「みんながやっているし、大丈夫だと思った」。摘発された若者たちは取り調べに口をそろえた。スマートフォン向けゲームで「チート行為」と呼ばれる不正が後を絶たない。京都府警など6道府県警は1月、人気ゲーム「にゃんこ大戦争」で改造したデータを使ったなどとして、私電磁的記録不正作出などの疑いで19人を書類送検したと発表した。高校生など未成年者も含まれている。
彼らは警察の取り調べに「YouTubeに改造のやり方が載っている」「改造データがネットで売られているから」など、軽い気持ちで手を染めたと告白したが、その代償は大きい。違法行為が横行する動機や背景を取材した。(共同通信=稲本康平)
▽ずるをしてゲームを優位に進める
はじめにゲームとチートを簡単に説明する。多くのゲームでは、利用者は自分が使う「キャラクター」を集め、さまざまな「アイテム」を使いながら目的を追求する。にゃんこ大戦争で例示すると、ネコを模したキャラクターを敵と戦わせ、城を攻め落とすことが目的だ。ゲームを中断する際は自分のレベルやアイテムをデータとして保存し、再開時は保存した段階から始められる。
今回問題視されているのは、このデータを勝手に変え、キャラクターやアイテムの交換に必要なゲーム内通貨を増やすなどのチート行為だ。
ゲーム会社はゲーム内通貨を販売しているが、データを改造すればこの課金を免れられるため、企業は売り上げの機会を奪われる。チートは、言い換えればずるをしてゲームを優位に進めることであり、適正な利用者が遊び続ける気を失ってしまう恐れもある。
データ改造は「脱獄」と呼ばれる方法で、機種端末の内蔵プログラムを変え、非公式のアプリを使用することで可能になるという。京都府警などによると、今回の利用者は、ゲームをする端末の変更時に用いる「引き継ぎ機能」を悪用し、購入した改造データを受け取っていたという。19人には利用者の他、改造を請け負った人や、自分で改造して遊んでいた人も含まれていた。
データ改造には一方で、ウイルスに感染しやすくなるという危険性もある。
▽これをやったら「捕まる」という感覚がない
「このゲーム面白いよ。一緒にやろうぜ」
「え、やだよ。おまえチートしているじゃん」
「このゲームはしていないって」
中高生ぐらいの男子生徒2人がスマホを見ながら会話していた。これは記者が京都府の電車内で見た光景だ。多くの人がチート行為に手を出しているのでは、との疑いを強く持った瞬間だ。
現在記者が勤務する鳥取県のある高校近くで、下校中の生徒に尋ねてみた。「ゲームのチート行為って聞いた事ありますか?」。すると、取材した12人全員が知っており、そのうち5人が「やっている」「昔やっていた」「知人がやっている」と答えた。
実際に「チート行為をしようとした」と答えた高1のAさんは昨年12月、SNSで「無料でチート代行します」との投稿を見かけ、興味を持ったという。検索すると多くの人がメッセージのやりとりしていた。
AさんはLINEが提供するゲームサービス「LINE:ディズニー ツムツム」の利用者。改造データでゲーム内通貨を増やそうと考えた。
Aさんは「チートが違法とは分かっていた」と明かし、こう続けた。「でもこのくらいは許されると思った」
改造を請け負う人物に連絡を取ると、交換条件として別のアプリをダウンロードする作業を頼まれた。指示に従った後、連絡は途切れた。この人物は、別アプリを運営する企業から紹介料を得るためにAさんをだましたとみられる。
「『これをやったら捕まる』といった感覚がないので、自ら不正行為を辞める選択には至らないんですよね」と振り返った。
▽対応に追われるゲーム会社
同じゲームで遊ぶ友人Bさんは、改造を請け負う人物に千円を支払って約200万円相当のアイテムを得たという。犯罪をしている意識はなく、学校の友人にも自慢してしまった。
チート行為の温床となるのが、悪質なウェブサイトだ。改造データが売買されるほか、改造する手口も載っている。利用者は違法性を認識せず、「売っているから」と、買い物をする感覚でいるケースも目立つ。捜査関係者によると、サイト自体は違法ではない。府警はサイトの管理者に、チート行為などが「違法」と分かる表示をするよう要請したという。
ゲーム会社も対策を模索しているが、多くは違法アカウントの停止や注意の呼び掛けにとどまっている。株式会社「ミクシィ」が運営するゲームアプリ「モンスターストライク」では、不正行為を対象にしたアカウント停止数は年間数千件に上るという。課金してもらう機会を失うだけでなく、監視やアカウント停止などの対応業務が増加している。
▽登録を厳格にすると、ゲーム利用者が増えない
チート行為が横行する現状について、システムセキュリティーを専門とする情報セキュリティ大学院大学の大久保隆夫教授に尋ねた。
大久保教授は「ゲームにおける改造の歴史とも関係している」と解説する。
以前は家庭用テレビゲーム機のようにカセットを購入して楽しむ遊び方が主流で、個人が「裏技」としてデータを改造する程度だった。しかし、オンラインゲームが有力となり、世界中誰でも参加する形になると、不正行為によって優位に立つことに厳しい視線が注がれるようになった。
業界のビジネスモデルも大きく変化し、企業は無料ゲームを提供した上で「課金」でもうけることが主流になったため、課金を免れるような不正に厳しく対応をする必要が生じた。
それでもゲームを運営する会社はチート行為などの不正を排除できていない。理由は、企業がスマホゲームの手軽さを売りにしているためだ。利用者が最初に参加する際の登録を厳格にすれば不正を防げる可能性も高まるが、できるだけ多くの人に参加してもらうことで利益を最大化させようとするため、それがなかなかできない。
▽求められる利用者のリテラシー
運営企業は「対策が追いつかない」として、警察の取り締まりを期待している。しかし、大久保教授は「警察に任せるだけではなく、企業側が責任を持つ必要がある」と強調する。捜査関係者も「企業側の自助努力を求めたい。Ai技術を駆使するなどして不正アカウントを取り締まる精度をより高めるべきだ」との声が漏れる。
一方で大久保教授は、利用者側のリテラシー教育も急務だと指摘する。教授によると、そもそも不正の認識が希薄で、改造データの利用に抵抗がないため、大きな需要が生まれ、悪質な業者が次々と生まれている。
「ITが普及し、若者らの『できること』が増えた一方で、危険性やモラルの面での知識が追いついていない」と大久保教授は説明した上で、こう警鐘を鳴らした。「ゲーム空間が無法地帯となれば、一般人が知らず知らず犯罪に巻き込まれる可能性も大きくなる。身近な犯罪の芽をつまなければならない」