ウクライナ情勢は米ロの“駒”|久保弾 緊張状態が続くウクライナ情勢。モスクワとワシントン、2つの視点からウクライナ情勢を徹底分析する。

プーチンの「ラブコール」

アフガニスタンの不名誉な撤退から時を経ずに、バイデン政権は新たな戦争に首を突っ込むかもしれない。

いまの米メディアの見出しを見ていると、いまにもウクライナで第三次世界大戦が始まりそうだ。ロシアがウクライナとの国境付近に軍を集結させ、米国は再びロシアが侵攻するのではないかと警戒を強めている。

モスクワとワシントン、2つの視点からウクライナ情勢を見てみよう。

まずはロシアだ。2021年7月、プーチン大統領は大統領府公式サイトに長文の論文を発表した。タイトルは「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」。なかでプーチンは、以下のようなことを書いている。

「ウクライナとの間で生じた問題は、常にロシアの統一性を損ねようとしてきた勢力が意図的にもたらした結果である」

「ロシア人とウクライナ人の精神的、文化的な結び付きは何世紀にもわたって形づくられてきた。しかし、強大な『一つのロシア』の力を恐れたレーニンが、民族政策によって、大ロシア人、小ロシア人、白ロシア人からなる三位一体のロシア民族に代わり、ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人という三つの個別のスラヴ民族に分けたのだ」

プーチン論文は、ロシアを超大国に戻すためには、ロシアとウクライナ、ベラルーシが一緒になることが必要だと結論づけている。典型的なソビエト連邦以前の帝国ロシア・ナショナリズムの考え方だ。

ただ、プーチンの「ラブコール」に対しては、ウクライナ人は冷ややかだ。

「我々ウクライナ人は熊(ロシア)に愛されすぎて、抱き締められると息ができなくて苦しい」

米国、とりわけバイデン政権はウクライナをどう見ているか。

「ウクライナ」の名はトランプ政権時代、ニュースでよく耳にした。当時、民主党は「トランプが軍事支援の見返りに、バイデンの副大統領時代の調査を行うようウクライナの大統領に指示した」と糾弾。トランプはこの「ウクライナ疑惑」で弾劾裁判にかけられたが、結局、無罪だった。

バイデンの「ウクライナ疑惑」

一方、バイデンにも「ウクライナ疑惑」がある。バイデンがオバマ政権で副大統領を務めていた頃のことだ。次男のハンター・バイデンがウクライナのエネルギー会社ブリスマの取締役に就任して高額の報酬を受け取り、その見返りにバイデンの政治力を使ってブリスマの捜査を担当していたウクライナの検事を解任させるなど、同社に様々な便宜を図ったというのだ。

バイデン自身、外交問題評議会の集まりで、この会社を調べようとしたウクライナの検事を政治的圧力で解雇させたと言われている。

バイデンの場合は弾劾裁判にかけられていないから、どこまでが本当かわからないが、バイデン政権とウクライナが持ちつ持たれつの関係にあることは間違いない。

ウクライナは米国を利用しようとしている。04年、ウクライナ大統領選挙の決選投票をやり直しさせ、結果を覆したオレンジ革命後から、ウクライナはワシントンでのロビー活動を拡大した。2020年に入ってからウクライナのロビー活動はさらに大きくなり、アラブ首長国連邦やサウジアラビアの活動量を上回った。

ウクライナの人権団体や天然ガス大手は、米国のロビイングに大金をつぎ込んでいる。ロビイストたちは政治を動かし、マスコミが飛びつきそうな「情勢」を企画し、新聞の見出しに上げる。ウクライナの狙いは軍事支援とNATO加入だ。

それがロシアに侵略されたクリミア半島と東ウクライナのドネツク地方、ルガノスク地方を取り戻す唯一の方法だと考えている。

一方、バイデンもウクライナを支持率回復に利用しようとしている。バイデン政権は発足してから、コロナ対策の失敗、治安の悪化、アフガンの撤退など失政続きだ。このままでは、2022年の中間選挙でいい結果を残せそうにない。

バイデンはウクライナの問題で、外交的にも軍事的にも、ロシアを圧倒して米世論の風向きを変えようと考えているのだ。

ウクライナ人の未来は、残念ながら首都キエフではなく、遠いモスクワやワシントンで決められていると言っても過言ではないだろう。「ウクライナ情勢」は、米ロのチェスゲームの一駒にすぎない。

(初出:月刊『Hanada』2022年2月号)

© 株式会社飛鳥新社