14年前トラ襲撃で飼育員死亡「人は間違うもの」 京都市動物園の教訓とは

京都市動物園では2008年の死亡事故以来、施錠確認などは職員2人によるダブルチェックを徹底している(京都市左京区・京都市動物園)

 今回の事故は決して人ごとではない―。栃木県那須町の「那須サファリパーク」で飼育員3人がトラにかまれるなどして負傷した事故を受け、14年前に飼育員がトラに襲われて死亡する事故が発生した京都市動物園(左京区)では、安全対策に万全を期す決意を新たにしている。

 那須サファリパークで今月5日、飼育員3人がトラにかまれるなどし、1人は右手首を失う重傷を負い、他の2人も負傷した。トラは、柵が付いた飼育スペースではなく、展示スペースに向かう通路にいて、飼育員を襲ったとみられる。那須サファリパークは、6日夜のツイッターで「原因などは現在調査中ではありますが、少なくともトラに責任がある事故ではないことは事実です」としている。

 京都市動物園の坂本英房園長は、5日午前に報道で事故を知ったといい、昼休みに園職員を集め、事故の状況や安全対策の徹底を伝えた。翌日の朝会でも、重ねて注意を呼び掛けた。

 脳裏によみがえったのは、2008年6月7日に京都市動物園で発生した事故だ。飼育員の男性(当時40)がアムールトラ(11歳、雄)に襲われ、死亡した。男性がトラの寝室(飼育室)を掃除しようとした際、トラがいた部屋との仕切り扉が閉まっていなかったために被害に遭ったとされる。

 当時、園側は「通常なら扉が閉まったことを確認した上で、寝室(飼育室)に入ることになっている。確認が不十分で、事故が起きたのでは」と説明している(京都新聞2008年6月8日)。100年以上の歴史がある園で、職員が動物に襲われて死亡したのは初めてだった。

 飼育課係長だった坂本園長は「(亡くなった飼育員は)とても優秀で人格的にも素晴らしかった。『まさか』『なぜ彼が…』という思いが強かった。今でも当時のことを思い出すと、感情を抑えきれず苦しくなる」と漏らす。

 「どれだけ気を付けていても人は必ずミスをするし、思い込みがあることを前提に再発防止に努めなければならない」。つらい経験を教訓として、京都市動物園は、ソフト、ハード両面でさまざまな安全対策を講じ、実行してきた。

 事故を起こしたトラは2010年、繁殖のため浜松市動物園(浜松市)に転園した。現在、猛獣舎では、アムールトラ2頭、ヨーロッパオオヤマネコ2頭、ジャガー1頭などを飼育している。朝夕にトラなどが屋外展示場と寝室を行き来する時は、飼育員とは別に係長級以上の職員が立ち会い、施錠確認などのダブルチェックをしている。ダブルチェックはゾウやゴリラ、ツキノワグマやチンパンジーも対象にしている。猛獣舎では事故後、飼育員が動物エリアで作業を始める際、他の仕切り扉が閉まっていないと中に入れない電磁錠も導入した。

 猛獣舎は、2012年にリニューアルされ、床面積は従来の1.5倍の広さに。狭く死角が多かった飼育員の作業エリアも広くなり見通しが良くなった。動物エリアにはカメラが設置され、飼育員はおりに囲まれた安全な場所から各部屋を監視できるようになった。

 また、事故当時は異常が起きても、飼育員自身が電話などで知らせるしか伝達手段がなかった。各動物舎ではその後、体の傾きを感知できる機器を飼育員が身に付けて作業するように。機器のボタンを押したり、事故などで倒れて一定の時間が経過したりすれば、事務所などでもサイレンが鳴る仕組みだ。

 2008年の死亡事故以来、京都市動物園では大きな事故は起きていない。だが、鍵や無線の置き忘れ、一部のかんぬきの閉め忘れといった各動物舎での「ヒヤリ・ハット事例」の報告が寄せられており、ミーティングや月1回の園内の安全衛生委員会で情報を共有している。

 事故を忘れないために、全職員が安全対策を学び直す研修も毎年実施。事故の発生日である6月7日には、園内の慰霊碑前で黙とうをささげ、再発防止を誓っている。

 坂本園長は「死亡事故を直接経験していない若い職員も増えているが、ここで起きたことを風化させず、安全対策も形骸化させてはならない」と強調。坂本さんは全国の動物園や水族館が加盟する日本動物園水族館協会(東京)の安全対策部長も務めており、「事故で大きな痛みを受けた園として、各園で人身事故が二度と起きないことを強く願っている。現場にいる一人一人の安全への意識付けが最も大切になる」と思いを込める。

京都市動物園内にある亡くなった飼育員の慰霊碑。毎年6月7日には職員が黙とうをささげ、再発防止を誓っている
動物エリアに飼育員が入る際も、2人の職員でダブルチェックを徹底している
飼育員が作業中に身に付けている、傾きを感知する機器。襲われるなどして飼育員が倒れて一定の時間がたつと、自動的に事務所などでサイレンが鳴る
猛獣舎の各部屋にはカメラが設置され、安全な場所にあるモニターで様子を確認できる

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