入管庁と弁護士会の知られざる闘いなぜ 公表資料が隠す3つの「不都合な真実」

長期間収容は国際人権規約違反として国を提訴、記者会見するイラン国籍のサファリ・ディマン・ヘイダーさん(左)とトルコ国籍のクルド人デニズさん=1月13日、東京・霞が関の司法記者クラブ

 昨年暮れ、出入国在留管理庁(入管庁)が公表した資料に対し、東京弁護士会(東弁)が強く抗議、一部削除を求める会長声明を出した。問題とされたのは「現行入管法上の問題点」(以下「資料」)。弁護士会はなぜ削除まで求めたのか。取材を進めると、資料には書かれていない“不都合な真実”が見えてきた。(ジャーナリスト、元TBSテレビ社会部長=神田和則)

 ▽逃亡を招いたのは誰なのか

 昨年の通常国会で批判を浴びて廃案となった入管難民法改正案。昨年12月21日に公表された資料は、入管庁が改正案の再提出を諦めていないことを示している。  資料は初めに「共生社会の実現」という理念を掲げるが、後に続くのは「不法残留の現状」「送還忌避者の発生」「送還忌避者の全体像」といった項目で、いわば入管庁が“不良外国人”とみなす人たちに対する現行法の甘さを訴える内容となっている。

 東弁の抗議声明は資料公表のわずか6日後、27日だった。声明は「仮放免の問題」という項目の一部削除とその周知を要求している。

 「仮放免」とは、非正規滞在という理由で収容した外国人を一時的に解放する措置で、保証金、身元保証人が必要な上、就労は禁止、許可なしに居住地以外の都道府県に出ることはできないという制約が付く。

 資料は「健康状態の悪化を理由とする仮放免の許可を受けることを目的として、拒食に及ぶという問題も生じている」「逃亡し手配中の事案も相当数」「犯罪を犯す事例も発生」と制度の弊害を強調している。

 さらに「多数の逃亡者を発生させている身元保証人の例」として、弁護士3人と支援者2人を匿名で列挙し「弁護士A:約280人中約80人逃亡」「B:約190人中約40人逃亡」とした。

 東弁の声明は、削除を求める理由として「弁護士が逃亡を助長しているかのような印象を与えかねず、不当かつ不適切」と述べる。

 また、仮放免後に所在不明となる背景について「数年にもわたる無期限収容や、名古屋入管での死亡事件で明らかになったような施設内の劣悪な処遇など、入管収容上の問題がある」と構造的な問題を指摘した。

 ▽なぜ退去を拒むのか

 実は、不法残留などで摘発された外国人のほとんどは国外に退去している。入管庁はそれ以外の人たち、退去強制令書が発付されても出国を拒む人たちを「送還忌避者」と呼び、現行法の不備でこうした人を強制送還できないから、法改正が必要だと主張している。

 では、どうして送還忌避者が発生するのか。ここに入管庁資料が触れない第1の不都合な真実がある。

 資料によれば、20年末時点での送還忌避者は累計3103人という。その背景に何があるのか。

 まず、日本が「難民鎖国」であるという現実がある。欧米に比べ難民認定率が格段に低い。他国なら相当数が難民と認定されているトルコ系クルド人やミャンマーの少数民族もなかなか難民と認めない。

 全国難民弁護団連絡会議代表の渡辺彰悟弁護士は「送還を拒む人の6割以上は難民申請者」と実態を説明する。「祖国に帰れば身の危険がある人たちだ。制度が適正に運用されていないから、本来、難民と認められるべき人たちが認められていない」

 日本で生まれて日本語しか話せない子どもとその親や、長年、日本で暮らして本国での生活基盤を失ってしまった人もいる。これらの人たちも、送還されればたちまち生活が行き詰まる。

 入管庁は「送還忌避者」とひとくくりにするが、彼ら一人一人は帰国を拒否しているのではない。帰れない理由があるのだ。

 ▽なぜ収容が長期化するのか

 こうして送還忌避者とされた人たちが、なぜ長期にわたって収容されているのか。資料が触れない第二の不都合な真実は収容長期化の原因だ。

 仮放免制度は、かつては収容された人の個々の事情に応じて弾力的に運用されていた。雲行きが変わったのは16年の入管局長通知のころからだ。

 通知は、東京五輪が開催される20年までに安全・安心な社会の実現を図るため、送還忌避者ら「わが国社会に不安を与える外国人を大幅に縮減することは(中略)喫緊の課題」と、一般社会からの排除の姿勢を鮮明にした。

 さらに18年には、次のように身柄の拘束、収容を徹底する入管局長指示を出した。「仮放免を許可することが適当とは認められない者は、送還の見込みが立たない者であっても収容に耐え難い傷病者でない限り、原則、送還が可能となるまで収容を継続し送還に努める」

 その結果、14年末には収容者が932人(うち6カ月以上の長期290人)だったのが、18年末、19年6月末は収容者1200人以上(長期は700人近く)に上ることになった。収容の長期化は、五輪開催を理由に仮放免の運用を厳格化した入管が、自ら招いた結果だった。

 そして、これが第三の不都合な真実につながっていく。

  ▽「2週間仮放免」はなぜ心身を苦しめるのか

 長期収容される外国人が増えるなか、19年に入ると収容者による抗議のハンガーストライキが各地に広がった。同年6月にはナイジェリア人男性が餓死する悲劇が起きた。ここに至って入管庁は、体調を崩した人に2週間だけ仮放免を認める措置を取り始める。

出入国在留管理庁は2019年4月発足。看板除幕式の山下法相(当時)と佐々木聖子長官=東京・霞が関(代表撮影)

 しかし、終わりの見えない収容から、つかの間の自由を与えられ、再び無期限収容に戻すやり方は、心身を苦しめた。

 「人生の中で一番みじめだと思ったのが、2週間だけ仮放免された時。本当につらかった。経験してみないと分からないと思う」。イラン人のサファリ・ディマン・ヘイダーさん(53)は涙ながらに振り返る。

 来日はバブル末期の1991年。当時の日本社会は短期滞在ビザで入国した外国人をオーバーステイになっても普通に労働力として受け入れ、サファリさんも建築現場で働いていた。入管職員が突然、アパートを訪ねてきたのは2010年、退去強制令書が発付された。

 いったんは仮放免となったものの16年に再び収容、そのまま3年が経過。ハンストで体調を崩し「2週間仮放免」が3回、繰り返された。筆者が前回会った2年前は、3回目の途中だった。

 「入管では犯罪者扱い。納得がいかないことに反発したら隔離室に入れられて職員から暴行も受けた。地獄…、私の知っている日本ではない。再収容が怖くて、夜は眠れない。胃が痛くて食べても吐いてしまう。飲めるのはスープだけ」。当時、そう語っていた。手にした診断書には「うつ病」とあり「祖国での経験を背景に、繰り返す収容によるストレスが、症状の悪化に影響している可能性が高い」とあった。

 代理人の駒井知会(ちえ)弁護士は「入管に出頭した時はぶるぶる震えていた」と証言する。

 それでも逃げなかった。

 サファリさんは、いま「逃げた人の気持ちはわかる」と語る。「でも逃げたら自分を信じられなくなる。そうなると他の人も自分を信じてくれなくなって応援してくれた人を裏切ることになる」

 新型コロナウイルスの感染が拡大した20年4月以降は2カ月の仮放免が更新されている。以前よりは目に力が戻ったように感じる。

 「周りの日本人に救われた。本当に感謝している。でも入管はいつでも再収容できる。仕事ができれば税金も払うし、ちょっと恩返しもできるのに」

 ▽あるべき法改正とは

 入管庁資料は不都合な真実には触れない。そして、送還忌避者の3分の1に前科があると指摘する。

 名古屋入管で命を落としたスリランカ人女性、ウイシュマ・サンダマリさんの遺族の代理人、高橋済(わたる)弁護士は「入管庁の資料を逆に解釈すれば、送還忌避者の3分の2には前科が全くない。また前科には、入管難民法違反や交通関係の法令違反も含まれている」と実情を説明する。

名古屋出入国在留管理局の施設に収容中、死亡したスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんの遺影。葬儀で飾られた==2021年5月、名古屋市

 廃案になった法改正案は、退去命令を拒否した場合などに刑罰を科すとしていた。高橋弁護士はこの点も厳しく批判する。

 「処罰しても、難民申請者にとって命の危険はなくならないし、家族と一緒に暮らしたい思いも変わらない。なんの解決にもならない」

 不都合な真実の根本には、難民を適切に保護する独立専門機関がないことや、非正規滞在とみなされた場合の身柄の拘束や収容、国外への退去強制に至る措置が、司法の審査も経ず、入管の一存で行われていることがある。

 これらはいずれも、人権の根幹に関わる極めて重要な判断であり、おろそかにしていいはずはない。そして、このことこそが、まさに法改正が必要な「喫緊の課題」なのだと思う。

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