燕・奥川が中10日で先発し続けた“本当の狙い” 負担軽減のためでない「新しい形」

ヤクルト・奥川恭伸【写真:荒川祐史】

古巣ヤクルトのキャンプを視察した五十嵐亮太氏、奥川に寄せる期待

昨季20年ぶりに日本シリーズを制したヤクルトは、1992、1993年以来となる連覇を目指し、沖縄・浦添で勝つための準備を重ねている。2月中旬、間もなく始まる練習試合に向けて活気溢れるキャンプ地を訪問したのが、球団OBで解説者の五十嵐亮太氏だ。

現役最後となった2020年、五十嵐氏は2軍で過ごす時間が増えていた。その時、埼玉・戸田市にある2軍球場でともに過ごしたのが、プロ1年目の奥川恭伸投手だった。前年のドラフトでは3球団が競合した期待のドラ1高卒ルーキー。その練習に対する向き合い方を近くで見ていた五十嵐氏は「高校を卒業したばかりなのにしっかりしている」と感心したという。

その奥川は1年目こそ1軍では1試合の登板に止まったが、2年目の昨季は開幕ローテーション入り。中10日という変則ローテながらシーズンを通じて離脱することもなく、18試合先発で9勝4敗、防御率3.26という堂々たる成績を残した。巨人とのクライマックスシリーズ・ファイナルステージでは初戦先発の大役を任された中、わずか98球でプロ初完封。日本シリーズでも躍動し、最優秀新人こそ広島の栗林良吏投手に譲ったが、新人特別賞を受賞した。

期待通りの逸材であることを世に知らしめた奥川は、プロ3年目の春を順調に過ごしているようだ。

「奥川は今のところ、すごく順調だと思います。高津(臣吾)監督は元々、奥川のストレートに対する評価が非常に高かった。それが今季3度目のブルペンを見て、改めて『ブラボー』と言っているくらいだから、評価は高いし信頼もしていると思います。キャンプの雰囲気も手伝って、監督が『今年は15勝ね~』なんて声を掛けると半分冗談に聞こえるかもしれませんが、そこは本当に期待している数字だと思いますね」

ヤクルトOBで解説者の五十嵐亮太氏【写真:荒川祐史】

中10日で投げ続けた2021年、そこに込められた本当の狙いとは

監督の期待を確信するのには理由がある。それは昨季、奥川が中10日で先発し続けた、本当の狙いを知っているからだ。

「僕は当初、中10日で投げさせるのは肩肘を休ませるためだと思っていました。でも、違ったんです。聞いてみると、中10日のうち前半の5日は体力トレーニングに重点を置き、後半の5日で登板に向けてしっかり調整をしていた。つまり、年間を通して1軍のマウンドで投げながら、体力強化を並行してやっていたというわけです。高卒選手は2軍でしっかり体を鍛えて、1シーズン戦える体力とボリュームがついたら1軍に呼ぶケースがほとんど。それを1軍で投げながらやってしまった上に結果を出した。今までにない新しい形ですよね」

もちろん、この“新しい形”は誰にも適用できるわけではない。「奥川の能力が高いからできたこと。ロッテの佐々木朗希であったり、限られた選手にしかできないこと」と五十嵐氏は補足する。

奥川がシーズンを通じた体力強化に成功した様子は、終盤に見せた数々の好投を見れば明らかだ。さらに、シーズンが進むに連れて体重が減少する投手が多い中、奥川はおよそ6キロの増量に成功。オフ中のトレーニングも順調で「キャンプで体つきを見たら、かなりしっかりしていましたね。1軍で戦って技術や経験を伸ばしながら、フィジカル面でも上積みされていた。着実にいい方向に進んでいると思います」と太鼓判を押す。

五十嵐氏によれば、奥川自身は昨季前半は「納得のいくパフォーマンスができていなかった、と言っていました」。確かに4月中は打ち込まれる場面が多かったが、5月になると力強い投球が増え、交流戦以降は安定感さえ漂った。

「ある日フォームがしっくりきた時に、自分の中で掴んだモノがあったそうです。そこから先は、ある程度は試合を作れる自信がついたと話していました。ピッチングフォームをどう改善するべきか。そのポイントを見つけるのがすごく上手いし、見つけて対応する能力も高い。そして、自分が成長するために常に謙虚な姿勢を持っています。どれだけすごい才能を持っていても、自分を見失うことはないだろうという人間性を感じますね」

五十嵐氏も期待「今季の最低ラインは10勝」

弱冠20歳ながら人として懐の深さを持つ奥川が、3年目の今季はどこまで成長するのか。その姿を楽しみにするファンは多い。五十嵐氏も「楽しみなのは間違いない」と断言する。

「もう確実に結果を残さないといけない立場になっていると思います。昨季が9勝だから、今季の最低ラインは10勝に設定されている。僕は逆に、奥川がそれくらいの気持ちを持っていないと問題だと思っています。もちろん、起用法や体の状態で変わってくるとは思いますが、本人はどうするべきかしっかり考えていますよ。楽しみですね」

昨季のクライマックスシリーズで史上最年少完封の偉業を成し遂げても、どこか飄々としていた20歳右腕。今季も同じく飄々とした雰囲気を漂わせながら、高津監督が求める「15勝」をクリアしてしまうのかもしれない。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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