
1983(昭和58)年1月22日、東京・新橋のビラ配りは中曽根康弘首相発言に対する抗議。初訪米した首相は米紙との会見で「日本列島を不沈空母のようにし、ソ連の爆撃機の侵入に巨大な防壁を築く」と発言し野党や市民団体が猛反発した。首相はレーガン大統領との会談でも「日米は運命共同体」との認識を表明した。
初訪米の中曽根首相
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1983(昭和58)年1月22日、東京・新橋のビラ配りは中曽根康弘首相発言に対する抗議。初訪米した首相は米紙との会見で「日本列島を不沈空母のようにし、ソ連の爆撃機の侵入に巨大な防壁を築く」と発言し野党や市民団体が猛反発した。首相はレーガン大統領との会談でも「日米は運命共同体」との認識を表明した。
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