『ホークアイ』の音楽とニューヨーク愛:『ロジャース・ザ・ミュージカル』と「Save The City」

2021年11月にDisney+(ディズニープラス)にて独占配信されたマーベル・スタジオによるオリジナルドラマシリーズ『ホークアイ』。この作品の音楽、特に劇中に登場する架空のミュージカルである『ロジャース・ザ・ミュージカル』とそこで歌われる「Save The City」について、ライターの長谷川町蔵さんに解説いただきました。

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『アベンジャーズ/エンドゲーム』の戦いから数年後。ホークアイことクリント・バートンは久しぶりに家族とクリスマスを楽しもうとしていた。そんな時、愛する家族が消えてしまった喪失感から、彼が“ローニン”を名乗って悪党に私刑を行っていた時代に関わる事件が勃発。ホークアイに憧れる若き弓の使い手、ケイト・ビショップがとある出来事に関わったことからローニンだとマフィアに誤解されたことから、クリントは戦いに巻き込まれてしまう……。

ニューヨークが舞台の二つの理由

 ディズニープラスで2021年11月から配信開始された『ホークアイ』は、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)初のホリデーシーズン・ドラマである。舞台はニューヨーク。ロックフェラーセンターやブルックリン・ブリッジといった名所も登場する。しかし何故ニューヨークが舞台になったのだろうか? 理由はふたつある。ひとつは、Netflixで2015年から2019年にかけて配信されていたマーベルコミック原作のドラマとの橋渡しを何処かで行なう必要があったから。『デアデビル』『ジェシカ・ジョーンズ』『ルーク・ケイジ』『アイアン・フィスト』、そして『ディフェンダーズ』は、いずれも『アベンジャーズ』(2012)で描かれた戦いによって荒廃したニューヨークを舞台にしていた。ヴィランは犯罪組織であり、ヒーローたちも物凄いスーパーパワーの持ち主というわけではない。だからこそアベンジャーズの中で比較的普通人に近いホークアイがその役割を任されたわけだ。

ふたつめは、“ニューヨーク決戦”の荒廃から立ち直りつつある街を描くことを通して、新型コロナで大きな傷を負ったニューヨークにエールを送る意図があったからだろう。このためクリエイターを、ニューヨークの広告業界を舞台にしたドラマ『マッドメン』のライターだったジョナサン・イグラ、メイン監督を『サタデー・ナイト・ライブ』のビデオスケッチを監督してきたリース・トーマスといったニューヨーク所縁の才人たちが務めている。

『ロジャース・ザ・ミュージカル』と「Save The City」

そんな『ホークアイ』におけるニューヨーク愛を際立たせる効果をもたらしているのが、劇中で上演される架空のブロードウェイ・ミュージカルだ。その名も『ロジャース・ザ・ミュージカル』。題材は前述のニューヨーク決戦で、キャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャースを中心にアベンジャーズのメンバーが活躍する。「スティーヴ・ロジャース」はあるときは広告看板として、あるときはテレビCMとして映しだされるばかりか、ホークアイ自身も家族と共に劇場で観劇する。

そのシーンで歌われるのが「Save The City」というナンバー。キャップの「I could do this all day(まだやれるぞ)」や「アベンジャーズ・アッセンブル!」といった名台詞を織り込んだトゥーマッチに熱いロックチューンだ。曲が盛り上がっていくにつれてホークアイの目が死んでいくのがおかしい。

この最高にダサカッコいい同曲を手がけたのは、マーク・シャイマンとスコット・ウィットマンのコンビ。ブロードウェイ・ミュージカル版『ヘアスプレー』の挿入曲を手がけ、トニー賞で8部門を獲得(2007年には映画化)。近年では『メリー・ポピンズ リターンズ』(2018)の挿入曲を書き下ろすなど、正真正銘の一流ミュージカル作曲家である。

これほど実績があるコンビに、ブロードウェイ・ミュージカルを茶化したように聴こえる曲を発注するのは失礼と思う人もいるかもしれない。でもシャイマンたちに限っては心配する必要は無し。何しろシャイマンのブレイク作はミュージカルのパスティーシュ満載の『サウスパーク/無修正映画版』(1999)。しかも『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(2011)では第二次世界大戦中に作られた設定のキャップの劇中テーマ曲「Star Spangled Man」(何も知らずに聴くと1940年代の曲にしか思えない)を作るなど、キャップとは縁のある人物だからだ。

「クリントをあきれさせる曲」

マーベル・スタジオから彼らにオーダーされたのは「クリントをあきれさせる曲」だったという。このためシャイマンたちは質の高さと大袈裟さを兼ね備えた楽曲作りに没頭。さらに仕上がりを完璧にするため、『RENT/レント』のオリジナル・キャスト、アダム・パスカル(2005年の映画版にも出演している)をリードヴォーカルに迎えたデモテープを自宅で録音。それをマーベル・スタジオに送ったところ、一発採用されたそうだ。

<YouTube:Save The City (From "Hawkeye"/Audio Only)>

ちなみにシャイマンとパスカルは、『ホークアイ』のエンディングで披露される「Save The City」のフル・バージョン演奏シーンにも登場している。これを観てしまうと『ロジャース・ザ・ミュージカル』がブロードウェイで本当に上演されることを期待せずにはいられない。シャイマンたちも「チャンスがあれば全曲を作りたい」とやる気満々のようだ。

その前に個人的に期待したいのは、2023年公開予定の『アントマン&ワスプ: クアントゥマニア(原題)』で、アントマンがこのミュージカルを鑑賞すること。彼の反応を見てみたい。というのも、『ロジャース・ザ・ミュージカル』には”ニューヨーク決戦”の時点ではアベンジャーズに参加していなかったはずの彼が、何故か登場するのだ。

Written by 長谷川町蔵

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