「妊娠、誰にも知られたくない」と10代女性 危険な孤立出産を防ぐには

熊本市の慈恵病院

 予期せぬ妊娠に悩み、誰にも相談できずに孤立したまま出産するケースが各地で後を絶たない。育てられない事情を抱え、女性が死体遺棄罪に問われた例をニュースで見聞きした人は多いはずだ。「ここで産めなかったら、1人で産んで捨てていたかもしれない」。昨年末、熊本市の慈恵病院で出産した未成年の女性Aさんも、病院関係者にそう話したという。

 慈恵病院は、親が育てられない子どもを匿名で受け入れる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を日本で唯一設置し、2007年から運用してきた。19年には、病院以外に身元を明かさずに出産する独自の仕組み「内密出産」を始めると明らかにした。Aさんはその初めての実施例とみられている。内密出産に法的な裏付けはない。それでも病院が導入に踏み切ったのは、危険な孤立出産を防ぎ、妊婦と赤ちゃんの命を守るためだ。

 各地の相談窓口には、予期せぬ妊娠に悩み、追い詰められた女性から多くのSOSが届いている。一方で法整備に向けた議論は進んでいない。どうすれば孤立出産を防ぐことができるのか。(共同通信=中村栞菜ほか)

 ▽親に知られたくない

 Aさんは西日本在住。慈恵病院にメールを寄せたのは昨年11月ごろだ。蓮田健院長によると、Aさんは「もう9カ月になるから生まれる。育てることができない」と連絡してきた。母親に出産が知られれば「縁を切られる」といい、「親に知られたくない」と、ひどく恐れていた。相手の男性からも暴力を受けたことがあり、頼れないという。

 本人が熊本に来る日の午前、陣痛の前兆となる出血が始まったと連絡があった。おなかの張りもあるという。慈恵病院のスタッフに緊張が走った。新幹線の中で生まれてしまわないか。博多駅で無事合流でき、病院に到着直後、陣痛は強まった。翌日出産。間一髪だった。

記者会見で、昨年12月に出産した女性の健康保険証などのコピーが入った封筒を手にする慈恵病院の蓮田健院長=1月4日午後、熊本市

 Aさんは病院スタッフの1人のみに身元を明かしたものの、気持ちは揺れ動いていた。自分で育てるか、人に託すか。退院時には「育てられない。周囲に秘密にしてほしい」と話した。病院が子どものために母親の情報を何か残してほしいと依頼すると、赤ちゃんに宛てた手紙のほか、健康保険証などのコピーを入れた封筒を託した。これらの書類が子どもの出生証明になる。

 Aさんは出産後、赤ちゃんを抱いて涙を流し、わが子が心配で夜も眠れないと話した。子どもへの強い愛情と、退院後に再び来院する意向を示していた。それでも1カ月が過ぎても、内密出産の意向は変わらない。子どもの幸せを第一に考えた結果だ。

 「自分が育てるよりも、特別養子縁組の両親に育ててもらった方が子どもは幸せだろうと思う。出自情報は子どもが18歳か20歳ごろに開示してほしい」

 ▽絶対に一人では乗り越えられない

 慈恵病院が「こうのとりのゆりかご」で20年度までに保護したのは159人。うち半数以上が孤立出産だった。病院は妊娠に関する24時間対応の相談窓口を設け、全国からの相談は年7千件に上っている。

神戸市の「小さないのちのドア」

 神戸市で妊娠相談や妊婦らが暮らせるマタニティーホームを運営する「小さないのちのドア」(永原郁子代表理事)でも、18年以降、2万件以上の相談を受けてきた。ここでも、多くの人が「親に知られたくない」と話した。うち149人は、それまで病院を受診したことがなく、妊娠8カ月を超えていた。13人が「今、陣痛が起きている」と連絡してきた。数時間前に赤ちゃんを産んだ人もいた。

 相談者が「ドア」にたどり着く理由はさまざまだ。仕事を失いネットカフェで暮らしていた人、お金がなくて新しいマスクすら買えなかった人。貧困や暴力に心をえぐられ、人間不信になった人も。今まで「助けて」と言っても一度も聞いてもらえなかった人には、周囲に相談する発想すらないという。

 永原さんは訴える。「妊娠出産は絶対に一人では乗り越えられない。だからこそ、誰かとつながり、周囲との関係を再構築するチャンスだと捉えてほしい」

 

「小さないのちのドア」の永原郁子代表理事

 内密出産が制度化すれば、女性たちが相談しやすくなるのではと期待する一方で、懸念も残るという。「女性が病院以外に出産を隠したまま生活し、つらい気持ちを一人で抱え込んでしまうのではないか」

 特別養子縁組をし、子どもを手放したとしても、女性の喪失感は非常に大きい。養親から子どもの元気な様子を聞いたり、女性のつらさに寄り添ったりするなどのサポートが欠かせないという。

 ▽熊本市が「現実的対応」に方針転換

 ただ、現行の法制度では、内密出産には子どもの戸籍や出自を知る権利の保障、個人情報の管理方法など、多くの課題がある。

 熊本市はこれまで、病院が母親の身元を知りながら伏せて出生届を出すと「刑法の公正証書原本不実記載罪に問われる可能性がある」と指摘し、病院に内密出産を実施しないよう求めてきた。

 岸田文雄首相は1月、国会で「(内密出産が)刑法上の犯罪に当たるかは個別に判断されるべきだ」と述べた。国会議員の間では議員立法を目指す動きもあるが、保守派の議員から「伝統的家族観を壊す」といった批判も根強い。

 ただ、Aさんが内密出産した後の2月9日、熊本市は方針転換した。「事例が起きようとしており、現実的な対応をする」。大西一史市長は記者会見で、病院と母子支援の在り方を検討する協議の場を設けると明らかにした。市と病院は同18日に協議を開始。現行法で可能な母子支援の方策を話し合うほか、出自情報をどう管理するかといった課題を整理。結果を基に国に法整備を求めていくという。

熊本地方法務局の担当者に質問状を手渡す慈恵病院の蓮田健院長(右)=1月、熊本市

 さらに熊本地方法務局は同10日、慈恵病院の質問状に回答。病院の内密出産制度の利用を希望し、出産した子の出生届を提出しなくても、市区町村長の職権で戸籍の記載ができるとした。「子の出生日や出生地を市区町村に提供してほしい」と求めた。

 ▽ドイツが実践する「最後の手段」

 慈恵病院が参考にしたドイツでは、既に制度化されている。ドイツ出身で熊本大のトビアス・バウアー准教授(生命倫理)によると、2000年ごろから全国にベビークラッペ(赤ちゃんポスト)が設置された。孤立出産を促すとの批判や、出自を知る権利の保障を求める声が高まり、14年に内密出産を制度化。同時に妊婦の相談体制も拡充した。

 制度は、行政が妊婦の個人情報を管理し、子は原則、16歳になると出自を知ることができる内容で、内密出産は22年1月までに計約920件の利用があったという。

 バウアー准教授は内密出産について、匿名性が必要な人の「最後の手段」と説明する。

 慈恵病院のみが内密出産を導入している日本の現状については「妊婦の個人情報の管理を民間病院任せにせず、行政が適切に管理するべきだ」と話した。制度化するためには、子どもが出自を知る権利を保障できる仕組みも具体的に議論する必要があると指摘する。

 妊婦からの相談を支援につなぐことで「貧困など、女性が抱えている問題の根本的な解決を目指すことが重要」とも力説する。

 ▽責任を果たさない男性、女性の自己責任でいいのか

 

「赤ちゃんポスト」の窓口から、内部に設置されたベッドに赤ちゃんの人形を置く母親役の看護師=2007年5月、熊本市の慈恵病院

 熊本市が設置し、赤ちゃんポストの運用状況を検証する「こうのとりのゆりかご専門部会」は、内密出産を早急に検討するよう、これまでの報告書で国に要望してきた。

 部会長を務めていた関西大の山縣文治教授(子ども家庭福祉)は「国は少なくとも、病院が内密出産導入を発表した時に、制度化の検討を始めるべきだった」と議論の遅れを指摘する。

 今回は違法性を問われる不安が拭えないまま実施された。他の病院でも同じことが起きる可能性があり「どう対応すべきなのか、国が根拠を示さないと現場は混乱してしまう」と危機感を抱く。

 山縣教授は予期せぬ妊娠に悩み、内密出産を希望する女性に否応なしに責任が押しつけられてしまうことも問題視する。「男性が責任を果たさないことより、女性の『自己責任』を強調し、追い詰めるような社会でいいのか」

 (取材・執筆=中村栞菜、稲垣ひより、東岳広、窪田湧亮、松本智恵、小川美沙)

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