携帯がないと人間じゃない?……そんな社会を変えるための「つながる電話」

◆携帯は生活必需品、かつ身分証明の機能も

今や携帯電話は生活に不可欠なものになった。重要な連絡手段であり、身分証明の機能も持つ。生活困窮者などが料金滞納などで契約を打ち切られると、新たな仕事や住まいを探すことも困難だ。そうした中、「通信は人権」「携帯(を持つこと)は人権」を合言葉に、携帯電話の無料貸与のサービスに取り組むボランティア組織がある。「携帯電話は身分証の一つになっている以上、失った人には行政による支援が必要」―。その取り組みや背景を取材した。

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◆最大2年、無料で貸し出し

一般社団法人「つくろい東京ファンド」。2020年7月から、生活困窮者らに携帯電話の無料貸与を続けている。同会のメンバーたちは支援活動を続ける中で、多くの人が料金滞納で携帯電話の契約を打ち切られ、極めて困難な状況に陥っていることを知った。携帯がないと、公的な福祉サービスや仕事、部屋探しなどに必要なサイトにアクセスもできない。このため他のNPO法人などと協働してこのサービスを始めたという。

このプロジェクトを通じて社会的な孤立から脱し、社会とつながって生活を立て直すことができるよう、事業名は「つながる電話」とした。担当の佐々木大志郎さんによると、サービス開始から1年半で利用者は約250人になる。

最近は問い合わせがものすごく増えて。事務局の機能がそれに対応できていない時もあります。

貸与されるのは、普通のスマートフォン。通話アプリ(050で始まるIP電話)がインストルールされており、借り受けた人たちは固有の電話番号を使うことができる。佐々木さんは「携帯電話番号が社会的なIDになっている以上、それを持たないことには次の一歩を踏み出すことができません」と言う。発信は事前設定した3~5カ所まで可能で、着信は無制限だ。貸出期間は最長2年間。通信料金などはすべて無料だ。

◆「仕事を失い、携帯も止められたら、生活を立て直せない」

これまでの利用者を大別すると、3つになるという。

最も多いのは20~40代が短中期(1カ月~半年)で借りるケース。生活に行き詰った人の多くは料金滞納で携帯が止まっており、仕事探しなどのために再契約しようとしても電話会社から断られる。そうした人たちには、仕事が決まって給料をもらったら普通の携帯電話に切り替えてもらう。

次に多いのが50~60代の人が長期(1年以上)で借りるケース。訪問介護を受けていた生活保護受給者が、コロナ禍でヘルパーらと連絡を取る場合などに使っている。3つ目は10~20代前半の人が超短期(1カ月程度)で借りるケース。親から虐待を受けている人を自宅から引き離して居場所を決め、その後の連絡を取る際などに使われているという。

「つくろい東京ファンド」の佐々木大志郎さん(撮影:本間誠也)

なぜ、「つながる電話」なのか。取材に対し、佐々木さんはこう語った。

携帯電話料金を滞納するということと、それによって社会的なIDを取り上げられてしまうという重さとのギャップを『つながる電話』で埋めたいと考えています。仮に、健康保険の料金が払えずに滞納して保険証を取り上げられ、受診控えが多発すれば大きな社会問題です。携帯電話が取り上げられることも大きな問題。それなのに軽く扱われています。仕事を失って携帯も失えば、新たに仕事を得たり部屋を得たりする大きな障害になる。そのことがまだまだ周知されていない気がします。

スマートフォンを持っていれば、現在は電子マネーで買い物ができる。

その買い物代金は通信料金と一緒に請求され、その結果、滞納して携帯が止まり、ブラックリスト入りしてしまう若い人たちが散見されます。携帯電話の与信機能が拡張したことで、誰もがブラック予備軍になっているのに、そうしたことも軽視されています。

この事業のゴールはどこか。

通信インフラがここまで重要になっているのに、あくまで民間会社(任せ)。水道や電気、ガスと少し異なっています。生活保護の扶助費の中で、通信費に相当するものが拠出されるようになれば、それが一つのゴールかな、と思います。

◆「携帯がなければ人間じゃない。この現状を変えるのは国の仕事」

「携帯電話と身分証がないと、今の日本では人間ではありません」

東京の東池袋中央公園で炊き出しなどの生活困窮者支援を行うNPO法人「TENOHASI」代表・清野賢司さんはそう話し、携帯電話の重要性を強調した。

いま携帯電話がないと、社会生活は非常に難しい。重要なインフラなのに民間業者に任されているので、その先がうまくいっていない。料金を滞納してブラックになったら、再び契約したくても民間会社が審査してダメとなったら終わりなんです。電気やガスなどはコロナ禍で結構待ってもらえるのに、携帯はそんなこともない。社会に必要なインフラですから、そこを変えていかないと。一度うまくいかなかった人が、ずーっと浮かび上がれず、底辺に固定化されてしまうことになります。

携帯と身分証がないと契約主体になれませんから、人間ではないようなものです。仕事にも就けないし、アパート契約もできません。そこをまず変えていって、必要なら全員がきちんと(携帯電話を)持てるような施策はないのか。国の仕事してどうにかしていくいくべきではないでしょうか。

「TENOHASI」代表・清野賢司さん(撮影:本間誠也)

(フロントラインプレス・本間誠也)

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