セーリング470級「異性のパートナー探し」の大変革 看板種目がパリ五輪から男女混合に

全日本470級選手権で風下へ帆走する参加艇=提供:日本470協会/BULKHEAD magazine JAPAN

 五輪のセーリング競技は、ヨットやウインドサーフィンなど、実は何種目もある。中でも日本が過去に2回メダルを獲得した看板種目「470級」に、大きな変化が起きている。東京五輪までは男子ペア、女子ペアで出場していたが、次回の2024年パリ大会では、同じ艇に男女1人ずつが乗り組む男女混合種目になる。日本は男女いずれも世界トップクラスのレベルを維持してきたが、コンビを解消して新たに異性のパートナー探しから始める“ガラガラポン”状態になった。(共同通信=山崎恵司)

 ▽日本トップクラスの様相が一変

 男女混合種目になった背景には、国際オリンピック委員会(IOC)が2014年にまとめた「オリンピック・アジェンダ2020」がある。五輪運動の将来に向けた戦略的な提言で、男女平等の推進も掲げられている。具体的には五輪への女性の参加率を50%にすることと、男女混合種目の採用を奨励すること。470級も、この趣旨に沿った。

 2021年11月後半に神奈川県・江の島で開かれた全日本選手権は、トップレベルの選手たちがペアを組み替えて参加した。470級は、選手2人がスキッパー(艇長)とクルーの役割に分かれる。

 風上へ帆走する際は2枚のセール(帆)で推進力を得るが、スキッパーはマストの後ろに展開するメーンセールを担当し、艇のスピードを最大限に引き出すことに集中。舵も操作し、方向転換のタイミングやコースの取り方を決定する。

 一方、クルーはマストの前の小さなジブセールと、風下などへの帆走で展開するスピンネーカーという3枚目のセールを扱う。自分の体重を利用して、艇のバランスを取るのが仕事だ。混合種目では、男女のどちらがスキッパーまたはクルーでもかまわない。

 全日本選手権では、東京五輪男子代表スキッパーの岡田奎樹(トヨタ自動車東日本)と同女子代表スキッパーの吉田愛(ベネッセ)対決が実現した。

 ▽優勝は五輪代表同士の男女ペア

 優勝したのは、岡田と女子代表クルーだった吉岡美帆(ベネッセ)のペア。「10日間ぐらいの練習」(岡田)で臨んだという。2人が口をそろえて挙げた課題は「コンビネーション」。当然だろう。同性同士でもコンビネーションを築き上げるのには相当な時間がかかる。息の合った動きが一朝一夕にでき上るほど簡単なものではない。

東京五輪代表同士のスキッパー岡田奎樹(右)とクルー吉岡美帆=提供:日本470協会/BULKHEAD magazine JAPAN

 しかも、相手が異性だと体力差だけでなく、体力差に基づく状況判断や対応なども違っているかもしれない。岡田は「同じ470と言っても、勝手がだいぶ違う。別のもの。レース展開も違う。男子(クルー)だと接近して、相手にプレッシャーを与える対人戦ができるけど、それがどこまでできるのか分からない状態」と戸惑いを表現した。

 全日本選手権はこれまでと同様、男子ペアでも出場できるため、2位は小泉颯作(トヨタ自動車東日本)松尾虎太郎(山口県連盟)組の男子ペアだったが、3位の高山大智、盛田冬華組(ヤマハ)は男女混合ペアだった。

 高山は「470はどれだけ体を動かせるか、体力があるか問われるような場面がある。男子ペアだと力任せに押し込んでしまうイメージがあるが、女子とペアだと、冷静に判断しようという流れになるのではないか。自分としては、いつもだったらパワープレーで思い切りやってやろうというときにできないのはマイナスだけど、そこをどのようにして女子と走らせるか、というのが課題」と話した。

 極端な言い方になるが、男子ペアは力尽くのマッチョな部分がある。男女混合の男子は、体力、筋力的に男子並みのパフォーマンスを期待できない女子クルーと組むことで、従来のセーリングからの変更を迫られているようだ。練習とレースを経験していく中で、新たなスタイル、コンビネーションを確立していくのだろう。

 ▽男女の役割、どちらが有利?

 東京五輪女子代表の吉田は、木村直矢(HIK)と組んで5位に入った。ほとんど練習せずに臨んだと前置きした上でこう語った。

東京五輪女子代表スキッパーの吉田愛(左)。右はクルーの木村直也=提供:日本470協会/BULKHEAD magazine JAPAN

 「(男子は)力強さがある。体重もあって、力強い動きをしてもらえると、走りに直結する感じはつかめた。1艇身でも2艇身でも前にぐっと行きたいところで、女子同士なら力強くやっても限界があるけど、男子のパワーでぐっと持っていってくれたりするので、勝負ポイントがやりやすくなった」。好感触を得たようだ。

 選手らのコメント通りだと、男子クルーと組む女子のスキッパーの方が有利に聞こえるが、それほど単純ではなさそうだ。スキッパーが担当するメーンセールは9・12平方メートルの面積。畳なら5畳半余りの広さ。風力が増すに従って、操作には腕力が必要となる。

 吉田もその点は認めていて「私が男子スキッパーに勝つためにはパワーの面で重要な風域がある。少し強い風域では腕力とか体力が問われる。そこを男子に近づけることができれば、差がなくなる。私の場合、強い風域での体力面を強化し続けることができれば、いいのかなと思う」と説明した。

 男子スキッパーの岡田が具体的に解説する。「風速7メートルぐらいのときにメーンセールの操作が多くなるけど、その風域での操作の速さはパワーが必要。操作の速さで艇速が変わってくるので、その意味では男子スキッパーがいいのかな、とは思う」

 岡田のクルーを務めた吉岡も、風速5メートルを超えると厳しさを感じたようだ。「男子に追いつけるようにトレーニングをしていかないと」。女子はスキッパー、クルーを問わず、特定の風速以上になるとパワーが課題として浮かび上った。

 日本470協会の山崎昌樹会長は「男子スキッパーに女子クルーの組み合わせとその逆と、どちらがいいのか。まだはっきり分からない」と言う。

 ▽スキッパー、海外のトップクラスは男女半々

 日本セーリング連盟オリンピック強化委員会で情報戦略担当を務める斎藤愛子さんは、470級のクルーとして1988年ソウル五輪に出場した経験を持つ。470級女子で1992年バルセロナ大会から五輪2連覇したテレサ・サベル(スペイン)と吉田を例に挙げる。

 「テレサは国内大会で男子を抑えて優勝したことが何度もある。吉田も女子クルーと組んで全日本選手権に3度優勝した。男女のどちらが有利とか、性別ではないような気がする」

全日本470級選手権でスタートする参加艇=提供:日本470協会/BULKHEAD magazine JAPAN

 一方、海外ではどうだろう。セーリング競技の国際統括団体、ワールドセーリング(WS)は各種目のランキングを発表している。1月11日付の男女混合470級ランキングを見ると、上位3組は男子スキッパーだが、4位から7位は女子スキッパーとなっていて、10位までは男女5人ずつ。11位から20位までは男子4、女子6なので、男女スキッパーの比率はほぼ同数といえる。

 ▽パリ五輪を目指す戦いがスタート

 2024年パリ五輪日本代表の座をめぐる戦いはスタートしたばかり。代表決定のプロセスが本格化するのは五輪前年の2023年になる。パリでの金メダル獲得を目標として公言するのは岡田、吉岡組だ。昨年の東京では、ともに7位にとどまった。お互い、金メダルを獲得したいという動機があって組んだようだ。

 日本470協会の山崎会長は岡田、吉岡組について「世界でメダル狙えるスキッパーとクルーが組んでいるので、十分可能性はあると思うし、勝負はできると思う。本人たちも完全にメダル、それも金メダルと思っているでしょう。470協会としても、日本のセーリング界にとっても、メダルを何とか取ってもらいたい。男女ミックスになって、今度こそはという感じ」と期待を寄せた。

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