疎遠だった父親が亡くなり手続きに困る娘。遺言の有無を確認する方法とは?

遺言書の保管の仕方を指南する情報は増えてきましたが、意外と知られていないのが「遺言書の探し方」です。自筆証書遺言と公正証書遺言、それぞれどのような方法があるのでしょうか。


竹中ミチコさん(53歳、仮名)は、幼いころに両親が離婚し母親とともに生活していました。父親はのちに再婚し、もう数十年会うこともなく疎遠になっています。ふと父親のことを思い出した矢先に、親戚を通じて父親が亡くなったと知らせがありました。

父親の再婚相手(和子さん・仮名)は、数年前から施設に入居しており、体調があまり良くない状態が続いています。葬儀の喪主は和子さんでしたが、葬儀、埋葬の手続きは連絡をくれた親戚が主に行いました。

疎遠だった父の相続の手続きをすることに

しばらくして、親戚からミチコさんへ、立替ている葬儀費用を払ってほしいと連絡がありました。和子さんに言ってみたものの、父親の葬儀以来ふさぎ込み、意思の疎通がうまく取れないため、ミチコさんに何とかならないかと話が来たのです。

父親の相続に関しては、ミチコさんも相続人です。相続の手続きは和子さんと協力して行うことになりますが、ずっと離れて暮らしていたミチコさんには何から始めたらいいかわかりません。

そこでミチコさんは相続に詳しい専門家に相談に行きました。そして、相続手続きを始めるにあたっては、遺言書の有無を確認するところから始めましょうということになりました。

遺言書を探す3つの方法

遺言書を探す方法として、
(1)自筆証書遺言を執筆者が保管している場合→自宅等を探す
(2)公正証書遺言を作成している場合→公証役場の「遺言検索システム」で探す
(3)自筆証書遺言を「自筆証書遺言保管制度」を利用して保管している場合→法務局に「遺言書情報証明書」の交付を請求する
の主に3つがあります。

まず、ミチコさんは、自筆証書遺言がないかどうか、父親の自宅を探してみました(1)。ところが、終活を始めた形跡はあるものの、それらしいものは見つかりませんでした。大事に保管しすぎて見つからないこともよくあることです。和子さんに聞いてみてもわからないということでしたので、次に、公証役場で公正証書遺言の「遺言検索システム」を利用したり(2)、法務局で、「遺言書情報証明書」の交付依頼を検討することにしました(3)。

(2)公証役場で確認できる「遺言検索システム」とは

平成元年以降に公証役場で作成された公正証書遺言は、データで管理されています。全国どこの公証役場でも「遺言検索システム」で遺言の有無を確認することができます。このシステムを利用することで、ミチコさんの父親が公正証書遺言を作成していたかいないかがわかるのです。

ただし、このシステムでは、遺言書の有無と、どこの公証役場で保管されているか、ということしかわかりません。遺言書の内容を知りたい場合は、検索システムで判明した情報をもとに、遺言原本の閲覧や遺言の正謄本の交付を請求するという流れになります。これは公正証書遺言を作成した公証役場へ出向く、もしくは郵送で請求することで内容を確認することになります。

「遺言検索システム」は、遺言者が亡くなった後には、相続人などの法律上の利害関係者が請求できます。また、相続人や利害関係者からの委任があれば代理人でも取得できます(必要書類等は公証役場へ確認するようにしてください)。

(3)「自筆証書遺言保管制度」を利用して保管している場合

令和2年7月10日より、法務局で「自筆証書遺言保管制度」が始まりました。もしミチコさんの父親がこの制度を利用して自筆証書遺言の保管を依頼している場合は、法務局で自筆証書遺言書の保管の有無、内容の確認をすることになります。

遺言書保管の有無は、「遺言書保管事実証明書の交付請求」、遺言書の内容に関しては「遺言書情報証明書」で確認することができます。

交付の請求ができる人は、相続人、受遺者等、遺言執行者等またはこれらの親権者や成年後見等の法定代理人に限られます。なお、「遺言書情報証明書」は、誰か一人が交付を受けた場合、遺言書保管所に関係する遺言書が保管されている旨の知らせが、その他の相続人全員に対して通知されます(必要書類等は法務省ホームページをご覧ください)。

公正証書遺言があったからといって自筆証書遺言がないとは限らない!?

相続手続きを進める際に、体調不良で和子さんの協力が望めないこと、親戚から葬儀費用の請求をされていることもあり、遺言書があれば先に進めるかもしれないと思ったミチコさんは、公証役場で公正証書遺言の作成の有無を確認することにしました。

すると、5年前に作成した公正証書遺言があることが判明しました。しかし、公正証書遺言があったからといって、自筆証書遺言がないとは限りません。遺言書は何度でも書き直しができて、内容が重なる部分は新しい遺言書が有効になるため、法務局への自筆証書遺言の検索も本来は行うべきです。しかし、法務局での「遺言書保管制度」が始まった令和2年7月10日現在、ミチコさんの父親は寝たきりで遺言書を書ける状態ではなかったと、父のかかりつけの医師が言っていたので、公正証書遺言の検索のみを行い、内容を知るために謄本請求を行いました。

遺言書の内容は…

公正証書遺言が出てきて一安心したものの、ミチコさんの想いは複雑でした。長年会っていなかった父親の遺言書……。「きっと和子さんの生活を心配して、財産全部を和子さんへという内容だろう」と思っていました。

手許に届いた公正証書遺言の内容は、「自宅不動産は和子さん。不動産以外の財産の4分の3を和子さん。4分の1をミチコさんへ」というものでした。ミチコさんは、まさか自分にも配慮された遺言書が出てくると思っていなかったので、驚きました。また、この遺言書には遺言執行者が指定されていました。

遺言執行者が指定されていたおかげで、和子さんやミチコさんが相続手続きに動くことなく、遺言執行者が遺言書に記載の財産の手続きをすべて行い、葬儀費用の立替の清算も終わりました。

和子さんの体調不良の中、手続きを滞りなく終えられてことに、ミチコさんは安心しました。さらに、この遺言書には父親から和子さんとミチコさんへ【付言事項】として最後のメッセージも記されていました。

「付言事項」に書かれていたこと

【和子へ】
「夫婦二人で過ごした日々、いつも迷惑をかけてきたけど、長い間ありがとう。体が強い方ではない和子に少しでも負担が軽くなるようにと、この遺言書を遺しました。~省略~」

【ミチコへ】
「ミチコ、元気にしているだろうか。ミチコの母さんと別れることになり、父親のいない家庭で過ごさせてしまったことを申し訳なく思っている。ミチコのことを考えなかった日はない。この遺言書でミチコに遺した財産は、ミチコがわたしの子どもだという証、どうか受け取ってほしい。そして悔いのない人生を送ってほしい。それがわたしの願いです。」

ミチコさんは、この付言事項により父親がずっと気にかけてくれていたことを知り、このメッセージを大事に取っておくことにしました。

遺言書で相続人の負担を減らすことができる

相続手続きのために、遺言書を遺しておくことは大切です。特に相続人の誰かに今回の和子さんのように体調が思わしくなく手続きが進まないかもしれないと思う人がいる、または認知症等で判断能力が不十分な人がいる場合は、成年後見人を選任してから遺産分割協議を行うことになります。そのため、相続手続きが長期になったり煩雑になる可能性があります。

今回は、遺言書があったおかげで、これまで面識のなかった和子さんとミチコさんが遺産分割協議をすることなく、遺言執行者によって手続きが行われました。和子さんもミチコさんも精神的な負担が少なくてすんだのです。大切な家族に財産を引き継いでほしい想いと一緒に、手続きもスムーズに行える遺言書の作成は終活の要です。遺言書を作成し、身近な誰かに伝えておいてください。また、相続人になる方は、手続きに入る前に遺言書の有無を必ず確認するようにしましょう。

行政書士:藤井利江子

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