厳しい校則で立ち直った元教育困難校が、校則を変える日(前編) スカート丈は「いつでも面接できる長さ」?

姉崎高校の生徒会室で話し合う生徒たち=2021年12月

 千葉県市原市の県立姉崎高校は2004年春当時、「教育困難校」だった。生徒の喫煙や暴力行為が相次ぎ、退学者は年数十人。3年生の47%が、就職先も進学先も決まらないまま卒業する状態だった。地元の中学生は進学を避け、地域住民から「姉高をつぶせ」という声すら上がっていた。

 改革に乗り出した新任校長が、最初に手を付けたのは校則の順守。目標として掲げた「茶髪・金髪ゼロ」は、懐疑的な教員もいる中、早々に達成された。改革は軌道に乗り、校内は落ち着きを取り戻した。以来、生徒指導の厳しさを一つの売りにしている。

 そんな学校が昨年、校則見直しの検討を始めたと聞き、密着した。いわゆる「ブラック校則」が最近、社会問題になり、校則を緩める学校も増えている。校則の重要性が歴史に刻みこまれた姉崎高ではどうなるのか。(共同通信=小田智博)

 ▽「ルールが厳しすぎる」

生徒会長の田畑希乃羽さん=21年11月

 「友だちが『スカート丈が長すぎる』って不満を言っていたんです」

 21年11月2日、生徒会長を務める3年の田畑希乃羽さん(18)が、見直しを始めたきっかけを語った。膝下まであるスカートは、確かに校則通り。一方、周辺にある他校では膝頭が見えており、違いは一目瞭然だ。

 田畑さんらが手始めに全校生徒にアンケートを取ると、校則や、校則には明記されていないルールが厳しすぎるという声が次々と寄せられた。

 以下は不満が大きいルールの一例だ。「スカート丈は直立の姿勢で膝蓋骨が隠れるように」「靴下は、黒、紺、白の単色(ワンポイントまで)で、派手なもの(ルーズソックスを含む)を着用しない」「前髪は男子が眉毛にかからないように、女子が目と眉毛の間までの長さ」「髪形のツーブロックを禁止」

 田畑さんによると、教員たちは「姉高の象徴であり、いい特徴だ」と話している。田畑さん自身も「なかったら学校が乱れるのかもしれないとは思う。きれい事で言えば、社会に出る準備をするため。例えば企業には企業なりのルールがある。それを守るための練習と言えるのかも」。そこまで口にして「でも、実際にそうかと言うと…」と声を落とした。

 ▽教員の指導、根拠は

 田畑さんの話には、背景がある。姉崎高には、校則指導の際に使われるスローガン「いつでも面接に行ける姉高生」があり、普段から身だしなみを整えることが進路の実現につながるとのメッセージが込められている。

 卒業生はおよそ3分の2が大学や短大、専門学校などに進学し、3分の1が就職する。年度末段階での進路決定率はここ数年、90%台後半だ。

変えたい校則が書かれたホワイトボード

 ただ、就職先は実際、生徒の身だしなみをどのくらい気にしているのだろう。田畑さんらは素朴な疑問を直接ぶつけた。製造業、ホテル、市役所…いずれの職員も「スカートが少々短くても全く問題ないし、面接の結果にも影響しない」と口をそろえたという。靴下、前髪の長さ、ツーブロックも同様だった。

 結果を知った田畑さんはこう思った。「先生の指導に、ちゃんとした根拠はなかったのかも知れない」

 校則に疑問を持った生徒たち。ただ、校則変更は簡単には実現しない。なぜなら、厳しい校則のおかげで学校を立て直せたという歴史が語り継がれてきたからだ。

 ▽全校生徒の3分の1が茶髪、金髪…

 18年前の04年春、新任校長として始業式に臨んだ白鳥秀幸さん(71)が体育館の壇上で目にしたのは、式典中も落ち着きがない生徒の姿だった。教員の呼び掛けに応じない生徒も目立つ。全体の3分の1ほどが髪色を変えていた。

 男子トイレの鏡は割られたのか1枚もない。校内の壁面は落書きだらけ。学校の評判は最悪で、2年連続の定員割れ。在校生の多くは小学校段階の学習でつまずいていた。

姉崎高の正門近くに残るプレハブ。校則違反をチェックする教員の待機場所だった=21年12月

 「茶髪・金髪ゼロ」を掲げ、校門にテントを張った。基準の黒髪のかつらを手にした教員が立ち、登校する生徒をチェックする。髪を染めた生徒は、黒に染め直すまで学校に入れないと告げた。生徒がテントの前で座り込み、押し問答になることもあった。

 1カ月後、視察に来た県教育委員会は目標の達成を目の当たりにする。「『できるわけがない』という教員もいたが、成し遂げて意識が変わった。地域住民の目も温かくなった」と白鳥さんは振り返る。

 その後も、身だしなみを定めた細かい校則やルールの順守を徹底。並行して、学力が低い生徒が学び直す取り組みなどを次々に実施した。すると企業の求人や大学などの指定校推薦枠が増え、就職や進学の実績は劇的に回復した。

 「頭髪や服装の乱れが生活の乱れにつながっていた。荒療治をしなければ、再生はなかった」と断言した。

 ▽生徒の清掃、あいさつに衝撃

 姉崎高の現在の校長は、かつて生徒指導部長として白鳥さんの下で校則指導の先頭に立った加瀬直人校長(58)。当時の生徒について「見てくれは確かに悪かったけれど、人なつっこくて、われわれと信頼関係もつくっていた」と懐かしむ。

姉崎高校

 ほかの勤務先を経て、20年春に校長として姉崎高に戻った時、いい意味で衝撃を受けた。校内は清掃が行き届き、あいさつをする生徒も多い。

 何よりうれしかったのは、生徒が主体性を発揮する姿が随所で見られたことだ。校則見直しを求める生徒たちの動きも、その一つだと前向きに受け止めた。

 21年2月、田畑さんら生徒会メンバーを中心とする十数人が校長室にやってきた。校則の見直しを直談判するためだ。「自分たちで根拠を集めて、先生方を説得し、納得する形でやるなら大いに結構」。加瀬校長はそう言って励ました。

 校則の最終的な決定権は校長にある。変更にあたっては、生徒と教員が対話を深めることが大事だと考えた。「先生方にとってはものすごく心配で、懸念もある。それにどう対応するの、というところまで彼ら生徒が考えないと」と意図を明かした。

 校長と田畑さんらのやりとりには、生徒会担当の山村向志教諭(28)が同席した。

 

山村向志教諭=21年12月

 担当は地歴公民科。社会の問題を自分事として捉え、主体的に考えたり行動したりする生徒を育てる「主権者教育」に熱意を燃やす。生徒が身近な校則の改正に取り組むことは、主権者教育そのものだと思った。

 生徒の自主性を尊重し、校則は少ない方がいいという信念もある。一方で姉崎高の教員の間には「生徒に自由を与えるととんでもないことになる」という考え方が根強いことも感じている。

 ▽社会を変える意識、まず校則から

 そんな中、山村教諭は教育NPO法人「カタリバ」が進める「ルールメイカー育成プロジェクト」を知った。生徒が教員らと対話を通じて校則を見直すのを、第三者の立場から支援してくれるという。田畑さんらは「やりたい」と即答。全国11校の実証事業校の一つに姉崎高が選ばれた。

 カタリバは、家庭環境や被災など、様々な事情を抱えた子どもを支援する教育NPO法人の代表格。「中高生が『自分たちの力で社会を変えられる』という意識を育みにくいのは、校則が理由も明確に示されず押しつけられているのが一因では」という問題意識から、19年から校則問題に乗り出した。ホームページでは、実証事業校ではないものの、私服での登校を新たに認め、ピアスなどの装着や化粧、髪染めに関する細かい規定をなくした高校の事例も紹介している。

校則に関する教員と生徒の「対話ミーティング」に集まった生徒たち=21年11月

 プロジェクトは経済産業省の「未来の教室」実証事業の一つに選出された。校則見直しには無関係とも思える経産省がなぜ、プロジェクトを支援するのか。それは、校則のような「当たり前」に疑問を持ち、立場の異なる教員らと対話を重ねて「納得解」を導く力が、ビジネス分野を含め、今後の社会で求められるとの考えからだ。同省の担当者は「校則は最高の題材」と強調する。

 姉崎高の校則見直しは、こうして第三者の力も借りながら始まった。(つづく)

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