コロナ後遺症に1年以上苦しむ記者の記録(続編) 「自分の体を取り戻せる日はいつ」

記者の「脳血流シンチグラフィー」の結果。青く表示されている部分で血流が低下している

 新型コロナウイルス感染症を軽症のまま回復した記者は、その後に悪化した後遺症で約1年もの間、苦しめられた。長期の休職を経て、やっと復職したところまでは前回の記事(「軽症で回復したはずだった」コロナ後遺症の深刻な実態 1年以上苦しみ、今なお治らない記者の記録https://nordot.app/859257660718088192?c=39546741839462401)で記述した通り。体調は感染前と比べてほど遠い状態が続いているが、ここまで苦しめられた後遺症の「正体」を自分で探し歩くことに決めた。(共同通信=秋田紗矢子)

 ▽ずっと疑っていた「脳の異常」

 後遺症がここまで長引くのはなぜなのだろう。最もつらかったのは、体の中で何か強い炎症が起きているような不快感と体の痛みで、ひどい時は発狂しそうなほどだった。波はあるものの、それは現在も続いている。ほかにも不眠、胃腸の不調、体のしびれなど、細かな体調不良はいろいろあった。

 こうしたさまざまな症状が相次いだのは、司令塔である脳に何か異常が生じたためではないかと疑っていた。そこで2021年8月、やや体調が持ち直したところで、人間ドックにオプションを付けて磁気共鳴画像装置(MRI)や頸動脈の超音波検査を受けてみた。

 結果は「異常なし」。脳や他の検査項目も特段の変化は現れていないという判定結果で、拍子抜けしたと同時に「じゃあ一体、何が原因なのか」というもやもやした思いも抱えた。

 同年11月に職場復帰した後も、相変わらず体調は悪い。今度こそ詳しく調べようと、翌12月、東京都小平市の国立精神・神経医療研究センター病院を訪れた。

国立精神・神経医療研究センター=東京都小平市

 このセンターは、強い倦怠感や体の痛みなどさまざまな症状が起きる筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)を従来から研究してきた。コロナ後遺症も似た症状が多いため、ME/CFSの知見を応用して診療を行っている。

 ▽言葉と記憶の機能が低下?

 記者はこれまでに2回受診し、少量のステロイド薬の処方と脳の専門的な検査を受けた。

 ステロイドは倦怠感の軽減には効果があった。上腕の刺すような痛みや、インフルエンザに感染した時のように体内で炎症が起きているようなつらさは緩和した。

 脳の検査結果は即日見ることができ、診察室で見せてもらった。

 受けた検査は、低量の放射性物質を含む薬剤を静脈に注入する「脳血流シンチグラフィー」。磁気共鳴画像装置(MRI)では分からない脳血流の異常を判別できる場合があり、認知症の検査にも使われている。

脳血流などを測定する検査機器

 その結果、記者は同世代と比べ、言語や記憶をつかさどる前頭葉と側頭葉の血流が低下していた。診察した佐藤和貴郎医師によると、血流低下がみられる部分は機能も落ちていると考えられる。思考力や集中力が低下する「ブレーンフォグ(脳の霧)」状態を反映していると解釈できるという。

 衝撃を受けた。記者という仕事は言葉と記憶が重要。その分野の機能低下は致命的だ。以前より自覚症状は改善したと思っていただけに、予想より悪い状態と知り絶句した。

 ただ、これだけ脳の状態が悪ければ、日常のさまざまなことが思い通りにいかなくて当たり前だ。これまでの不調が、単に自分の「気にしすぎ」や「気のせい」ではないと裏付けられたようで、救われるような気持ちにもなった。複雑な心境だった。

 ▽うつ病と似た状態

 この日の診察では、佐藤医師から気になる言及があった。「前頭葉の血流低下はうつ病の患者にも見られるパターン」。実は記者も以前から懸念していたことだった。

佐藤和貴郎医師

 仕事をやろうとしても体がだるくて動けなかったり、仕事をしてもすぐ疲れてしまったりするのは、ひょっとして「うつ」だからではないかと思ったことがあった。

 でも、気分が継続的に落ち込んだりすることはないし、夜も横になればすぐに眠れる。朝までほぼ起きることもない。佐藤医師は「断定はできないが、症状からもうつ病とは少し様相が違うようなので、やっぱりコロナの影響ではないか」と語った。ほかの後遺症患者も脳が似たような状態になっている例が多いという。

 では、脳血流はなぜ低下したのだろうか。佐藤医師らは、ME/CFSの研究結果から、感染をきっかけに免疫の異常が引き起こされたことが影響しているのではないかとみている。

 佐藤医師によると、感染後も免疫の働きが収まらず、自分の体を攻撃してしまう「自己抗体」がME/CFSと後遺症の患者双方から見つかっている。自己抗体が自律神経の働きを邪魔し、血流の調節機能も狂わせてしまう可能性が考えられるという。

 免疫機能を抑制する効果があるステロイドを飲むと症状が落ち着く人が多いのも、こうした見方を裏付けると考えられている。

 ▽脳の血流を改善するための運動は要注意

 脳の血流低下を改善すれば、体調は戻るのだろうか。血流を良くする方法となると、すぐに運動を思いつく。記者が会社の産業医に脳血流の画像を見せたところ、やはり運動を勧められた。うつ病から復職する人には再発防止策として運動を勧めるという。しかし、コロナ後遺症にとって運動は要注意だ。

 国立精神・神経医療研究センターの佐藤医師は「ME/CFSは、運動すると悪化するのが特徴だ」と説明する。

 自律神経障害で血液の分布が乱れている状態で運動すると、かえって脳機能が落ちる可能性があるという。この症状と共通点が多いコロナ後遺症患者も同様だとみられている。記者も昨年、ゴルフの打ちっ放しをした後、世界が変わったように体調が急激に悪化した苦い記憶がある。

 コロナ後遺症の治療方法は、現時点ではまだ確立していない。記者は脳血流を改善する薬を処方され、飲んでみたが、強い眠気が出るだけで効果はあまり感じなかった。

 今後は、処方されたステロイドを飲んだり、昨年の体調改善のきっかけとなり、脳血流の改善に効果があるとされる上咽頭擦過療法(EAT)を再開したりしながら、様子を見ることにする。EATは激痛のため、通院には毎回相当な覚悟を強いられる。

 ▽コロナは「怖い病気」

 以前の自分を取り戻せる日は、いつか来るのだろうか。佐藤医師に尋ねると「感染から時間がたつと症状を訴える人も減っていくという報告もあるが、回復が思わしくない人もいて、どこまで回復するかは未知数」と言われた。

 「インフルエンザなどほかの感染症でも元の状態に戻らない人はわずかながらいるが、コロナはかなり多いのが特異で、怖い病気」。国立精神・神経医療研究センターでは、今後もME/CFSやコロナ後遺症について研究を進めていくという。

 後遺症はME/CFSのようにさまざまな症状を引き起こす。記者の症状は、実は一例に過ぎない。もし身近にコロナ感染後の不調を訴える人がいたら「気持ちの問題」などと安易に片付けず、耳を傾けてあげてほしい。記者も多くの人に話を聞いてもらい、受け止めてもらえたことでどれほど救われてきたことか。

 休職中、SNSをのぞくと自分と同じようにコロナ後遺症で悩む人がいると分かった。「なぜマスコミはもっと後遺症のことを報道しないのか」という内容も多く、記者として忸怩たる思いを抱えてきた。復職して約2カ月の今年1月下旬、ようやく体験記を全国の新聞社に配信。次いでインターネットに記事を掲載した。予想をはるかに上回る反響があり、コロナ後遺症に悩む人の多さとその深刻さがひしひしと伝わってきた。皆、未知の病と孤独に闘ってきたのだと記者も励まされた。これからも治療と並行して発信を続けていきたい。

 日本でもオミクロン株が広がり、コロナ感染者は急増した。重症化リスクは比較的低いとの指摘もあるが、油断しないでほしい。コロナの症状はたいしたことがなくても、深刻な後遺症に苦しむ人は、記者のように多くいる。

自宅で作業中の記者=2月17日

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[(https://twitter.com/shakai_kyodo) 続編(第3回)はこちら

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