パーパス経営、ステークホルダー資本主義時代の10大トレンド

Colton Duke

大退職時代に新型コロナウイルス感染症の変異株の発生、特定のコミュニティ(アジア・太平洋諸国系米国人やユダヤ人コミュニティなど)に対する暴力の増加、そして白熱したCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会合)を受けて、ビジネスリーダーはすべてのステークホルダーに、利益だけでなく、価値を提供することが求められている。コロナ禍の2年間で明らかになったことは、世界は劇的に変化し、それによって企業は、ステークホルダーの新しい要求に応えるためだけではなく、生き残るためにも今までとは異なる行動をとる必要があるということだ。(翻訳=梅原洋陽)

米PR会社ポーターノベリCMO(最高マーケティング責任者)のケイト・キュージックと同社マーケティング&リサーチ・インサイト担当役員のホイットニー・デイリーが、昨年の動向を読み解きトレンドを解説する。

文化意識が高く、急速に進化していく現代社会において、成功する企業とは、ステークホルダーのニーズに対して心から関心を持ち、常に最新の市場戦略情報(マーケット・インテリジェンス)を取り入れている企業となるだろう。そして、ビジネスに関する情報だけではなく、社会的知性(ソーシャル・インテリジェンス)、そして感情的知性(エモーショナル・インテリジェンス)も不可欠だ。

これからの時代において、企業が成功していくために受け入れるべき新たなビジネス戦略をここで紹介する。目の前の出来事をリスクや脅威としてではなく、チャンスとして受け入れる企業は、新たなオーディエンス、より大きなマーケットシェア、そしてイノベーションのための無数の機会を手に入れることができるだろう。

ポーターノベリは2021年のトップトレンドを把握し、最新のステークホルダーに関する情報を提供するために、「パーパス・ドリブン」「ステークホルダー」に関するニュースや取り組み、キャンペーン、そして発表を分析した。ここでは、今日、そして明日のために知っておくべき10のトレンドを紹介する。

1. ビジネスが政府の第4の部門となる

ビジネスと政治的な利益の境界線がよりあいまいになってきている。州や国家レベルでの特定の法律に対して、企業が発言することを求めるステークホルダーが増えている。実際に70%の米国人は、民間企業が政府の立法に影響を与える中心的な存在になってきたと考えている。

2021年の幕が開け、1月6日に発生した連邦議会議事堂襲撃(ドナルド・トランプ前米大統領の支持者によるものとされている)を受けて、多数の企業が1月6日の事件に参加、もしくは奨励した議員への寄付を停止することを約束した。そして、2021年が経過するにつれ、多くの企業が意見が分裂する政治的問題について発言していった。

100人以上のビジネスリーダーが有権者の権利を支持する公開書簡に署名し、デートアプリ「ティンダー」を運営するマッチや同業のバンブルは人工妊娠中絶をほぼ全面的に禁じる州法を発効したテキサス州に住む従業員が州外での中絶を求める場合にそれを支援する基金を設立した。(配車サービス大手ウーバーやリフトは、運転手が同法律を理由に訴えられた場合、訴訟費用を負担することを表明した)

2. 気候変動対策にテクノロジーを活用

昨年の夏に出されたIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の報告書が「人類への赤信号」と警告を出した時、気候危機への対応が緊急を要するということがますます明確になった。このことは、73%の米国人が「気候危機の影響についてかつてないほど懸念している」と答えたことからも明らかだ。今年は、解決策を加速するために企業が大手テクノロジー企業や科学企業と連携し、新たな解決策を探し出す動きがあった。

P&Gの洗剤ブランド「タイド」がNASAと協力し、水が不足している地域向けの洗剤を開発したり、スポーツウェアブランド「ルルレモン」がランザテックと合同で、二酸化炭素をリサイクルして初めて生地を製造するなど、新たなパートナーシップが世界から求められている技術を進歩させている。また、10年にわたる研究の結果、カルビオス、ロレアル、ネスレ ウォーターズ、ペプシコ、サントリー食品ヨーロッパは、「世界で初めての、酵素によって分解したリサイクルプラスチックだけで製造した食品用ペットボトル」の開発に成功したと発表した。

3. 正義の視点から気候変動を見つめ直す

世界中が気候危機の影響に動揺する中で、社会から疎外されているコミュニティが過度に影響を受けていることは明らかだ。実際EPA(米国環境保護庁)の新たな分析によると、「アメリカンインディアンとアラスカの先住民は、海面上昇によって引き起こされる洪水の影響で、住んでいる地域が浸水する可能性が他のグループより48%高い」、また黒人は「異常気温の影響で死者が増える場所に住んでいる可能性が40%高い」ことがわかっている。

現在、企業は公正な行動という観点から気候変動を見つめている。例えば、タゾ・ティー・カンパニーのイニシアティブは、現地の人々を雇用して植樹を行い、気候変動対策に貢献しながら、経済的に恵まれない地域の人々や有色人種のコミュニティで雇用を生み出すことを目指している。さらに、JPモルガンが気候変動対策に投じる2.5兆ドル(約286兆円)の大部分は十分な支援を受けられないコミュニティに使われることになっている。

4. 宣言から行動へ

2020年、私たちはあらゆる形態や規模の企業が人種的正義(人種間の平等)への取り組みを支持することを表明するのを目撃した。ステークホルダーからの要求に後押しされた企業は、自社の事業や業界内での単なる宣言を超えて、実際に行動を起こしている。このことは、米国人の63%が「社会正義に関する問題に対し、企業が行動を示すことなく、単に声明を出すだけでは意味がない」と考えていることからしても重要だ。

画像・動画共有サービス「ピンタレスト(Pinterest)」は、同プラットフォームをより安全でインクルーシブな場所にするための新たなモデレーション(サイト内のコンテンツのチェックする機能)とコンテンツの規則を設置するのに加え、昨年4月には50万ドル(約5700万円)のクリエイター基金を設立し、マイノリティグループ出身のアーティストを戦略コンサルティングとコンテンツに対する公正な報酬を提供しながら支援する。さらに、ディズニーもパートナーシップの中心に多文化的な要素とインクルーシブな創造性を据えると発表した。

5. 社員の福利厚生を見直す

米国では大退職時代(グレート・レジグネーション:Great Resignation)が続き、どこで、なぜ働くのかを再考する人が増えている。そうした状況下で、企業がどのように優秀な人材を惹きつけ、才能ある人材を引き止めておくかを再考していることは当然のことだろう。従来の福利厚生に力を入れる企業もあれば、新たなアプローチを採用する企業もあった。

昨年、ウォルマートとターゲットは従業員の大学の授業料を100%負担した。補正下着ブランド「スパンクス」のCEOサラ・ブレイクリー氏は従業員全員にファーストクラスの航空券2枚と1万ドル(約110万円)を報酬として与えた。一方で、ファストフード「ホワイトキャッスル」は従業員の声に耳を傾け、ユニフォームのデザインを変更し、多くの従業員から要望のあったドゥーラグ(頭に巻くバンダナの一種)も取り入れた。

6. 空間のアクセシビリティ (利用しやすさ)

世界には12億人の障がい者がおり、これは世界人口の15%にあたる。しかし、多くの人が日常生活をおくる上でのシステム的な壁に直面している現状がある。

多くのブランドがアダプティブデザイン(適応的デザイン)の分野に参入し、製品のイノベーションを通じてあらゆる障がいを持つ人々により良いサービスを届けようとしてきた中で、新たなトレンドも生まれている。実店舗型の空間をよりアクセスしやすく、インクルーシブにするという流れだ。

フィットネスチェーン「プラネット・フィットネス」は、傷痍軍人会や障がい者団体と提携し、同社のすべてのジムに誰もが利用しやすい“アクセシブル”なエクササイズ器具を配備した。映画館チェーン「AMCシアターズ」は240の映画館でスクリーン上に字幕を表示することを発表した。ディズニーはパークでのディスアビリティアクセスサービスを強化し、到着の30日前からキャストとビデオチャットを通じて、さまざまなサポートの申し込みを行えるようにした。

7. メンタルヘルスに取り組む余裕を持つ

長引くパンデミックが、世界中で多くの人々のメンタルヘルスに影響を与えている。米国では、コロナ以前と比較するとうつ病の発症率が3倍以上になっている。個人や組織がこの現実と闘う中で、企業もこの問題に真正面から取り組んでいる。

アイリッシュウィスキーブランド「ジェムソン」は、米国で半数以上の人がパンデミック中に休暇をとっていないという事実を受けて、祝日のセント・パトリックス・デイに休暇をとることを奨励し、成人1000人を対象に一人あたり50ドル(約5700円)が当たるキャンペーンを実施した。

ピンタレストは、メンタルヘルス啓発月間に、メンタルヘルスの重要性を伝えるコンテンツを強調し、「メンタルヘルスとウェルビーイングの課題に対する認識を高めている団体に資金提供する」として1000万ドル(約11億5000万円)の基金を創設し、心のウェルビーイングを重視する姿勢を示した。そして、ウーバーやケネス・コール、NBCユニバーサルなど200以上の企業が連携して5月20日にメンタルヘルスに対する認識を深め、行動に移す文化を促進するアクション「Mental Health Action Day」を実施した。

8. 「サーキュラリティ」の中心に消費者をおく

サーキュラー・エコノミー(循環型経済)というコンセプトはサステナビリティの世界では新しいものではない。しかし、2021年に驚かされたことといえば、再利用性とサーキュラリティ(循環性)を前面に出した製品の多さだ。71%の米国人が企業に対して、日常生活の中でよりサステナブルな行動をとるための支援を求めていることからも、このことは今後より重要になるだろう。

今年、ユニリーバのダヴ(Dove)はステンレス製の詰め替え可能なデオドラントを発売し、英国ではマクドナルドとループ(Loop)が再利用可能なカップを使うプログラムを開始した。消費者がサーキュラリティを選択できる動きが多くあった。美容ブランドのウルタはループと連携し、「詰め替え、再利用が可能な耐久性のあるサステナブルな容器」に入った美容・パーソナルケア製品を購入できる世界初のリユースプラットフォームを立ち上げた。

9. グリーンボンドブーム

気候危機に歯止めをかけ適応していくために大きく前進するには、大規模な投資が必要だ。昨年は、金融業界、そしてそれ以外の業界も環境金融を促進するためにグリーンボンドを発行した。ウォルマートは昨年、初のグリーンボンドを発行した。自社のサステナビリティ目標を達成するためのプロジェクトに20億ドル(約2200億円)を用意した。過去にグリーンボンドのプロジェクトに投資をしていたベライゾンは、新たに10億ドル(約1140億円)を再生可能エネルギーのプロジェクトに投資することを発表した。PNCファイナンシャル・サービシズ・グループは、5年間で、グリーンビルディング、再生可能エネルギー、グリーン物流、そして環境サステナビリティ関連の債券と融資を中心に200億ドル(約2兆2800万円)の拠出を行うこと発表した。

10. 一時的な取り組みから継続的な取り組みへ

企業はこれまで、特定の月や日にキャンペーンに取り組み、集中的に広報してきた。2月の黒人歴史月間、5月のアジア・太平洋諸島系米国人の文化遺産継承月間、そして6月のプライド月間などだ。しかし、1年に1度(1カ月や1日)だけ、コミットメントを行うだけでは、インパクトも信頼性も不十分であることが明確になってきている。

現在、ブランドはコミュニティを年間を通じて支援するようになっている。例えば、トルティーヤチップス「ドリトス」の「Día de los Muertos」(ディア・デ・ムエルトス:死者の日)の広告は、プライド月間の6月以外にもLGBTQIA+に取り組む「#PrideAllYearイニシアティブ」の一環として放映された。そして、小売大手ターゲットは黒人歴史月間の期間を過ぎても、2025年までに黒人系企業に20億ドル(約2200億円)以上を投じるというコミットメントを行なっている。

行動に移すとき

これまでも多くの人がパーパスとステークホルダー資本主義という概念には理解を示してきたが、いよいよ行動に移す時がきた。ビジネスが従来とは異なる方法で行われるべきという理論上の話から、企業が掲げる強い信念を測定可能な行動へと移す準備を整えるべきという、とても具体的で現実的な段階に移行している。

販売している製品以上のことをただ世に示すだけでなく、どのようにそれを行なっているのかを示す段階だ。これらのトレンドが示すように、発言は行動で裏付けられ、コミットメントは結果で示される必要がある。2022年、ステークホルダーを巻き込んでいくためには、企業は発言と行動の隔たり(say-do gap)を埋めることがますます重要となるだろう。

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