【高校野球】知的障害のある球児が慶応高野球部とオンライン交流「垣根があってはいけない」

オンライン上で互いに対する理解を深め、同じく野球を愛する仲間だと確認した参加者たち

野球を通じた交流で互いの理解を深め、人間力を高める一助に

知的障害のある球児の甲子園出場の道を探る「甲子園夢プロジェクト」は29日、7回目となる合同練習会をオンラインで開催した。この日は甲子園出場経験もある名門・慶應義塾高校野球部の部員たちも参加。それぞれの立場で取り組む野球について発表し、互いの理解を深め、人間力を高める交流を行った。

東京都立青鳥特別支援学校主任教諭の久保田浩司さんが立ち上げた「甲子園夢プロジェクト」。知的障害のある球児も甲子園を目指すチャンスが得られるようにサポートしようという活動で、2021年3月に発足した。コロナ禍でも地道な活動を積み重ね、野球を愛する知的障害児が全国から参加。1年も経たないうちに20人を超える試みとなった。

関係者の橋渡しによりプロジェクトを知った慶応高野球部の森林貴彦監督は、久保田さんと球児たちの“夢”に感銘を受け、合同練習会の開催を快諾。この日、本来であれば同校の日吉グラウンドで一緒に白球を追う予定だったが、新型コロナウイルス感染再拡大により、オンライン上での交流となった。

参加したのは、甲子園夢プロジェクト15人、慶応高野球部74人の球児たち。まずは森林監督によるオンライン指導から始まった。森林監督は自身の夢は「KEIO日本一」であると紹介。野球ではもちろん、人間力でも日本一と言われるチームになりたいと話す。純粋に甲子園で優勝したいという気持ちと同時に、もう1つ日本一になりたい理由がある。それは甲子園の優勝インタビューで「高校野球を変えましょう」と呼びかけたいからだ。

なぜ高校野球は変わらなければいけないのか。森林監督は子どもの野球離れが進んでいるのは、野球が抱える課題を解決できない現状に社会が気付いているからだと考えている。勝利至上主義の横行、指示待ち人間の形成に代表される数々の課題を解決し、野球の価値を高めるためには、まず高校野球が変わる必要があると話した。

その想いはチーム全体に伝わっている。2年生の久保田翔己くんはチームが「自主性」と「思考」に重きを置くことを紹介。選手が自主的にミーティングを開いたり、選手考案の練習メニューを作成したり、各界で活躍する人々の言葉に触れながら人間力を高める時間を設けたり、独自の工夫を重ねながら野球に取り組む様子を伝えた。また、野球の“時代遅れ”な側面だけではなく、変わろうとする動きにも注目が集まるよう「日本一になりたい」と訴えた。

特別支援学校に野球部設立の動き「夏の甲子園予選に出てみたい」

夢プロジェクトからは愛知県立豊川特別支援学校・高等部2年の林龍之介くんが野球への取り組みを発表。小学生で野球と出会い、中学3年の時に甲子園球場で生観戦した高校野球に感動し、自分も甲子園を目指したいと思うようになった。だが、特別支援学校には野球部はなく、陸上部へ入部。昨年夢プロジェクトと出会い、初めて参加した合同練習では「大勢で野球をするのが本当に楽しかった」と目を輝かせる。

だが、昨年9月に最大の応援者の1人でもあった長姉が急逝。「みんな違っていい。いろいろでいい。そう教えてくれた大事な存在」だった長姉との別れは「人生で一番悲しかった」と声を詰まらせる。葬儀の朝、長姉にしたためた手紙に書いた3つの約束の1つが「もっと野球を頑張って試合に出ること」。12月に参加した愛知・同朋高との合同練習で、その想いはさらに大きくなったという。

三者面談で「野球部を作りたい」と訴えた林くんの熱意に担任の先生も動かされ、現在その夢を叶えるべく奔走してくれているという。また、同朋高の松尾良亮監督の計らいにより2月から週1回、同校の練習に参加することに。「夏の甲子園予選に出てみたい。1打席でも立てたら真剣勝負をしたい」と夢を語った。

その後のQ&Aコーナーでは、夢プロジェクトのメンバーと慶応高野球部員が互いに質問を投げ掛け合いながら、それぞれの理解を深めていった。慶応高野球部員からは打撃のコツや制球力アップに向けた練習方法などを伝授。夢プロジェクトのメンバーは、それぞれが野球を思う熱い気持ちや野球との出会いなどを伝えた。

慶応高野球部で主将を務める宮原慶太郎くんは、今回の合同練習会に向けて事前に予習するまで、甲子園に出てみたいと願う知的障害のある球児たちの存在を知らなかったという。だが、この日の交流を終え「甲子園を目指したい気持ちはみんな同じ。そこに垣根があってはいけないと思う。試合で1打席でも立ちたい、白球を追いたいという気持ちは誰もが持っていいもの。いろいろな人が野球を楽しめる環境を社会として作っていかなければいけないと思います」と力強く語った。

3月6日には慶応高・日吉グラウンドで対面形式の合同練習が開催される予定。その時は試合形式での対戦も予定されている。夢プロジェクトの林くんは「自分で考え動いて、チームの一員として頑張りたい」と話し、同じく村田敦くんは「三振を取りたい」と意気込む。慶応高の久保田くんは「グラウンドでは真剣勝負を挑みたい」と待ちきれない様子。野球を通じて繋がった球児たちの縁が3月にはどんな展開を見せるのか、今から楽しみだ。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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