14億人を徹底管理…中国で進む「コロナ独裁」とは 死角なき住民監視の実態

新年を迎えるあいさつを発表する中国の習近平国家主席(新華社=共同)

 「もっと良い中国の物語を伝えてくださいね」。中国当局が「原因不明の肺炎」として新型コロナウイルス感染症の発生を初公表してから2年となった昨年12月31日、中国のこわもて外交官はそう言ってにっこり笑った。欧米などと比べ感染を抑え込んだとして「戦勝」を誇る習近平指導部は住民組織やスマートフォンを通じて14億人を徹底的に監視、管理する体制を築いた。感染封じ込めが目的だったはずの監視網は行動制限の手段にもなり、強権的な共産党の一党支配をコロナ禍が加速させている。(共同通信=大熊雄一郎)

 ▽毛細血管のように張り巡らされた監視の目

 「日本大使館や欧州連合(EU)のイベントに招かれたようですね。オミクロン株も流行しているし、行かない方が身のためですよ」。北京市の30代男性は昨年12月、居住区ごとに設置された「社区」の居民委員会に呼び出され、説明を求められた。予定が全て把握されていることを知り、背筋が凍った。

建物の出入り口に掲げられた社区の居民委員会の表札(左)。指導する共産党組織の表札が並んで掛けられている=2021年12月29日、北京(共同)

 同様の圧力を受けた別の男性は「国民のどんな行動も阻止できる万能の“コロナ対策”だ」と皮肉った。

 社区の居民委員会は日本の町内会のような住民組織だが、共産党の指導下にある。当局は都市封鎖や外出制限などの感染封じ込め策を効果的に実施するため既存の社区の機能を強化し、毛細血管のように監視の目を張り巡らせた。

 居民委員会の責任者は住民の体調から行動までを日常的に監視する。党中央が頭脳なら、社区は中央の方針を実行に移す手足となっている。

 さらにスマートフォンでウイルス検査の陰性や行動歴を証明するシステムを導入し、管理の死角をなくした。こうした対策の効果もあり、中国本土で昨年に公表された新型コロナによる死者は2人にとどまった。一方で監視社会化に歯止めがかからない。

 ▽学生や清掃員、警備員らが「秘密警察」に

 北京市政府は2023年までに都市部の各社区の中にさらに平均15程度の「社区社会組織」を整備する計画を進めている。住民の相互監視や不審な動向の通報を促し、政治の中枢である首都の不安定要因を取り除く狙いだ。

北京市内に掲げられた「朝陽群衆」の活動をアピールする掲示版=2021年12月14日(共同)

 既に「朝陽群衆」と呼ばれる治安維持を担う組織がある。ボランティアの学生や清掃員、警備員らが市民に目を光らせ、当局の情報源になっているとされる。昨年10月に朝陽群衆の通報により著名ピアニストの李雲迪(ユンディ・リ)さんの買春が見つかったと発表されて注目が集まり、「秘密警察」とも呼ばれている。

 市は社区社会組織の中核となる人物を選び党・政府の政策を教え込む。社会主義の教育や、隣近所の見守り、治安維持を担う組織を各区で立ち上げ。より多くの市民に参加を促し、朝陽群衆のような影響力のある「ブランド」に育てるとしている。

 市民同士の監視や思想統制を担う隣組のような仕組みが全国に広がり、コロナ収束後も残る可能性がある。

北京の北朝鮮大使館のそばで警戒する「朝陽群衆」の男性=2021年12月16日(共同)

 ▽当局が描く「大きな物語」

 先進国に先駆けてコロナを克服し、社会主義制度の優位性を示した―。米国との対立が長期化する中、中国当局は「大きな物語」を提示し、国民の結束を図ろうとしている側面もある。コロナ禍以外の出来事も、ドラマチックに描くことを重視する。

2019年9月、中国建国70年の軍事パレードの予行演習が行われた北京市内で、待機する戦車のそばで任務に当たる「朝陽群衆」(右端)ら(共同)

 昨年11月に党が採択した「歴史決議」は「抗日戦争の時期」について、満州事変の発端となった1931年9月の柳条湖事件を起点にした。かつて抗日戦争の期間は37年7月の盧溝橋事件を起算として45年の終戦までの「8年」としていたが、「14年抗戦」とする習指導部の歴史観が党の正史となった。

 50年代の朝鮮戦争を巡り、当局は最近、米軍と戦った中国人民志願軍を英雄とたたえている。これらの宣伝により、国民のナショナリズムが刺激され、コロナ禍を経て党・政府への信頼を強める人も少なくない。

中国共産党創建100年の祝賀大会の演説で、拳を振り上げる習近平国家主席=2021年7月、北京(新華社=共同)

 ▽都市を封鎖して「壊滅戦」

 「勝利」を背負わされた人々の間には、わずかな批判も許されない閉塞感も漂う。世界で初めてコロナが流行した武漢で約2カ月半の都市封鎖を経験した70代男性は「勝利の歌を歌わされるが、涙を流すことは許されない」とため息を漏らした。国営企業で連日のように党の思想教育の感想文を提出させられているという女性は「これを嫌だと感じる自分に安心するんです。まだ正気が保たれているということだから」と語った。

 精緻な監視網もウイルスは容赦なくすり抜ける。陝西省の省都・西安市で昨年12月に感染が広がると、「ゼロコロナ」を追求する当局は「壊滅戦」と称して都市を封鎖した。地元記者、江雪さんは今年1月4日、やみくもな移動制限が原因で食料不足や医療体制の逼迫に苦しむ住民の姿をつづる文章を会員制交流サイト(SNS)に公開した。

都市封鎖で閑散とする中国陝西省西安市内=1月1日(新華社=共同)

 文章は、ある女性の父親が心臓発作を起こしたが、“中リスク地域”に住んでいたことを理由に適切な治療が受けられず死亡したケースに言及。「私たちは(ゼロコロナのために)払わされる代償なのか」と問い掛け、「この苦難が最終的にどれほど壮大に語られようと、今夜、私はただ父親を亡くした女の子のことを思う」と記した。

 文章は繰り返し転載され共感が広がったが、公開から4日後に閲覧できなくなった。江さんに連絡すると「今は取材を受けられません。理解してください」と話した。

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