ひきこもり当事者たちが作った「人権宣言」って何? 七つの条文、社会の価値観変える一歩に

「暴力的『ひきこもり支援』施設問題を考える会」が作成したポスター

 「ひきこもることは、命と尊厳を守る権利の行使である」。そんな書き出しで始まる、一風変わった文章が登場した。タイトルは〈ひきこもり人権宣言〉。作成したのは、かつてひきこもりや不登校を経験したり、さまざまな形で当事者とかかわったりしている人たちだ。なぜ今、人権宣言なのか。その複雑な胸の内を聞いた。(共同通信=永澤陽生)

 ▽無理やり施設に連れて行く「引き出し屋」

 「『突拍子もない。何を言ってんの?』という受け止めが多いと思いますが…」。年の瀬が近づいた昨年12月23日、東京・霞が関の厚生労働省。記者会見した3人の男性が、用意した資料を読み上げた。

 第1条 ひきこもる権利(自由権)、第2条 平等権、第3条 幸福追求権、第4条 ひきこもる人の生存権、第5条 支援・治療を選ぶ権利、第6条 暴力を拒否する権利、第7条 頼る権利―。人権宣言は全部で七つの条文と、3万5千字におよぶ解説で構成されている。

ひきこもり人権宣言

 例えば第3条の幸福追求権はこうだ。

 〈ひきこもり当事者は、自分らしく生きるために、自己決定権を行使でき、他者から目標を強制されない〉

 宣言作成の中心となった木村ナオヒロさん(37)は自宅で浪人中にうつ状態になり、10年近くひきこもった。独学で司法試験を目指したが、勉強が思うように手に付かない。国鉄マンだった父は社会の規範や常識をことさら気にする人で、大学卒業後も仕事に就かない木村さんを冷たくなじった。

 「『かごに乗る人 担ぐ人 そのまたわらじを作る人』ということわざがある。いいかげん、分をわきまえて諦めろ」

 木村さんは2016年にタブロイド判の「ひきこもり新聞」を創刊し、当事者メディアの先駆けとなった。きっかけは、あるテレビ番組だった。親の依頼を受けた業者が自宅に突然現れ、自立支援と称して子どもを無理やり施設に連れて行く。「引き出し屋」と呼ばれる業者の存在を、好意的に取り上げていた。

 ひきこもっているというだけで、なぜ不当な仕打ちを受けなければならないのか―。そんな疑問を抱いたひきこもり経験者や精神保健福祉士らと「暴力的『ひきこもり支援』施設問題を考える会」を結成。被害者への聞き取りや当事者から公募で寄せられた意見などを参考に、約2年半かけて宣言をまとめた。

 ▽自己否定と抑圧の悪習

 内閣府の調査によると、ひきこもり状態の人(半年以上にわたり家族以外とほとんど交流せず、趣味の用事やコンビニに行く以外に自宅から出ない人と定義)は全国に115万人と推計される。学校でのいじめや進路のつまずき、職場の人間関係など、原因や背景はさまざまだが、国の支援は就労一辺倒で、本人の意思は長年置き去りにされてきた。

 コロナ禍で孤立・孤独対策に注目が集まり、国もようやく居場所づくりなどに本腰を入れ始めたものの、世間の偏見は根深い。

ウェブ版ひきこもり新聞

 こうした状況を変えようとする木村さんたちの取り組みとは裏腹に、当事者の間では、今回の人権宣言に対する懸念の声も聞かれる。当初は作成メンバーに名を連ね、その後距離を置くようになったという男性は「ひきこもっている人たちの尊厳を否定しがちなのは、社会以上に、ほかならぬ当事者自身だ」と指摘。自己否定と抑圧の悪習を改めることが先決だとしている。

 木村さんもジレンマを打ち明ける。「ひきこもったままではやっぱり良くないんじゃないか、という批判は当然くるだろうなと。そこにどう回答するのか、最後まで悩みました」

 ▽頼る権利

 実は、今回の宣言は、ある文章がモデルになっている。今から10年あまり前に出された〈不登校の子どもの権利宣言〉。フリースクールやフリースペースに通っていた人たちが発案し、「私たちには、学校へ行く・行かないを自身で決める権利がある」と声を上げた。その後、不登校への理解や法整備が徐々に進み、学びの選択肢が広がったのは周知の通りだ。

 翻って、ひきこもりはどうか。先述の「引き出し屋」と呼ばれる業者の多くはホームページ上で「このままでは手遅れになります」と危機感をあおり、わらにもすがる思いの親と契約。中には支援とは名ばかりで、1千万円にも上る高額な代金を支払わせるケースもある。

 近年は、脱走した当事者による集団提訴も起きているが、法的規制がなく、事実上の野放し状態だ。

ひきこもり人権宣言の概要を説明する、作成メンバーの木村ナオヒロさん(左)と丸山康彦さん(右)

 記者会見に臨んだ作成メンバーの1人、丸山康彦さん(57)=神奈川県藤沢市=は「引き出し屋のような悪質業者が生まれる土壌に、ひきこもりに人権なんてモノはいらないんだという差別意識がある」と語る。

 高校時代に不登校となり、大学卒業後もひきこもった丸山さんは、親や家族の相談活動の傍ら、本人が楽で、楽しく、安心して暮らせるような「ひきこもりQOL(生活の質)の向上」を提唱。その先に、自分らしい生活を自己選択し、自分なりの人生を歩んでいけるようになる真のリカバリー(回復)があるという。

 本人や家族を束縛しているのは「ひきこもり=悪」という世の中の価値観だ。人権宣言は、それを変えるための一歩となるだろうか。

 結びの第7条・頼る権利は、こう記している。

 〈自己責任論によって孤立し、ひきこもり状態を自分の力で抜け出せなくなった人は、人や社会に頼ることを否定されない〉

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