タイトルがわからない
「あいのうた」はわかるのだが、頭についている「コーダ/CODA」の意味がわからなかった。英語の原題も『CODA』だ。映画を観終わっても、やっぱり「CODA」の意味はわからなかった。いや、映画自体はジーンときちゃういい話なので全く問題ないんだけど、この原稿を書き始めるまで意味を調べずに放ってしまっていたのだ。
「CODA」は「Child of Deaf Adults」の略語として普通に使われているらしい。知らなかった。「聾唖の親を持つ子供」という意味。というわけで本作『コーダ あいのうた』 は、2014年のフランス映画『エール!』のリメイクである。それを知らずに観始めたが、すぐにそうだとわかる。となると筋も結末も了解済みなので、面白みが半減するかと思ったが、これが間違い。
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4人家族のうち父母兄は聾唖で、耳が聞こえるのは一番年下のルビーだけ。家族で漁業を営んでおり、全員野球じゃなくて“全員漁師”(『エール!』では酪農業だった)。海の上の仕事で困ることは何もないが、陸に上がってからの「通訳」はルビーがこなさなければならない。大人の会話も、学校の先生と両親の会話もだ。自分のことを話しているのに本人が通訳するという、ちょっと辛いことになることもあるが、家族の仲はすこぶる良い。
問題があるとすれば、あまりにもセックスに関してオープンで、自分たちが聞こえないせいか、その最中の物音、声がやたらでかく、友人が来ているときにおっぱじめると、とても恥ずかしい、ということくらいか。ルビーが本気で歌を歌いたいと思うまでは。
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リメイクの面白さ
『エール!』のリメイクだから当たり前なのだが、登場人物が皆オリジナルによく似ている。『エール!』の主人公ポーラを演じたのはルアンヌ・エメラ(セザール賞で最優秀新人賞を受賞)だったが、こちらは主人公にイギリス人のエミリア・ジョーンズを起用。これから本格的に売れるだろう。
『エール!』ともっとも異なるキャスティングが家族である。よくこんなに似た雰囲気の俳優を見つけたものだと思ったが、ここが大きなポイント。『エール!』ではその内容への批判もあったのだが、一番きつかったのは「聾唖者の役をなぜ健聴者が演じているのか」というものだった。もちろんフランスにも聾唖の俳優はいるだろうけれど、役にはまるかどうかで判断しないと映画が成り立たない。
このリメイク版ではどうしたか。父・母・兄、3人とも実際に耳の聞こえない俳優をキャスティングしたのである。オリジナルに対する批判も考慮したのだろうが、監督のシアン・ヘダーは「耳の聞こえない人の役があるのに、耳の聞こえない優秀な役者を起用しないのは考えられない」と最初から主張しており、出資者から聾唖者の起用に反対された際には、降板も辞さない構えだったという。
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母親役には『愛は静けさの中に』(1986年)でアカデミー主演女優賞を受賞したマーリー・マトリン、父親役はマトリンとの共演歴もあるトロイ・コッツァー、兄役は『愛は静けさの中に』を観て俳優を目指したというダニエル・デュラント。やっぱりアメリカって凄いね。そういう優秀な役者がちゃんといる。
エミリア・ジョーンズも手話が自由に使いこなせるようになるまで、とことん勉強する。歌も歌えなくてはいけない。漁師もやるので、その仕事にも慣れなくてはならない。いちいち船酔いで寝てはいられない。
リメイクだから簡単、なんてことはないのである。私のこれまでの印象ではリメイクがオリジナルを超えることはまずないのだが、今回は両方に「いいね」をあげたい。同時上映という企画も考えてはいかがでしょうか。
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サンダンス映画祭
サンダンス映画祭は、しばらく前まではインディペンデントの作品を集めた催しで、小粒だが光る作品、無名監督が表に出てくるきっかけを作る祭典のイメージが強かった。実際、日本で未公開だったものも少なくなかったが、この十数年で様子が変わってきて、いきなりアカデミー賞ほか大きな賞を受賞する作品も増えている。アメリカはハリウッドだけじゃないんだよ。
『コーダ あいのうた』は2021年、このサンダンス映画祭でグランプリ、監督賞、観客賞、アンサンブルキャスト賞と主だった賞を全てさらっていった。しつこいようだが、リメイクでここまでというのは異例である。一昨年は『ミナリ』がグランプリ、観客賞を受賞した。もうアカデミー賞じゃなくてもいいんじゃないの、って感じになるのかも。
ちなみに譜面が読める人はわかるはずだが、「CODA」は楽曲の終わりを表す記号であり、また次の章が始まる意味も持っている。いいタイトルじゃないか。
文:大倉眞一郎
『コーダ あいのうた』は2022年1月21日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開