SHAKKAZOMBIEのメジャー1st『HERO THE S.Z.』の、ポップさとスリリングさを同居させた構成力に完全脱帽

『HERO THE S.Z.』('97)/SHAKKAZOMBIE

昨年1月に急逝したSHAKKAZOMBIE のBIG-O、オオスミタケシ氏を悼み、リスペクトを捧げたトリビュート作品『BIG-O DA ULTIMATE』、そのアナログ盤が1月5日に発売になったばかりだ。SHAKKAZOMBIE と親交のあったアーティストや、彼らから大きな影響を受けたと公言する若手が参加。代表曲「空を取り戻した日」のリミックスなど6曲を収録した作品だ。当コラムでも、この機会にSHAKKAZOMBIE 作品を取り上げてみる。今や日本のヒップホップのクラシックと呼ばれる音源だが、そこには、これからも決して古びることがないアイディアやパッションが詰まっている。

伝説的ヒップホップユニットのひとつ

1996年7月に日比谷野外音楽堂で開催された『さんピンCAMP』は、日本で初めて大会場で開催されたエポックメイキング的ヒップホップイベント。Wikipediaによると[ステージではRHYMESTER「耳ヲ貸スベキ」、BUDDHA BRAND「人間発電所」、キングギドラ「未確認飛行物体接近中」「空からの力」、MURO「バスドラ発スネア行」、LAMP EYE「証言」など、後に「クラシック」として分類される曲が多数披露された]とある。その翌年には、[1月25日、OZROSAURUSがミニアルバム「ライム・ダーツ」でメジャーデビュー。 4月23日、BUDDHA BRANDが『ブッダの休日』を発売する。チルヒップホップの名曲として世に広まる。同年7月25日、ZEEBRAがシングル『真っ昼間』を発売し、ソロメジャーデビュー。同年8月、CRAZY-Aが代々木公園にて「B-BOY PARK」を開催。以降、毎年8月の恒例イベントとなる。8月21日、KICK THE CAN CREWがシングル「タカオニ」でインディーズデビュー]ということで、まさに『さんピンCAMP』以前と以後で日本のシーンが様変わりしたと言ってよかろう。

SHAKKAZOMBIEも『さんピンCAMP』に参加したレジェンドのひとつ。そればかりか、彼らは1996年4月にシングル「手のひらを太陽に」でメジャーデビューを果たし、翌年1997年7月に1stアルバム『HERO THE S.Z.』を発売している。日本のヒップホップの歴史的転換期、その真っ只中で表舞台へ登場したユニットである。メジャーでのリリースが価値基準のすべてではないことは承知しているが、同イベントに参加した面子は1996年の時点で未だメジャーで音源を出していないユニットも少なくなかった中でのメジャー進出というのは目を惹くところではある。まぁ、同時期、同レーベルからは他のヒップホップアーティストもわりとデビューしていたので、ことさらSHAKKAZOMBIEだけが厚遇されてデビューしたというようなことはなかったとは思う。ただ、今回、『HERO THE S.Z.』を聴いてみて、本作における芸術性と大衆性のバランスの良さを相当に興味深く思ったし、メジャーレーベルが放っておかないセンスだろうと今さらながらに感じたところではある。そして、そうしたSHAKKAZOMBIEらしさ(というか塩梅というか)は現在まで続く、日本のヒップホップシーンの礎のひとつとなっているであろうことも容易に想像付く。

親しみやすさと不穏、不協の融合

本作は基本的にポップでダンサブルな音楽作品であることが、ひとつ挙げられると思う。インスト(というよりもオープニングSEに近いかも…)のM1「OMEN」は妙な電子音で構成されており、そこから繋がるM2「Z.O.M.B.I.E.」は、タイトル通りのホラー映画感覚と言ったらいいか、どこかおどろおどろしいトラックであって、共に不穏さが漂うものではある。だが、M2のトラックは「オペラ座の怪人」的というか、Michael Jackson「Thriller」風というか、如何にもホラーなトラックメイキングであり、そこにはユーモアセンスの発露が伺える。MCにもそれっぽいシアトリカルさもあって、作り手側の乗りが伝わってくるようである。不穏さはあっても不快さはない。歌詞は以下の感じ。当ユニットのテーマソングみたいな雰囲気ではある。

《S.Z. 独創で独走/飛ばしすぎで タイムスリップしそう/奇想天外 互い違いに吠える/不死身の2MC/超自然現象で生まれた ZOMBIE》《真暗闇 立ち込める霧/月明かりの元の3つの影/今宵も夜な夜な蘇るぞ/そっとお前の背後を襲う/Z.O.M.B.I.E. FULL装備で固めた2MC SHAKKAZOMBIE》(M2「Z.O.M.B.I.E.」)。

名前に“ZOMBIE”が入っているユニットのデビューアルバム、その導入部分と考えれば、M1「OMEN」からM2「Z.O.M.B.I.E.」のトラックがこうしたテイストで、M2のリリックが上記のような内容というのは適切だろう。で、続くM3「THE RETURNZ」はファンキーなナンバー。グイグイと引っ張る乗りのいいビートが印象的だ。RUN DMC「Here We Go」が元ネタだという。リリックにも《HERE WE GO》とあるから多分それはそうだろうが(リズムはそっくり)、聴き比べてみると、M3の方がよりメロディアスであることが分かる。RUN DMCの方はほぼリズムのみで構成されているが、M3には印象的なベースラインが加わっており、それが当該楽曲の重要な骨子となって、乗りを増しているようなところがある。元ネタはあくまで元ネタであって、彼らならでは…と言っていいキャッチーな旋律を加味した点は注目すべきであろう。トラックは一本調子ではなく、後半、アウトロに向けてどんどん盛り上がっていく。

《どんどんさぁ起こそうか/まだまだゴールは見えねぇな/走り続けるこのレースのレール上で戦う/時期を見計らう/ラストに花咲くその白いテープ/切るまで諦めず力全部出す/ダッシュ 0.1で起こる奇跡/SHAKKAZOMBIE 無敵》(M3「THE RETURNZ」)。

歌詞は上記のような内容。M2が自己紹介だとすると、M3は所信表明と言った感じだろうか。アルバム冒頭から自らを鼓舞するようなリリックを連発させているのは、個人的には好感が持てるところだ。

M4「空を取り戻した日」は、そのM3の終わりからほとんどタイムラグなく入ってくるが、この楽曲の全体を支配するピアノの旋律、そのループが耳に付く。どこか切ない雰囲気でありつつ凛としていて、綺麗なメロディーでありながらその音にはわずかにノイズが混じっている。どちらかと言えば陽気だったM3の続きであるが故に、そのギャップから余計にシリアストーンに思える楽曲だ。ループの旋律はJames Mtume「Theme From "Native Son"」のサンプリングということだが、引用が実に上手い。原曲のエッセンスだけを見事に抽出していると思う。また、1番終わりで入るコーラス(?)もメロディアスで、もちろんラップも重なるが、とにかくトラックが奏でるメロディーが印象的なナンバーである。

メロディーが楽曲を引っ張っていく感じはM5以下も続く。M5「明日のため」はエレピだろうか。比較的淡々と繰り返されていくが、やはり耳に残る。M6「NON PHIXION」のリフレイン(ギターのサンプリングだろうか?)も派手さこそないものの、やはりサウンドの中心としてしっかりと機能している。Joe Farrell「Great Gorge」を引用したM7「WHO'S THAT?」は、元ネタのジャズファンク感を見事に取り込んだ逸品。原曲ではフリーキーなサックスが続き、そのジャズならではの演奏が魅力的であり、それはそれで素晴らしいのは間違いないのだが、M7ではその「Great Gorge」の背骨部分だけをサンプリングすることで原曲にある親しみやすさを際立たせているようだ。その審美眼、選択眼の巧みさが垣間見えると共に、SHAKKAZOMBIEのポップ指向を伺い知れるところだろう。

以降、M8「虹」やM9「MAGIC」ではそれぞれにメロウで幻想的なサウンドを披露。メジャーデビュー曲「手のひらを太陽に」のセルフカバーとも言えるM10「FACE YOUR HAND TOWARD THE SUN」は、やはり…と言うべきか、元ネタはJames Mtume。M3では「Theme From "Native Son"」から綺麗な旋律だけを持って来ていたが、M10ではその逆に、「Mama No」の不穏さをだけを持って来ている感じだ。ポップセンスがある…とは前述したが、この辺がSHAKKAZOMBIEの懐の深さだと思う。単に耳障りがいいものだけでなく、不穏や不協の要素を巧みに忍ばせている。M6もそうで、楽曲が進むに従って微妙に音程のズレた箇所がやって来る。多分それが全体的のポップさを助長しているのだろう。微妙に気持ち悪く気持ちがいい。M11「信号」で聴こえてくる長めディレイやハウリングノイズも、意図的にリスナーへ不快さを与えるものだろう。M1、M2以上におどろおどろしいというか、ピリッとした緊張感を与えているのは間違いない。親しみやすく印象的なメロディーで迫ったかと思えば緊迫感も強いる。油断がならないと言ってもいいだろうか。ユニット名ではないけれど、生と死を綯い交ぜにしたような音世界が『HERO THE S.Z.』にはあると思う。

人気アニメにも用いられた リリックの汎用性

その辺はM12「この手につかんだ真実」、M13「共に行こう」でも継続されていく。M12のリリックは間違いなくラブソングだろうが、エレキギターのアルペジオによるキャッチーだが繊細な音色が、リリック以上に雄弁に叙情を物語っているようだ。歌詞は前向きな内容だが、綺麗事だけを前面に出していないところがいいし、むしろ力強さを感じるところだ。

《一緒にいよう ずっとずっと/この手につかんだ真実/この君に見えるかい? オレ達の未来/二人の愛 この海より深い/君に映るかい? この夢の世界/視界ゼロでも必ず明解》(M12「この手につかんだ真実」)。

M13は本作中、最もサウンドが混沌とした楽曲と言っていいだろうか。基本はジャジーなピアノのループだが、そこにストリングスが絡んだり、ドラミングも変則的であったりと、ごちゃごちゃしている…というと語弊があるかもしれないけれど、決して綺麗なだけにまとまっていない。しかし、そのトラックをものともせず──という言い方が適切かどうか分からないが、2MCのラップがグイグイと畳みかけていく。ラップが楽曲の推進力を担っている。

《オレ達の行く手をはばむ何かがあるだろう/しかし 夢をあきらめる訳にはいかないよ/自分の力を信じよう 共に行こう》(M13「共に行こう」)。

まさにリリックを体現したような楽曲と言ってよかろう。繰り返すが、ポップだと言ってもそれは単に耳障りがいいというだけでなく、リリックを含めて、その楽曲で伝えるべきこと、訴えるべきことをSHAKKAZOMBIEならではの手法で形作っている。その意味で本作『HERO THE S.Z.』はヒップホップ的だし、大衆的だったと言っていいのではないかと思う。

収録曲のリリックの奥深さを、もう一点、最後に記しておきたい。歌詞に関してやはり要注目なのはM4「空を取り戻した日」だろう。アニメ『カウボーイビバップ』の地上波放送の最終回で使用されたということで、SHAKKAZOMBIEのファン以外にも知られるようになったようだ。

《薄れてゆく真実の輪郭 威嚇し合う不安と希望の戦いは互角/見抜けない東京の錯覚 だまされりゃ失格/この古びた羽根は昔みたく 言うこと聞くかまったく分からず屈託/でも宙を舞う夢は抱く その生き方は二択/Ah 空が気になり眠れない 眠るふりもできない/これ以上 本当の言葉 人まかせにはできない》《いつの日かあの時の空取り戻し 迷える者同士 輪になり夜通し/語り合い忘れられない うつむいた日々を笑い飛ばしたい/生まれて初めて見た鮮明な希望 それは強い心に秘められた野望/無限に広がる青い世界へ逃亡 今、本当の空へ飛ぼう》(M4「空を取り戻した日」)。

歌詞の意味するところ、その詳細は粒さには掴めないけれども、《本当の言葉 人まかせにはできない》や《今、本当の空へ飛ぼう》辺りは、メジャーデビューを果たしたばかりの頃にSHAKKAZOMBIEのヒップホップユニットとしてのスタンスにも思える。また、それ以上の汎用性も十二分に感じられる。文学的で、哲学的だ。SHAKKAZOMBIEのポテンシャルの高さが凝縮されていると同時に、こうした作品が生み出された1990年代後半の日本ヒップホップシーン──まだ確立されたかどうか定かではなかった時期のシーンが、かなりハイクオリティであったことも分かる。その意味でも、『HERO THE S.Z.』は後世に語り継がれていくべき、歴史的名盤と言っていいだろう。

TEXT:帆苅智之

アルバム『HERO THE S.Z.』

1997年発表作品

<収録曲>
1.OMEN
2.Z.O.M.B.I.E.
3.THE RETURNZ
4.空を取り戻した日
5.明日のため
6.NON PHIXION
7.WHO'S THAT?
8.虹
9.MAGIC
10.FACE YOUR HAND TOWARD THE SUN
11.信号
12.この手につかんだ真実
13.共に行こう
14.REMAINS

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