広がる砂漠、雨も降らず茶色く濁った水を飲むしかない 水不足と栄養危機が命を脅かす

1歳のわが子を連れてMSFの栄養治療センターを受診した母親 © Claudia Blume/MSF

アフリカ中央部に位置するチャドのハジェル・ラミ州にある小さな町、マサコリ の診療所。国境なき医師団(MSF)が開設した栄養治療センターの待合室で、ハディジャ ・イバさん(30歳)は生後9カ月になる娘のサラちゃんを抱いている。サラちゃんは1カ月前から栄養治療を受けており、イバさんはこの日、そのまま食べられる栄養治療食(RUTF※)を1週間分受け取り、翌週の診察までサラちゃんに食べさせるよう医療スタッフから告げられた。

栄養失調は、5歳未満の子ども、妊婦、授乳期の母親の健康に深刻な影響を及ぼす。作物の収穫量の減少、栄養バランスの偏った食事、社会・文化的な要素など、さまざまな原因があり、チャドでは慢性的に起きている問題だが、2021年は例年に比べて特に降雨量が少なかったことで、さらに状況が悪くなっている。

進む砂漠化と水不足

村の井戸からくみ上げた水は茶色く濁っている© Claudia Blume/MSF

MSFがハジェル・ラミ州で栄養対策を開始したのは2021年9月。この年の重度急性栄養失調の症例が2万8000を超えたことに加え、州内にある5つの保健地区のうち1つしか支援を受けられていないという報告を受けたためだ。

サハラ砂漠の南に位置するチャドは、世界でも温暖化や干ばつといった気候変動の影響を特に受けやすいサヘル地域に属している。チャド国内ではここ10年で砂漠が南へ150㎞広がり、農地や牧用地が減少した。

イバさんは言う。「今年は雨がほとんど降っていません。私の知る限りこれまでで最悪です。作物の収穫もごくわずかでした。市場で野菜を買わなければならないのですが、あらゆる物が2倍に値上がりして、十分な食べ物を買うことができません」

飲料水の調達も困難だ。不衛生な水は下痢などの健康問題を引き起こし、栄養失調のリスクも拡大させる。ハディジャ・マハマトさん(25歳)はこう話す。「私の村にある2つの井戸は、水をくむのに5分以上ポンプを押し続けなければなりません。苦労してくみ上げた水は茶色く濁っています。他の村に水をくみに行くのも片道1時間半かかってしまいます。私たちにはこの水を飲むほかに選択肢がないのです」

「飢餓の季節」は長く厳しく 求められる支援の拡大

MSFがハジェル・ラミ州の栄養失調危機の知らせを受けたのは、既に最も危機的な状況を過ぎてからだったが、7つの診療所の栄養治療センターでこれまでに1600人以上の子どもを治療したほか、ヘルスプロモーター(健康推進担当者)が遠隔地の村を訪ね、子どもを持つ母親を対象に栄養失調の確認方法や予防方法の周知も行なっている。

MSFが訪れる先の集落で出会うのは、女性や子ども、比較的高齢の人が圧倒的に多い。若い男性の多くは、国内の他の地域やカメルーン、ニジェール、リビアなどの隣国へ出稼ぎに行くか、家畜を連れて南部に赴き、戻って来るのは次の植え付けの時期だ。こうした生活は以前から続いているが、今年は雨不足による不作のせいで若者たちが例年よりも早い時期に出発したという。オスマン・アバカルさん(50歳)は嘆く。「この先どうなってしまうのでしょう。私たちには何もできません。次の雨期を待つことしか……」

MSF医療チームリーダーのイブラヒム・バリー は「状況は今後、さらに悪化する可能性がある」と懸念する。「雨不足によって農作物や家畜が被害を受け、多くの人が栄養失調に陥る『飢餓の季節』が例年より早く始まっている一方で、チャドの栄養・食糧安全への資金援助は減少しています。子どもたちの命を栄養失調から守るには、支援の拡大が必要です」

訪れた村で栄養失調を防ぐ方法を母親たちに伝えるMSFのヘルスプロモーター © Claudia Blume/MSF
上腕周囲径測定帯「命のうでわ」で腕の太さを測り、栄養状態を確認する 🄫 iAko M. Randrianarivelo

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