《記者コラム》「第2の棄民」始めた日本政府=老いた日系に用なし、若いアジア人へ

1994年5月、群馬県大泉町で働く日系ブラジル人労働者

 ここ数年、日本でひそかに「第2の棄民」が始まっていると感じる。
 「第1の棄民」は言うまでもなく、大戦中の1942年1月、ブラジルが連合国側に着くことを決めて枢軸国との断絶したことを受け、日本国外交官が同年7月に交換船で全員帰国したこと。「敵国」に残された移民とその子孫約20万人余りは「日本から捨てられた」と心細く感じた。
 そして「第2の棄民」は、日本政府が特定技能制度による外国人受入れを始めたことにより、結果的に在日ブラジル人の職を奪う若いアジア人が大量に導入され始めたことだ。
 コロナ禍からの本格的な回復が始まる可能性のある今年7月以降、特定技能で入ってきた20代でN4レベルの日本語を話せるアジア系外国人が大量流入すると予想されている。
 その結果、2008年のリーマンショックを乗り越えて日本永住を決め、懸命に残っていた在日ブラジル人の多くが駆逐されるかもしれない。と言うのも、デカセギブーム開始から30年が経過し、最初は20代だった彼らの多くが現在、50代以降に差し掛かっているからだ。
 日本の雇用者からすれば、20代と50代の外国人労働者のどちらを選ぶかと問われれば、多くは20代を選ぶ。在日ブラジル人が熟練を要する職種にいれば話は別だが、非熟練工の仕事なら若い人に入れ替わる可能性は高い。
 つまり、コロナ後の経済回復が始まれば、後からきたアジア人若者に職を奪われ、今年の後半から在日ブラジル人が大量に失業し、母国に戻ってくる可能性がある。
 これは自然現象ではなく、日本政府がここ数年かけて周到に準備してきた結果だ。日本は再び日系人を切り捨てようとしている。「年をとった日系人はもう用なしだからブラジルへ帰れ」と促す状況を作ろうとしている。これは「日系人版の棄民」ではないか。コラム子にはそう見える。
 その入れ替えのための制度が技能実習制度、特定技能制度ではないか。

前触れは2006年の河野太郎「失敗」発言

 思えば、その前触れはあった。ニッケイ新聞2006年6月1日付《「日系人受け入れは失敗」=河野法務副大臣が発言=3世受け入れ厳格化へ=在留資格に日本語能力》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2006/060601-71colonia.html)にあるように、河野太郎氏は「日本社会として日系人を受け入れる意思も態勢も欠けており、労働力としてしか見ていなかった。失敗を素直に認め、やり直す必要がある」と述べたとされる。
 例えば、同議員ブログ「ごまめの歯ぎしり」2006年9月29日版《外国⼈労働者の受け⼊れを本音で議論しよう》(https://www.taro.org/2006/09/post_136.php)に本人がこう書く。
 《今日、特定の地域に南米から来た日系人が集住(特定の団地などに集中して日系の南米人が住んでいる)し、その大半は日本語がわからず、日本社会に溶け込むことなどまったくできず、ポルトガル語あるいはスペイン語のコミュニティを作って固まっている。
 しかも、親についてきた子供に関しては、文部科学省が外国人の子供は義務教育の対象ではないなどというものだから、国として、ぜんぜん責任を持って教育を受けさせる体制にない。浜松市などは年間にポルトガル語しかできない子供を市立小学校に入れるために一億数千万円の費用を市が負担している。
 教育を受けられない子供には明るい将来はないだろうし、集住コミュニティの近くの町内会ではゴミ出しのルールから伝えられないで問題になるし、せっかく来日した日系人だって日々不安である。この現実を直視した政策が必要だ》などと日系人に同情しているようにも見える。

河野太郎議員のブログ「ごまめの歯ぎしり」の2006年9月29日版《外国人労働者の受け入れを本音で議論しよう》

 だが「日系人受入れの受入れは失敗だった」という河野発言の2006年を境に、3世への査証が厳しくなった。
 逆に、2010年に入管法改正で在留資格「技能実習」が新しく設けられ、3世の代わりにこの制度によってベトナム人、フィリピン人、中国人などが大量に入った。だが、半奴隷状態だと外国から批判される状態で働かせた。
 その結果、技能実習制度改正の必要が生じ、そこからの延長で、より長期滞在できる「特定技能」という新制度が2019年に創設された。
 出入国在留管理庁が発表した21年9月末現在の『特定技能1号在留外国人数』によれば、同1号で働く外国人の総数は3万8337人にもなる。つまり、特定技能による外国人は毎年、数万人ずつ増えている。
 日本経済新聞2021年12月18日付《外国人就労「無期限」に 入管庁検討 熟練者対象 農業など全分野 受け入れ拡大へ転換》(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE019ZY0R00C21A9000000/)にあるように、特定技能2号の資格を取得した外国人には、家族帯同、永住の道が開かれようとしている。

日本経済新聞のスクープ記事《外国人就労「無期限」に 入管庁検討 熟練者対象 農業など全分野 受け入れ拡大へ転換》

 90年代、2000年代を支えてきた日系人労働者から、2010年代以降はアジア系労働者に切り替えようとしている。特定技能による受入れ最大は34万5150人と言われており、奇しくも最盛期の在日ブラジル人に匹敵する規模だ。

永住許しても移民待遇しない政府の矛盾

 そもそも日本では1990年に入管法を改正して、日系3世までを制限なしに就労できるようにし、永住の道を開いた。にも関わらず、国内世論的には「外国人移民の受入は大反対」の状態のため、形式的には「一時就労外国人労働者」という建前で受入れた。
 そのために一時は在日ブラジル人だけで30万人を越えるほどになっても、日本政府はデカセギ子弟の教育問題などに本気にならず、日本語でもポルトガル語でも中途半端な世代を数万人レベルで作ってしまった。
 在日ブラジル人からすれば、「日本政府が永住できる筋道を作ってくれたのだから、自分たちは移民だ」と普通に感じていた。だが、日本政府の建前は常に一時滞在の扱いであり、その矛盾は今でも続いている。
 リーマンショック以降、10万人以上のデカセギが帰伯した。その多くは10代、20代だ。彼らに帰伯した理由を聞くと、多くが「日本では大学に進学できないから」「正規労働市場に組み込まれない単純労働市場のみの人生では、未来が考えられないから」と応える。
 日本で在日ブラジル人子弟の多くは、大学どころか、高校すらも満足に卒業していない。地域によっては半分以下しか高校を卒業していないと言われる。
 文科省の2020年度「学校基本調査」によれば、高校への進学率は98・8%だ。つまり、日本人なら「ほぼ全員」が高校進学する中、永住を許している外国人子弟には5割以下でも目をつむるというダブルスタンダードが現実に行われている。これが先進国で許されることなのか。
 日本が高齢化や人口減少の問題とキチンと向き合い、その対処を議論するならば、外国人受入れは避けては通れないテーマだ。だが、現実は一向に国政の場で公に議論されることなく、なし崩し的に「技能実習制度」「特定技能制度」を進めてきている。

日本政府からつまはじきにされる日系人

 特定技能制度でブラジルからも行けるならばまだしも、現状では行けない。アジアからは日本語N4さえとれば、事実上誰でも日本に仕事に行ける。ブラジルからは特定技能では訪日できないから、たとえ日本語が達者な日系3世、4世、5世がいても日本に行くことはできない。
 これはフェアーなやり方ではない。
 本来なら改正入管法によって日系3世までは訪日就労できるはずなのに、事実上、3世の訪日就労差し止めの状態が続いている。ニッケイ新聞が21年12月4日から始めた5回連載《なぜ三世は日本就労できないのか》(https://www.nikkeyshimbun.jp/?s=%E3%81%AA%E3%81%9C%E4%B8%89%E4%B8%96%E3%81%AF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%B0%B1%E5%8A%B4%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%8B)に詳しい。
 日本語能力うんぬん言うなら、日本人に近いレベルで読み書きまでできる日本育ちの3世が、日本での大学進学を諦めて大挙してブラジルに帰ってくるのは、なぜか。日本で生まれ育って日本のことを知る彼らを、日本で活用しようとしないで、なぜ、わざわざ新しい外国人を大量に入れようとしているのか。
 いったん帰伯した3世は、再入国許可が切れれば、日本に行けない現実がある。日本語人材が必要なら日本語が達者な3世、4世を日本に行かせるべきなのに、そちらのドアはガッチリと閉めている。
 3世ら若い世代を入れず、すでに日本に定着している日系人が「50代を過ぎて労働者としての価値を失った」かのように、若いアジア系労働者を大量に導入することは、明確な「日系人外し」に他ならない。
 この件に関して、在日ブラジル人一世の社会学者アンジェロ・イシさんに意見を求めると、こうコメントを寄せた。
「日系人に対する冷遇は、何もコロナ禍において始まったわけではなく、残念ながらこの30年間、複数の場面において顕在化しています。9・11事件後は国際空港の入管において、特別永住者なら日本人と一緒に並んで指紋採取が免除されるのに、日系人はいまだに他の再入国者と同様に指紋採取を強要され続けています。
 リーマンショック後の帰国支援事業ではなかなか再入国を解禁せず、日系4世ビザ設計時には特定技能第1号並みに家族の帯同を禁じるなどの厳しい条件が課せられています。
 今こそ、これまで多くの日本側の関係者が唱えてきた“日系人は日本にとってかけがえのない存在だ”や“日本とブラジルとの架け橋的な存在だ”という言葉が口先だけの挨拶言葉ではないことを証明する時です。
 日本政府に限らず日本社会の本音レベルでの“日系人観”が問われています。日系2、3世には日本人同様の日本への(再)入国の権利を付与し、日系4世に対しても2、3世と同様の活動に制限のない在留資格を付与すべきです」
 この「日系人外し」が進めば、世界中の日系人350万人が、日本政府に対して反発を強める可能性がある。その半数以上の200万人はブラジル日系人だからだ。

実は「日系人を受入れたことが失敗だった」

 2006年の河野発言を聞いて、「受入れの方法」が失敗だったと好意的に解釈していた。これから受入れ方法を改良して体制を整えると。
 だが今思えば、あの時すでに「日系人を受入れたことが失敗だった」と日本政府は思っていたのだ。だから数年の議論を経て始まったのは、日系人子弟の教育問題改善策ではなかった。
 08年末の世界金融危機による外国人労働者大量解雇を受けて、09年に日系人帰国支援策が打ち出され、2万人余りが帰国費用だけ持たされて帰らされ、3年を過ぎてもなかなかビザ再発給されなかった。その裏で2010年に在留資格「技能実習」が創設され、三世ビザが厳格化された。
 この流れを改めて見直してみれば「日系人を受入れたことが失敗だった」として対処しているようにしか見えない。
 だが「日本政府」という言い方は良くないかもしれない。外務省は一生懸命に海外日系人との絆を深めようといろいろな努力をしている。入管行政を統括する法務省、労働問題の対応を考える厚労省などが、政府内でそのように画策してきたのではないか。
 いったん受入れて永住権を与えた外国人でも、年をとれば用済み扱いされると知れば、日本を目指す外国人は確実に減る。特定技能で永住した外国人も、30年後に同じ目に遭う可能性があると知れば、さぞやガッカリするだろう。
 「どの口で多文化共生とか、国際化を言うのか」と在外同胞や日系人から言われない政策を推し進めて欲しい。(深)

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