『フレンチ・ディスパッチ』はウェス・アンダーソンが“架空の雑誌”最終号に「好き」を詰め込んだ監督10作目

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

ウェス・アンダーソンは雑誌「ニューヨーカー」に高校生で出会い、のめり込んだ。そしてフランスの映画や文学などの文化を好み、自身の作品はとても影響を受けているという。そんな彼が、それらへの想いを詰め込んだ映画が最新作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』だ。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

今作はタイトルにもなっている架空の雑誌「フレンチ・ディスパッチ」がテーマだ。序盤はその雑誌自体の説明があり、続けて最終号に収録される記事の内容がショートフィルムのようにいくつか流れる、半オムニバス映画の形式をとる。雑誌は20世紀のフランスで刊行されたという設定で、それぞれのエピソードは実際にあった当時の出来事や実在の人物を下敷きに監督がフィクションとして練り直した、いわば偽史的なものとなっている。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

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どれも本当に起きていそうで、でも歴史の影に埋もれているかもしれないような、おかしな話ばかりだ。ただ、次々と起こる非現実的なこともギリギリ本当だと思えてしまうくらいの説得力が映像にあって、セットを作り込んでの撮影がどれだけ入念にされたかが伺えた。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

監督がヒントを得たという多くの参照元は自分には馴染みのないものばかりだが、好きなものを徹底的に詰め込んで物語にしていることは、スクリーンの圧倒的な情報量からすぐに伝わってきた。また、カラーから白黒になったり、時にはアニメーションになったり、縦横の比率が変わることもあるが、そのエピソードやシーンが一番観客に伝わりやすいフォーマットだと考え抜いているようだった。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

この詰め込み具合と目まぐるしいフォーマットの遷移は『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2020年)に近いものを感じる。2021年末に「庵野秀明展」に行ったが、あの感じで「ウェス・アンダーソン展」も見てみたいと思った。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

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デビューから10作目、だけどいつものウェス・アンダーソン映画

今作はアンダーソン監督の長編デビュー10作目にあたる。フィルモグラフィーを観たところ、自分はデビュー作の『アンソニーのハッピー・モーテル』(1996年)以外は全て観ていることに気づいた。せっかくなので『アンソニー~』観てからこれを書いているのだが、驚いたのは、画は確実に変わっているのにストーリー運びや会話の雰囲気は通底していたことだった。

最初から自分の持ち味がありながら、作品ごとにどんどん洗練されていく。それは、とても素晴らしい年の重ね方だなと思った。今作が監督自身の好きなものへのトリビュートになっているのが、もし10作目という節目を意識してのことであるなら、その美しすぎる流れにため息しか出ない。が、きっとそうなんだろう。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

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ビル・マーレイやオーウェン・ウィルソン、ジェイソン・シュワルツマンなどアンダーソン作品の常連俳優がいて、フランシス・マクドーマンドやレア・セドゥ、ティモシー・シャラメのような旬の面々も新たに参加。出演者の名前を見てスペシャルな予感がしていたが、そんなこともなく、いつものウェス・アンダーソン映画だったことも良かった。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

ここまで書いておきながら、自分がウェス・アンダーソンのことが熱烈に好きかと聞かれると、実のところイエスと即答はできない。夢中になったこともなければ、涙したこともないと思う。ただ彼の映画を観ていて、その楽しげなムードが好きなんだろうなと感じる何かが、いつもある。よくよく考えると、多くの人にとって僕自身の活動もそうだったのなら、とても幸せだろうなと思う。もしかしたら自分はウェス・アンダーソンみたいになりたいのかもしれない。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』メイキング ©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

文:川辺素(ミツメ)

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は2022年1月28日(金)より全国公開

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