厳しい校則で立ち直った元教育困難校が、校則を変える日(後編) 「対立ではなく対話」、理想は実現できたか

校則について話し合う2年の生徒たち=2021年12月

 2000年代初頭に「教育困難校」だった千葉県立姉崎高が落ち着きを取り戻したのは、当時の校長が音頭を取り、校則の順守を徹底したのがきっかけだった。21年になって生徒会を中心に「厳しすぎる」という声が上がり、見直しを求める動きが始まった。(共同通信=小田智博)

 ▽生まれつきの茶髪を黒く染める

 校則を巡る問題は近年、注目が集まっている。きっかけは17年、当時大阪府立高3年の女子生徒が「生まれつきの茶髪を黒く染めるよう求める生徒指導は行き過ぎだ」として、慰謝料を求める訴訟を大阪地裁に起こしたことだった。

 この件が報じられると「不合理な指導」と批判が相次いだ。評論家の荻上チキさんらは有志で集まり、「ブラック校則」をなくそうと訴えた。活動の一環として18年2月、15歳から50代までの男女2千人に行ったアンケートでは、「下着の色を指定」「眉毛の手入れ禁止」といった校則は、むしろ近年広がったという結果が出た。

 各地で見直しの機運が高まった。その中で、教育NPO法人「カタリバ」は、生徒と教員の対話を通じて校則を見直そうという学校を支援するプロジェクトを立ち上げた。

 

教育NPO法人カタリバの山本晃史さん

 プロジェクトを担う山本晃史さん(31)は「ブラック校則」という表現に抵抗感がある。教員から「責められているようでしんどい」といった声を聴いていたからだ。

 成果につなげるため、プロジェクトは教員を巻き込むことを重視する。山本さんは「従来の指導を『ブラック』と切り捨てるのではなく、生徒と教員で一緒に見直そうという提案が響いている」と手応えを語る。

 ▽校則を変える生徒が教員の代弁者に?

 カタリバの支援の下、姉崎高の生徒たちは活発に動き始めた。周辺の高校15校分の生徒手帳のデータを集め、姉崎高の校則と比べた。全校生徒にアンケートし、検討対象とする校則やルールを洗い出した。教員約40人のほとんどに、校則を変える際の懸念を聞き取った。企業や市役所を訪問し、PTAの会合にも出向いた。

 地域住民約100人にも、スカート丈を短くすることについてアンケート。すると9割が「とても適切だ」あるいは「適切だ」と答えた。厳しすぎる校則の緩和にはむしろ好意的と分かった。

 生徒らの行動力と成長ぶりに生徒会を担当する山村向志教諭(28)は驚き「やりがいを感じる」と喜んだ。

 活動は順調そのものに見えたが、見守る大人の間では懸念も出ていた。

 21年11月2日の放課後、教室では教員と生徒数人による車座がいくつもできた。校則について、教員と生徒が本音で話し合うために設けた時間だ。黒板には「対立ではなく対話!!」とプラカードを掲げた鳥のキャラクターが描かれている。

黒板に書かれた「対立ではなく対話」

 車座の一つで、ある教員は穏やかな口調でこう問いかけた。「(新しい校則に変えた後に)乱れてくるのが心配。新しい校則を守り続ける方法はあるかな」。すると生徒たちもすぐに応じる。「それは課題だと思っている」「生徒同士で注意し合うような仕組みを作ればいいのでは」

 しかし、カタリバから派遣されていた山本春奈さん(29)は、このやり取りに引っかかりを覚えた。

 校則は基本的に生徒を縛るもの。それなのに、今の校則に不満を持って立ち上がった生徒が、今度は別の生徒の校則違反を注意することになっていいのか。生徒が教員の代弁者のようになるのは望ましくないと感じた。

 ▽根強い教員の懸念にどう対応するのか

車座になって話し合う生徒会長の田畑さん(中央)ら=21年11月

 ただ春奈さんは、こうした問題意識を全ての教員に納得してもらうのは容易ではないとも考えていた。姉崎高に通う中で、校則に対する考え方は教員の「教育観」と密接につながり、簡単には変わらないと実感していたからだ。生徒と教員の間に立つ第三者として何ができるのか、模索していた。

 山村教諭もまた、もやもやした思いを抱えていた。

 21年11月24日、放課後の生徒会室で2年生8人が校則見直し案を検討していた。ただ、8人が熱心に議論していたのは、靴下の柄の数やラインの本数をどこまで認めるかといった細かい基準。「そもそも靴下の色や柄を校則で定める必要はあるか」といった、本質を突く議論は乏しい。

 山村教諭は「教員との対話が影響している」と感じた。生徒たちは教員から「見直し後も違反を指導する明確な基準がほしい」と求められ、議論の方向性が自然と決まっていた。

生徒会室で生徒を前に話す山村向志教諭(左端)

 教員の間には、校則を緩めると秩序が乱れ、教育困難校に戻りかねないという懸念が根強い。どうやって教員の納得を得るかを考えるので一生懸命になっている生徒たちの姿に、山村教諭は理想とのバランスの取り方を悩んだ。

 ▽「制服、なくてもいいんじゃない?」

 21年12月3日、山村教諭と生徒たちが、カタリバの春奈さんや第三者の大学院生とオンラインでつながった。「スカート丈は膝頭の上端まで短くしてもよい」「ツーブロックも原則許可する」など計6項目の見直し案を見せるためだ。

 苦労をねぎらう言葉の中、大学院生が「今回の見直し案が最善だと思っているのか」と尋ねた。生徒たちは基準を緩める余地があるかを問われたと受け止め、「スカート丈は短すぎてもだめだし…」と戸惑う。そこへ、山村教諭が助け船を出した。「先生方との対話を踏まえて案を出したよね。じゃあ、先生がいなかったらどうかな」

 大学院生の質問には明確な意図があった。校則を緩めることは一種の流行になっている。姉崎高の生徒もその流行に乗ろうとしているだけなのか。それとも、校則の必要性自体を問うところまで考えているのか。元教育困難校だからこその着地点はある。自分たちの代ではたどり着けなくても、未来に託す思いを持ってくれたら…そんな願いを込めて質問していた。

森田瑞歩さん(中央)=21年12月

 2年の森田瑞歩さん(16)はきっぱりと答えた。「通過点だと思います。これから提案するのは、第1ステップという感じ」。そして、こう付け加えた。

 「究極は、小学校」

 思わぬ表現に、周囲の生徒たちが笑った。森田さんは大まじめだ。「校則は中学校からある。小学校って、ほぼない。制服、なくてもいいんじゃない?制服も校則もほぼなくて、それでうまくやっていける姉崎高になればいい」

 発言が呼び水になり、生徒らは今回の見直しを通過点にしたいという思いを次々に口にした。今後につながる意見に、山村教諭も春奈さんも胸をなで下ろした。

 ▽「対立したらだめだって決まっている」

 見直した校則は、今年1月から試行する方向で話が進んでいた。卒業前の3年生は2月以降、登校の機会がほぼないため、それより遅らせると成果を実感できないためだ。

 しかし、正式に職員会議に諮る直前にあった教員だけの話し合いで、「2月開始」に突然変更された。「試行であっても、3年生は従来の校則で通したい」という意見を反映した結果だ。

生徒会の3年生と山村教諭(左から2人目)。新しい校則の試行が延期され、謝罪した=21年12月

 そこに対話はなかった。山村教諭は生徒会の3年生に謝罪。それでも、田畑さんは「このプロジェクトは対立したらだめって決めている」と話した。悔しさを隠した笑顔が、長年の伝統を変える困難さを物語っているように見えた。

 ▽生徒と教員「対等な立場ではない」

 最後に、校則見直し問題について専門家に聞いた。

 「校則改革」(東洋館出版社)の共著などがあり、教育NPO法人カタリバの「ルールメイカー育成プロジェクト」にも関わる名古屋大の内田良准教授は、生徒主体で見直しを実現したように見える場合でも、裏では必ず教員が適切な支援をしていると強調する。

 最終的に校則を左右する力を持っているのは教員で、責任は大人の側にあると説明した上で「生徒と教員が話し合って校則を見直すことは『民主的』だと言われるが、疑似的なものだ」と指摘する。対等な立場でない以上、対話を実のある形にできるかどうかは大人次第となる。

 

名古屋大の内田良准教授

 学校によっては、半年間の話し合いで生徒が何度も声を上げ、結果的にタイツの色が1色だけ追加されるにとどまったケースもあるという。「生徒はその過程で努力し、学んだかもしれないが、校長が決断すれば翌日に変えられる。これを成功とするのは大人のおごりだ」と話す。

 内田氏の元には、校則改革の芽を「教員につぶされた」という生徒の訴えが各地から届いているという。見直しに関わる教員に対して「最初から『子どもは放っておいたら何をするか分からない』と疑ってかかるのではなく、信頼をベースに臨んで」と願いを込める。

 同じくプロジェクトに関わり、教育現場の実態に詳しい真下麻里子弁護士は「教員が権限をどこまで手放せるか、という問題だ」とみている。「生徒の自主性を尊重するようにみせかけて、都合のいい方向に誘導するのはやってはいけないこと。それなら『ここは制限する』と正面から言った方がいい」と語った。(おわり)

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