自民党の政務活動費で広報業務「千葉日報社だけの問題か?」 青学大・大石泰彦教授(メディア法)インタビュー

「千葉日報の存亡にかかわる問題で、新聞協会にとっても大きな問題」―。日本新聞協会に加盟する千葉日報社が、千葉県議会自民党および自民党県議から政務活動費を原資とする広報業務を請け負い、年間4000万円超を受け取っていた問題について、メディア法やメディア倫理に詳しい青山学院大学法学部の大石泰彦教授はそう指摘した。さらに「新聞全体の経営が苦しくなっている中、今回の事案は千葉日報だけの問題ではなく、ジャーナリズムという建前と、利益追求という本音を使い分けているメディア全体に突き付けられている問題」と語った。フロントラインプレスによる大石教授へのインタビューの詳細をお伝えする。

(第1報はこちら⇒『【スクープ】問われる「中立公正」県議会自民党から千葉日報社へ政務活動費が毎年4000万円超 新聞社が広報業務』

大石泰彦教授(青山学院大学のHPから)

◆「客観性、不偏不党性、非当事者性……報道機関の重要性を自ら軽視」

――千葉日報社は2020年度だけで、県議会自民党と所属議員から計約4730万円の広報業務を請け負っていることが明らかになりました。

大石 広報の請負金額としてはかなり高額です。それで紙面に影響がないと説明されても納得できません。今年の初めに、立憲民主党がCLPという「公正中立」を掲げたネットメディアに資金を提供していたことが問題になりましたけど、今回のことはその何倍も大きな問題だと言わざるを得ません。新聞協会に属している新聞が県議会の最大会派からお金をもらって彼らの広報業務を請け負っていたということは、メディアの客観性とか、不偏不党性とか、非当事者性とか、いろんなことが全く軽視されていることになる。このまま反省がなければ千葉日報はジャーナリズムではないことになる。しかし千葉日報の取材への回答からはそういう事の重大性についての自覚や認識が感じられない。

言論機関は取材の際に「情報料」を払って取材しているわけではない。業務の仕組みが一般企業とは違っているわけです。だから、もし千葉日報が自分たちは経営が苦しいのだから自民党からお金をもらうのもやむを得ないというのであれば、それは普通の企業の論理なので、私たちも「タダで」同社の取材を受ける義理などないことになる。その上、自民党からそれだけの金を受け取っているとなると、千葉日報の取材に対しては自民党に睨まれるようなことは怖くて言えない、という県民も出てくるかもしれない。会社的には潰れてしまえば元も子もないということなのかもしれないが、それならジャーナリズムの看板を外して「情報産業」に一本化すればよい。全国のメディアを見ると、ジャーナリストとしての自己の倫理と、会社の論理との間の矛盾に悩んで、メディアを辞めていった記者は多々います。千葉日報はその人たちに向けてどういう説明をするのでしょうか。

◆「欧州だと大問題」「日本新聞協会や他社が毅然とできないなら日本のジャーナリズムは終わり」

―――千葉日報社は、自民党会派から広報業務を請け負ったのは報道部門以外だから、中立性に問題なしと回答しました。

大石 いかに部門が違おうが、そんなことは何の言い訳にもならないですね。仮に部門が違っても、そこから入ってくる金で会社が運営されているのであれば、そのことだけで大問題です。

しかもその金は、元をたどれば「公金」ですから。仮に記者が公金をもらって記事を書いていたら終わりでしょう。しかし日本の場合、新聞社の記者たちはジャーナリストという自己認識ではなくて、まず社員という意識なんですね。欧州の新聞だったら、仮にこのような広告仕事をさせられたら、記者の尊厳にかかわる大きな問題になりかねないわけですが、日本の場合はそれがない。そういう意味でも私自身は日本のメディアのジャーナリズム性を疑っているんです。だから、この問題で新聞協会や同業他社がどういう態度を取るかというのは非常に興味深い点です。もし毅然とした態度を取れないならば、新聞協会も日本のジャーナリズムも終わりだと思います。

◆「報道機関が権力側の一員という事例はほかにもある」

――今回の千葉日報社と自民党会派の問題は、特殊な事例でしょうか。

大石 日本の新聞、メディア業界にとって千葉日報の問題は他人事ではないだろうという気がします。読者が、客観的であって、非当事者の立場であると期待しているメディアが権力と癒着して、非当事者ではなくて、権力側の一員になってしまっているというような実態を表す事例は、今回の件だけでなく、過去に少なからずあるからです。全国の新聞はどこも「ジャーナリズム」という看板は下ろしていないし、社にも記者にも一種のプライドのようなものがあるでしょう。そのプライドは本来「在野」のプライドであるべきなのですが、記者クラブを中心とする日本のメディアシステムの中では、「権力のお近づき」、つまり特権的な位置にあることがそのプライドの拠り所になっている面がある。

例えば、2008年夏、大分合同新聞の事業部長が自分の娘の教員採用試験について大分市教委の幹部に口利きし、それで点数を水増しして合格して5000円相当の贈り物をしたという事件が明らかになりました。また、富山市議会議員の政務活動費の不正問題を暴いたチューリップテレビ(富山市)では、不正問題を中心になって追及していたった2人のうちの1人はもう、社にはいられないということになって辞めているわけですね。もう1人は社に残っているようですが、記者とは違う部署に回された。立派な仕事をした局ですが、それでも、組織として今後、市議会と折り合いを保って取材を続けていくためには、2人をそのまま置いておくわけにはいかないということなのでしょうか。

全国メディアにも、もちろんこうした事例は枚挙にいとまがないわけですが、地方メディアは地方メディアで、またそれらとは微妙に異なった「ムラ社会的」な癒着構造があるようにも思います。今回の千葉日報の問題はそういう土壌で発生した問題ですが、その土壌に新聞の経営的困難が重なって、「一番やってはいけないことをやってしまった…」「ついにここまで来たか」と正直、思います。

◆「本音と建前の使い分けは危険。メディアはそれに気付いていない」

大石 会社の存亡は社員の生活に直結する問題ですから、きれいごとは言っていられない、恥も外聞も捨ててまずは自己保存ということになるわけで、私も生活者の一人としてその「重み」が全然理解できないわけではありません。しかし、実態としてはジャーナリズムとは言えないのにジャーナリズムを僭称しているということになれば、その矛盾のツケは国民が払うことになります。メディアは国民や県民にツケ回しをすることはしない、というのを最後のプライドとして守ってほしいと思います。

しかしこんなことを言っても、もしかすると日本のメディア人には冷笑されるだけなのかもしれませんね。いま、メディアの状況を見ていると、建前と本音の使い分けが危険なこと、それが自分で自分の手足を食べるようなことだという意識が極めて弱いと思います。だから、今後よく調べたら同種の事例がいくつも見つかるというような事態もあり得ないことではないし、実際、今回のフロントラインプレスの報道を受けていま、全国のメディアは「後追い取材」ではなくて「社内調査」をしているのではないでしょうか。

――新聞協会については?

大石 今回のことで新聞協会は毅然とした対応をしなければ、もはや業界を挙げてジャーナリズムの看板を下ろすのですか、ということになります。もしかすると千葉日報の特殊事例ということで片づけてしまうのかもしれませんが、構造の問題に迫れないのであれば「メディア倫理」の維持向上を一つの任務とする全国組織とは到底いえないと思います。しかし最近も、いわゆる「賭けマージャン」問題があったり、首相の補佐官に通信社の元論説委員長が就任したり、読売新聞が大阪府と「包括連携協定」なるものを結んだり、いろいろと検証すべき事例はあるのに、どうもそういうことを重大視している様子もない。協会は「業界の既得権擁護」には熱心だけど、「ジャーナリズム」自体には鈍感な組織になってしまっているように見えます。

日本新聞協会が入る日本プレスセンタービル=東京・内幸町(日本プレスセンターの公式HPから)

◆「知っていて書かなかったのなら、他メディアも共犯だ」

――千葉県議会の自民以外の会派の議員は、「なぜこの問題が長い間、表面化しなかったのか不思議だ」と言っていました。「全国紙の記者は、仲間である千葉日報と最大会派の自民党に遠慮したのでは」とも。

大石 メディアにとって同業他社がジャーナリズムに反することをしているということになったら、厳しく書くのが普通だと思うんですけども、悪い意味の横並び体質、ギルド体質があって、結局、同業者のことについてはお互いかばいあうというか、そういうことは多々あると思うんですね。たとえば2000年に起きた森首相の「指南書問題」、これは「日本は天皇を中心とする神の国である」という不用意な発言によって政治的に窮地に立った首相に、官邸記者クラブの「誰か」が「記者会見の乗り切り方」を指南したという驚くべき事件でしたが、多くのメディアはこれを大きくは報道しなかったし、また「誰がやったことなのか」の追及もしませんでした。

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大石 今回のことも、もしかすると記者クラブの記者の多くは「知っていた」ことなのかもしれません。しかし、知っていたのに書かなかったのなら、他社の記者も共犯ですね。もし、自分たちも日常このように政治家とべったりの関係を構築しているなら、書いたら自分たちに跳ね返ってくるかもしれないし、今後の取材に支障をきたすようなことはとりあえずやめようということなのかもれません。「桜を見る会」の場合と同じ構図ですね。そういうお互いに大目に見ましょう、緩く仲良くいきましょう、というのが千葉に限らず全国に広がっているなら、これはもうメディアのジャーナリズムも末期的状態と言えると思います。

今回の事件をフロントラインプレスの報道で知った一般の人たちがどういう反応を示すのかはわかりませんが、もし「新聞なんてそんなもんだろう。別に驚きはない」というのが多くの人の反応だとしたら、もう人々は新聞に「ジャーナリズム」などは期待していないことになると思います。新聞社にはまだまだ、良心的で優秀な記者も残っているとは思うのですが、そうした貴重な人材を載せたまま、日本の新聞はこのまま海中へと沈んでいくのか。今回の事件に対するメディアの対応を注視したいと思います。

■大石泰彦(おおいし・やすひこ)
青山学院大学法学部教授。
1961年生まれ。関西大学助教授、東洋大学教授などを経て現職。
専門分野はメディア倫理・メディア法

(フロントラインプレス・本間誠也)

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