日本をW杯出場に導く「金髪の矢」 伊東純也に頼り過ぎるのも心配

サッカーW杯最終予選 日本―サウジアラビア 後半、チーム2点目のゴールを決め、駆けだす伊東(右から2人目)=埼玉スタジアム

 もしこの男がいなかったならと思うと、ぞっとする。中国とサウジアラビアの2連戦にともに2―0の勝利。そのすべての得点にかかわったのが、サムライブルーの右の翼、伊東純也だ。中国戦は先制点のPKにつながるハンドを誘発し、後半にはヘディングシュートで追加点。そして大一番となった首位サウジアラビアとの試合では、先制点を演出し、勝利を決定づける豪快な一撃をたたき込んだ。

 この2試合、確かに日本は堅実な守備で相手の攻撃をゼロに抑え込んだ。内容的に負ける要素は少なかった。ただ試合前のグループBは、日本が首位を追い、さらに3位オーストラリアが1ポイント差で迫る三つどもえの状況。日本にとっては、引き分けは勝ち点1を得られるのではなく、勝ち点2を失うに等しい。その1ポイントから3ポイントへの上積みの難しい作業を、伊東は個人の力で成し遂げたと言っても過言ではない。

 金色の髪をなびかせてスピード豊かに疾走する姿は、まさに現代版の「金髪の矢」だ。この異名をとった世界的名手について、サッカーの歴史について、少し話そう。

 アルゼンチンが生んだ最高の選手。そう尋ねられれば、現在ではメッシ、少し前ならばマラドーナが思い浮かぶだろう。しかし、アルゼンチン出身の初代スーパースターは、この2人をも上回る名声を得た選手だった。

 アルフレッド・ディステファノ。1955―56シーズンから欧州チャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)で5連覇を成し遂げたレアル・マドリード。その「エル・ブランコ(白い巨人)」と呼ばれたチームの黄金期のエースとして、光り輝いた「金髪の矢」である。

 2014年に88歳で亡くなるまでレアル・マドリードの初代名誉会長を務めた。そのプレーは映像でしか見たことはない。しかし、時代や世界での立ち位置の違いこそあれ、最終予選の伊東は間違いなく同じ存在感を示している。

 話をサウジアラビア戦に戻そう。もし日本が敗れればサウジアラビアの「1抜け」が決まり、W杯自動出場は残り1席。日本はこれをオーストラリアと争う状況に追い込まれるところだった。しかも3月開催の次節で日本と直接対決するオーストラリアの最終節の相手はサウジアラビア。W杯出場権を得てしまったチームが全力で戦う保証はない。その意味で、今節の日本は引き分けさえも許されない、しびれる状況での大一番だった。

 スピード。それは単純にして、それだけで相手を無力にする強烈な武器だと証明したのが前半32分だった。日本陣内の左で行われた相手のスローイン。中東のチームはここらへんの緻密さに欠ける。スローインをインターセプトした遠藤航はセンターサークル付近にいた伊東にくさびのパスを送る。ポストになった伊東は右サイドの酒井宏樹にボールを落とし、次の瞬間に反転すると右前方に空いたスペースめがけて疾走した。

 酒井がダイレクトで出した長めのスルーパスも絶妙だった。伊東のスピードにピタリと合った。伊東は追走したシャハラニに追いかけることを諦めさせ、カバーに入ったブライヒを抜き去るという尋常ではない速さを見せた。

 まさに優れたウイングプレーヤーのフィニッシュだった。トップスピードで走りながらもゴール前の状況を正確に把握する。「サコ君(大迫勇也)と拓実(南野)が見えたので」。DF陣の背後をフリーでゴール前に進入する2人に向け、丁寧なグラウンダーでマイナスのセンタリングを送る。大迫がこのボールをうまくスルーして、南野がコントロールする。最後は南野がタックルにくるDFを左に外して、左足シュート。ボールはGKの足に当たったが、ゴールに飛び込んだ。

 喉から手が出るほど欲しかった先制点。ペースを握った日本は、サウジアラビアの攻撃をしっかり受け止め、追加点を狙った。そして勝負を決める2点目となるクリーンシュートをたたき込んだのも伊東だった。

 後半5分、敵陣での強烈プレスから遠藤が奪い取ったボール。南野を経由して、左サイドの長友佑都が折り返す。そのボールをペナルティーエリアのラインやや右で受けた伊東が胸トラップから右足を鋭く一振り。「打たなきゃ入らないので思い切って」というボレーは、的を射抜く矢のような勢いと正確さでゴール左隅に突き刺さった。

 4試合連続のゴールを決めた伊東の活躍抜きには語れない完勝。ほぼ6時間遅れで始まったオマーン対オーストラリアが引き分けたため、日本とオーストラリアとの勝ち点差は3に開き、日本は7大会連続のW杯出場に大きく近づいた。

 だが、心配なこともある。残る2試合も伊東にばかり頼ってもいいのかということだ。確かにこの2連戦、大迫と南野はゴールを挙げた。彼らの役目を最低限は果たしたといえる。しかし、本来、伊東はこの2人に点を取らせるチャンスメーカーだ。その伊東に頼り過ぎの日本の3トップ。ストライカー2人の決定力の低さで、逆に「金髪の矢」の得点力が目立ち過ぎているのではないだろうか。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

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