無名だった岩崎優&原口文仁を発掘 元阪神スカウトが見出した“プロ向き”の素質

阪神・原口文仁(左)と岩崎優【写真:荒川祐史】

元阪神スカウト・中尾孝義氏は原口、岩崎、陽川らを発掘

かつて中日、巨人、西武で強打の捕手として活躍した現野球評論家・中尾孝義氏。中日時代の1982年には優勝に貢献し、MVPに輝いた。現役引退後、2009年から16年までの8年間は阪神のスカウトを務めた。そこで発掘したのが、当時は決して注目選手とはいえなかった原口文仁捕手、岩崎優投手、陽川尚将内野手だ。彼らのどこに目をつけたのだろうか。

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中尾氏は阪神スカウト着任直後の2009年春、神宮第二球場で行われた高校野球春季東京都大会で帝京高の原口の打撃に魅せられた。「僕の目の前でライトへホームランを打った。逆方向へ長打を打てる所がいいな、と思いました。捕手としては強肩とは言えないけれど、捕ってからのスローイングが速い。良くなりそうな部分がいっぱいあったので、ちょこちょこ帝京高の練習を見に行くようにしました」と振り返る。

前田三夫監督(昨年夏に退任、現名誉監督)に聞くと、原口は毎日、埼玉県寄居町から通学しているという。自宅から東武東上線・寄居駅まで、親が運転する車で約10分。午前5時台の始発に乗り、帝京高最寄りの中板橋駅まで約1時間半。合計の通学時間は片道約2時間に及んでいた。「深夜に自宅へ帰った後も、父、母、妹に代わる代わるトスを上げてもらいながら打撃練習をしていると聞いて、努力家でプロ向きの性格だと確信しました」と中尾氏。3年時には1年生が練習をボイコットする騒ぎがあったが、原口が仲を取り持ちチームに戻したとも聞いた。

阪神は同年ドラフト6位で原口を指名。プロ3年目に腰を痛め、いったん育成契約となったが、2016年4月に3年ぶりに支配下へ復帰。同年のオールスターに出場するほどの活躍を見せ、規定打席には届かなかったものの打率.299、11本塁打46打点をマークした。

原口は2019年1月、大腸がんを患っていることを発表。手術、リハビリを経て同年6月には1軍に復帰し、この年に2度目のオールスター出場を果たしている。こうした不屈の闘志は、高校時代の往復4時間に及ぶ通学で培われたのかもしれない。「そういう部分はあると思います。ハートの弱い選手は1度落ちると終わってしまうが、何度でも這い上がって来られる原口は本当に強い」と中尾氏はうなずく。原口の昨季出場は56試合にとどまったが、今年は改めてレギュラーポジション獲得に挑む。

中日、巨人、西武で活躍した現野球評論家・中尾孝義氏【写真:中戸川知世】

岩崎の東京五輪出場は「驚きました、期待以上です」

2013年ドラフト6位で指名した国士舘大の岩崎、同3位の東農大の陽川を見出したのも、原口と同じく神宮第二球場だった。当時国士舘大と東農大が所属していた東都大学リーグ2部のメーン球場だったからだ。神宮球場の隣に併設されていた第二球場は、両翼91メートルと狭く、2019年11月に一帯の再開発のために閉場したが、なんとも味わい深い景観だった。

岩崎は大学時代も専ら中継ぎ。中尾氏は「手足が長くて、球持ちが長い。MAX135キロ程度だったが、球速の割に空振りを取れる投手だった。初速と終速の差が小さいのだろうと思った。伸びる可能性があるので、6位まで残っていたら指名してほしいと上司に頼んでおきました」と振り返る。ドラフト前、岩崎に対して調査書を提出していたのは、阪神を含めて2球団だけだった。指名後には岩崎の父親から、静岡・清水東高時代に片道8キロの道のりをランニングで通学していたというエピソードを聞かされ、「なるほど、確かに体の軸がしっかりしている」と感心した。

ただ、その岩崎が昨年夏の東京五輪に出場し、貴重な中継ぎとして金メダル獲得に貢献するまでになるとは、担当スカウトだった中尾氏も予想していなかった。レギュラーシーズンでもチーム最多タイの62試合に登板し、3勝4敗1セーブ41ホールド、防御率2.65の好成績。「日本代表だなんて、正直言って驚きました。遥かに期待以上です。球質の特長はそのままに、ストレートが速くなったことが要因だと思います」と分析する。

陽川については「粗い所もあったが、パンチ力が抜群。強烈な打球を放っていた。守備はどちらかと言えば下手だったが、これはプロに入ってからでも上手くなるし、肩は強かった」と見込んでいた。右の長距離砲を求めていたチーム事情もあって、上位の3位指名となった。昨季の陽川は1軍で41試合出場、打率.174、2本塁打6打点。30歳となり、プロ9年目の今季は勝負の年となる。中尾氏も「課題は確実性。背水の陣で頑張ってほしい」とエールを送る。

昨季の阪神は、1度は独走態勢を築きながら、後半に失速し16年ぶりの優勝を逃した。中尾氏は「今季は2年目の佐藤輝明がどれだけ成長を示せるかが最大のポイント」と見ている。もちろん自身が見出した選手たちの動向にも、熱い視線を注ぐ。

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(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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