岸田首相が繰り返す「先手、先手で対応していく」は真実か 官邸担当記者が濃厚接触者になって感じたこと

首相官邸で記者団の取材に応じる岸田首相=1月24日夜

 

 新型コロナウイルスの感染「第6波」が全国で猛威を振るうさなか、共同通信政治部の一員として首相官邸を担当する記者(32)は、同居家族の陽性が判明した。濃厚接触者として余儀なくされた1週間の自宅待機。「感染疑い」の当事者になって感じたことは、記者としてたびたび耳にしてきた岸田文雄首相の「先手」発言が、果たして真実なのかという疑念だった。(共同通信=杉山修一郎)

 ▽「無症状の人を検査する余裕なんてない」

 1月31日午前10時。同居する家族のうち1人が体調不良を訴えた。熱を測ると38度を超えている。近所の病院に電話すると、午後4時に来るようにと時間を指定された。

 この日仕事が休みだった私は家族に付き添った。診察した男性医師は「抗原検査をしましょう」と慣れた様子で家族の鼻に検査用の綿棒を入れ、試薬の反応に目を凝らしながら言った。「陽性ですね」

新型コロナウイルスの抗原検査キット(デンカ提供)

 覚悟はしていたものの、実際に陽性と言われると頭は混乱した。「入院しなければならないのか」「自宅療養だったとしても、素人が健康観察できるだろうか」「自宅待機は会社でどう手続きすればよいか」…。心配が次々と胸をよぎった。

 自分が感染していない保証もない。医師に「無症状だが、私も濃厚接触者に当たるので検査してほしい」と伝えると、医師は申し訳なさそうな顔で「抗原検査キットの在庫はあとわずか。PCR検査の試薬は既に尽きていて、2日後にならないと届かない。無症状の人まで検査する余裕なんてないんですよ」と明かした。

 

衆院予算委員会で答弁する岸田首相

 首相はちょうどこの日、予算委員会で野党から検査キット不足について追及を受け「国民の不安につながらないよう、安定した体制を維持する」と答弁している。だが、私が直面したのは不安定な検査体制だった。国民の1人として心もとない。首相が頻繁に使う「常に最悪の事態を想定」「先手、先手で対応」というフレーズがむなしく胸に響いた。

 ▽保健所からの連絡はスマホに届いたメッセージ1通

 医師からは保健所に報告するための質問を受けた。陽性となった家族は、基礎疾患などの重症化リスクがないことから自宅療養となった。病院には正面玄関から入ったが、出る際は非常階段を使うよう指示された。

 帰宅後、上司に電話で報告した。できるだけ早くPCR検査を受けるようにと指示を受けた。インターネットで徹底的に調べて、夜間にPCRを受けられる病院を見つけた。すぐに結果は出て、その日のうちに陰性と分かったものの、濃厚接触者に当たるとして自宅待機を求められた。待機期間は数日前に短縮されたとはいえ「7日間は長い」というのが率直な感想だった。

大阪市内の民間PCR検査場に並ぶ人たち=1月27日午後

 さらに懸念したのは、陽性の家族との隔離ができていることを保健所が認めてくれるかどうかだった。認められなければ、感染者の療養期間である10日からさらに7日、計17日間の自宅待機を求められる可能性がある。職場をそれだけ長く離れたことがなかっただけに、正直焦った。

 保健所からの連絡は、スマートフォンに送られてきたメッセージ1通。記載されていたURLをクリックし、家族の症状などを入力すると「保健所からの疫学調査のための連絡はこれで終了とさせていただきます」と表示された。

 結局、どうすれば隔離となるかは厚生労働省のホームページを見ただけでは判然とせず、保健所に電話で相談した。自宅で常時マスクを着用し、陽性になった家族と居室や寝室を別にすることで隔離と扱ってよいとの見解が示されたため、徹底した。同じ屋根の下にいるにもかかわらず別々に食事をし、くつろげるはずの自宅で常にマスクをする。やむを得ないとは分かっていても、待機中の違和感は最後まで拭えなかった。

 ▽政府の説明をうのみにしていないか

2021年8月、新型コロナウイルス感染者急増の対応に追われる東京・江戸川保健所の職員ら=東京都江戸川区

 岸田政権が昨年11月、次の感染拡大に備えた取り組みの全体像をまとめた中には「保健所の体制強化」がうたわれていたが、保健所への電話はなかなかつながらなかった。相談の電話もつながらないほど業務が立て込んでいて、十分な体制になっているといえるだろうか。「隔離」の認定もいわば私の自己申告ベースで、軽症者にはそもそも手が回っていない印象を受けた。

 厚生労働省が自宅待機の期間短縮を発表したのは、記者が保健所に電話で相談したその日。家族が感染した場合、本人よりも濃厚接触者の待機期間が長くなり、社会経済活動に支障が生じかねない。この点は野党が以前から国会で指摘していた。私自身、もっと問題意識を持つべきだったと反省すると同時に、ここでも政府方針が現実を後追いしている印象を持った。

濃厚接触者となった同居家族の待機期間の運用見直しを発表する後藤厚労相=2月2日夜、厚労省

 自宅での適切な隔離の方法について、保健所の担当者は親身に相談に乗ってくれた。受診した医師も、家族の様子を確認するため毎日電話をかけてきてくれた。第6波の最前線で新型コロナと向き合う保健所の職員や医療関係者に頭が下がる思いだった。幸い家族は順調に回復し、私や他の家族が感染することもなかった。2日続けて実施した抗原検査で陰性が確認されたため、会社の判断により待機7日目で職場に復帰した。

 私は普段、首相官邸を拠点に取材している。家族の陽性が判明する前日の1月30日も勤務していた。この日の朝に北朝鮮が弾道ミサイルを発射したため、首相は関係閣僚と対応を協議し、午後は厚生労働省の幹部らから新型コロナの感染状況について報告を受けていた。

国立国際医療研究センター病院にコロナ患者を搬送する医療関係者=2月1日、東京都新宿区

 コロナ対応について言えば、政府が次にどんな策を打ち出そうとしているかを少しでも早くつかみ、方針に疑問があればただすのが自分の仕事と心得ていたが、いざ自分が当事者の立場になってみると「分かったつもり」がいかに多かったかを痛感した。首相の言葉や政府の説明をうのみにしていた部分があったのではないか。自らを省みる機会になった。

 政府の方針は、国民一人一人の暮らしに直結する。個々の政策が人々の不安に寄り添ったものであるか、置き去りになる人はいないかと厳しく見定めると同時に、自分自身の生活者としての視点を忘れてはいけないと思い知らされた。

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