<南風>レジ袋に垣間見る意識

 鳥を見るために中国や東南アジアに時々出掛けていた。中国のスーパーのレジ袋が有料になったのは10年以上も昔だ。個人的には従前から「マイバッグ」を使っていて困りはしなかったが少々驚いた。「おやっ、中国は進んでいる」と感じた。

 日本では、一昨年7月にようやく本格的に有料化されたが、有料撤廃を望む声はなくならない。関連業界は別として、石油製品を積極的に消費しようなどとは思っていなくても、「できればその数円を負担したくない」心理がその声を支えているのではなかろうか。

 レジ袋有料化によるプラスチック削減効果は数%とも言われ、これで「プラゴミ問題」が解決しないことは自明であろう。

 だが肝心なことはその先にある。「使わずに済む資源を使わない」ことが多くの人に浸透することで、レジ袋に限らず使い捨てのプラ容器類の使用が減り、社会全体でそれが当たり前になる可能性がある。そして多くの人の意識が変わることによって、プラスチック製品のより大きな削減につながることが期待される。

 話は少し変わるが、台湾やシンガポールでは、沿道の植え込みや線路脇に散乱するゴミを見ることなどまずない。日本だといかにもゴミが浮いていそうな水路でも同じだ。街の美化は中国本土でも進みつつある。

 中国はゴミだらけでどこも汚いと思い込んでいる日本人が多いかもしれない。だが現実は急速に改善している。一方、国内ではゴミの目立つ光景が依然あふれている。事実を知らずに他者を「侮る」と、思わぬ恥をさらすことになりかねない。

 開催中の北京五輪。小さな炎の聖火は最終走者に焦点が当てられている。しかしその小さな炎は、総監督の張芸謀(チャンイーモウ)氏、あるいは中国政府の「無駄にCO2を出さない」という強いメッセージではないのかと、開会式を見ながら考えていた。

(河原恭一、沖縄気象台 地球温暖化情報官)

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