第八十一回「土曜日の夜、キラキラした街への憧れが詰まったEPOの「DOWN TOWN」」

想い出の音楽番外地 戌井昭人

最近、“シティ・ポップ”という言葉をやたら耳にします。どうも巷では“シティ・ポップ”が流行っているみたいです。「もう何年も前からだよ」「今さら遅い」と言われるかもしれませんが、わたしは、若い頃よりもアンテナを張っていないし、流行の受信力が大変弱くなっているにもかかわらず、“シティ・ポップ”がやたらと耳に入ってくるので、やはり相当流行っているのでしょう。「だからけっこう前からだよ!」とおっしゃる方もいるかもしれませんが、衰えたアンテナの身上ゆえ、勘弁してください。 とにかく「流行ってんでしょ“シティ・ポップ”!」、だからといって、どのようなものが流行っているのかよくわかりませんが、最近のバンドも素敵な“シティ・ポップ”を奏でているようで、これから、いろいろ掘り起こしてみたいと思います。 でもって、わたしの中の“シティ・ポップ”といえば、EPOの「DOWN TOWN」に決定しております。これは、シュガー・ベイブの曲ですが、やはりEPOの「DOWN TOWN」でありまして、いま聴いても、心臓にズキンと突き刺さってくるのです。もちろん、シュガー・ベイブも最高だし、他にもいろんな人がカバーをしていて、土岐麻子のもワクワク当時を蘇らせるようで素敵だし、クレイジーケンバンドのも格好いいのです。でもやっぱりEPOに行ってしまうのは、『ひょうきん族』の影響です。『ひょうきん族』といっても若い人は知らないかもしれません。これは土曜日の夜8時にやっていた、お笑いテレビ番組でした。ビートたけしの「たけちゃんマン」と言えばわかるかもしれません。 ちなみに、たけちゃんマンのテーマソング、「今日は吉原・堀之内、中洲・すすきの・ニューヨーク!」を唄っていたら、「どこでそんな場所覚えたの!」と大人に驚かれたことがあります。しかし、そのような場所を、そういう場所だと知るのは、それから何年も後のことになります。 それで、EPOの「DOWN TOWN」は、『ひょうきん族』のエンディングに流れる曲で、「土曜日の夜は賑やか」「ダウンタウンへ繰り出そう」という歌詞もあり、当時小学生だったわたしは、大人は、『ひょうきん族』が終わってからダウンタウン(街)に繰り出して、遊ぶのだ、良いなぁ、早く大人になって酒を飲めるようになりたい、そして土曜の夜は遊びまわってやりたいと思っていたのです。つまり、週末の夜、キラキラした街への憧れがこの曲に詰まっているのです。しかし20代になり、酒を飲めるようになってからは、この歌のようなキラキラした街で酒を飲むことはなく、しょんべん臭い横丁で、酒を飲む人間になっていました。だから当時は、この曲のことはすっかり忘れていました。 しかし、今になって、この曲を聴くと、やはり土曜の夜はキラキラ遊んでみたいと思えてくるのです。実際に遊びに行ってもまったくキラキラしないので困ってますが。とくに昨今、薄気味悪くて薄暗い街に、この曲が爆音で流れ、みんなキラキラと遊べる日が戻ってくることを願っているのです。そして、“シティ・ポップ”が流行りまくって、陰鬱なコロナをどこかに転がしてくれ! と思っています。でも、もうすでに流行りまくっているのか? “シティ・ポップ”。

戌井昭人(いぬいあきと)

1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。

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