏以外にもがん治療の後遺症、発達障害などがある。

 

「しまうま」取締役の鈴木玲嘉さん。マスクを着けられない人たちをサポートしている=千葉県流山市

 こうした人たちをサポートするため、カウンセリングルームを運営する千葉県流山市の会社「しまうま」は「マスクをつけられません」と書かれたバッジとカードを作成し、無料で3千セット配布。現在は、自治体や公共施設向けにアイテムのデザインデータを提供しており、国会でも活動が取り上げられた。

 ただ、中には趣旨に反して「ノーマスク派」の人に、アイテムとして使われているケースもあるという。

 「しまうま」取締役の鈴木玲嘉さんは「本当に必要としている人が誤解されかねないので、やめてほしい。着用困難な人への理解が広がり、無理解や偏見による誹謗中傷がなくなることを願います」と話した。

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