【小林可夢偉&平川亮インタビュー】2022年の新要素とチーム変革の青写真。GR010の避けられない”残念感”とは?

 WEC世界耐久選手権に参戦するトヨタGAZOO Racing(TGR)は2月18日、リモート形式の会見を開き、開発テストを終えたばかりの小林可夢偉チーム代表兼ドライバー、そして今季よりレギュラードライバーとなる平川亮が、日本メディアの質問に答えた。

 会見のなかでは代表となった可夢偉の新たな仕事ぶりやそのビジョン、新加入となる平川の手応え、そして投入2年目を迎えるGR010ハイブリッドの、現在の開発内容などが明らかとなった。

 2022年シーズンのWECは3月、アメリカ・フロリダ州のセブリング・インターナショナル・レースウェイで行われる公式テスト“プロローグ”(3月12〜13日)と、それに続く第1戦セブリング1000マイルレース(16〜18日)で幕を開ける。

 2021年、新たな最高峰クラスとなった『ハイパーカー』クラスに、ル・マン・ハイパーカー(LMH)規定のニューマシン、GR010ハイブリッドを投入したTGRは、7号車のマイク・コンウェイ/小林可夢偉/ホセ・マリア・ロペスがドライバーズタイトルを獲得。今季もこの3人でタイトル防衛に臨むが、2021年12月の体制発表会では可夢偉がチーム代表も兼任するというサプライズ発表がなされた。

 一方、トヨタがWECに復帰した2012年以来ステアリングを握ってきた中嶋一貴は昨年限りで現役を引退、TGR-E(ヨーロッパ)の副会長に就任した。2022年、8号車には今季新たに平川が加わり、昨年まで一貴副会長とトリオを組んでいたセバスチャン・ブエミ、ブレンドン・ハートレーとともに、新たな舞台での挑戦を開始する。

 チームは2022年に入ってから、すでに2回のテストを実施。1月のスペイン・アラゴンに続き、取材前日の17日まで、南仏・ポールリカールで走行が行われていた。これでプロローグ前のサーキットテストはすべて終了し、チームはフロリダへと向かうことになる。

 新たな役割も担う可夢偉は来るシーズンに向け、「僕自身、3回目のタイトルと2回目のル・マン優勝をもちろん目指していきますが、同時にまずはチームをしっかり、強いチームへと変えること」が自らの責務であると語った。

「豊田章男(トヨタ自動車)社長からは、プロフェッショナルなチーム、そして(同時に)家庭的なチームにしてほしいというお願いがありあした。家庭的というのは(単に)ファミリーということではなく、見ている人・応援している人が、もっと応援したいと思えるチームを作ってほしい、と。それをしっかり両立しながらできるように、2022年を戦っていきたい」

「僕自身、代表というポジションは初めてですが、学ぶところはしっかりと学び、2022年、2023年と他メーカーのライバルがやってくるなかで、しっかりと強いチームを作っていきたいと思っています」

 立場が変わったことで「ミーティングは間違いなく増えた」と語る可夢偉は、チーム代表としての自らの仕事について、大まかにふたつに分けて考えているようだ。

 ひとつは、チームのオペレーションに変化をもたらすこと。具体的には、「メカニックやエンジニアそれぞれが、『ここはこうした方がいいんじゃないの?』と心の中で思っていることを引き出して、それをしっかりと実現すること」だと可夢偉は言う。

 実際、「僕がチーム代表になったからなのかは分かりませんが、メカニックの雰囲気も明るく、ムダ話や日常の話を(自分に)してくるようになった感じはあります」と、チーム全体の雰囲気がすでに変わりつつあることを、可夢偉は感じ取っているようだ。

 また、問題やトラブルが起こった際にも、各セクションの壁を超えて「クルマを速くするために、できるだけいろんな人の声を聞いて、強いクルマを作るように心掛けている」という。

 もうひとつ、チーム代表としての大きな仕事は、中長期的なビジョンを描いてそのために行動していくこと。この点について、可夢偉は次のように説明した。

「3年後、4年後、5年をどう見据えていくか。たとえばルールをどう決めるとか、そういうところも含めてACO(フランス西部自動車クラブ)と交渉し、チームと会議をして、この先のWECをどうしていくか、長期的にTGRとしてどうWECに関わっていくのがいいのかという部分までを含めて、最大限のアイデアを出して、未来に繋げていけるようにやっています」

 その過程では、中嶋一貴TGR-E副会長をはじめ、日本およびTGR-Eの主要メンバーとも、コミュニケーションを取りながら進めているという。

2021年のタイトル獲得を喜ぶTGR陣営。2022年、可夢偉はチーム全体をマネジメントする立場にもなる。

 来る2022シーズン開幕戦について、「セブリングでGR010を走らせるのは初めて。あのでこぼこでバンピーなトラックでドライバーが安心して走れるようなクルマ作りを、プロローグでやっていきたい」という可夢偉の口ぶりからは、ドライバーよりも“チーム代表”としての責務を強く意識していることが感じられた。

 今季、7号車陣営はレースエンジニアを変更。これまで長年にわたって7号車を担当していた人物が、エンジニアを束ねるポジションへと就き、代わって新たなレースエンジニアを迎えるという。

 この組織変更もあり、「まずはチーム自体の構築をやっている段階」と可夢偉は現状を説明する。

「第1戦が始まるとは言っても、まだまだ僕らにとっては準備のタイミングとして捉えています」と、慎重にチームの足元を見つめる可夢偉が、マネジメントとしてどうチーム全体に貢献していくのかも、今季の新たな見どころとなりそうだ。

■「少しずつ自分が進歩しているのが分かる」と平川

 新たにレギュラードライバーに加わる平川は、昨年6月のポルティマオ、9月のバルセロナ、そしてシーズン終了後のバーレーンに続き、年が明けてからもアラゴン、ポール・リカールとGR010のテストに参加し、マシンへの習熟を深めている。

 ポール・リカールでのテストを終えた平川は「ある部分では他のレギュラードライバーと同じくらいで走れたりするのですが、いろいろな状況下ではまだまだ学ぶことがある」と自己分析を口にした。

「自分としてはまだクルマに100%慣れ切ていないという実感はありますが、走るにつれて、少しずつ自分が進歩しているのが分かっているところです。自分としては結構準備ができているとは思いますが、まだレースのシチュエーションが経験できていないので、トラフィックの部分など、まずは来月のセブリングのテスト(プロローグ)でしっかり学習して、クルマとチームに少しでも慣れていきたい」

2021年6月、ポルティマオでのGR010ハイブリッドのテストに参加した平川

 今季WECが開催されるサーキットのうち、セブリングだけ走行経験がないという平川。来週にもシミュレーターテストが予定され、習熟を重ねるつもりだという。

「不備がないようにしないとマズイなと思っていて、可夢偉さんからも『しっかりとコースを覚えていけ』と言われています。シミュレーターでなるべくたくさん走ったり、ビデオをいっぱい見たりして、しっかり準備してきたいと思っています」

 そんな8号車の新トリオに対して可夢偉チーム代表は、「全然、普通に戦うレベルにあると思いますよ」と語る。

「ただ今年は8号車は平川がルーキー、7号車はエンジニアがルーキーという部分で、それぞれに違うパートでやるべきことがある。僕ら(7号車)はエンジニアとまずはしっかりコミュニケーションをとって、いいクルマを作ることに集中しなければいけません」

「8号車は平川に早くレースの経験を積ませて、トラフィックの処理などを、ル・マンまでにペースを掴めるようにしてもらいたいと思っていて、チーム代表として僕からセブ(ブエミ)とブレンドンに『そういう部分をしっかり教えて、育ててほしい』とお願いしています」

 また、2年目のシーズンに向けたGR010ハイブリッドの開発状況については、ホモロゲーションによって大きく制限がされることから、「煮詰め」がメインの作業になっていると可夢偉は語っている。

「BoP(性能調整)で抑えられたときにどうなるのか、みたいなシミュレーションもしながら、結構先のことまで想定して、テストはやっています」と可夢偉。

「(クルマは)大きく変えられないので、ドライバーがいかに乗りやすいかとか、BoPで抑えられたときにどうしたら結果的に勝てるクルマを作れるのか、ということをやっているので、フィーリング的にクルマが進化したかというと、LMP1みたいな進化はないですね、残念ながら。あのときの進化はハンパなかったので。だからちょっと、乗っていて“残念感”はありますね、正直」

 昨年からテストに加わっている平川もこの点については同意しているが、「システムの最適化だったり、システムがフェイル(エラー)を起こしたときの対処法だったりが、常に進化していると感じる」と語る。

 平川はまた、ここまでのテストでともに作業をしてきたチームの雰囲気について、勝利への貪欲な気持ちや「テストだけど、レースの緊張感がチームにあった」点が印象的だったと語った。

「まずはどちらかというと僕が(チームとクルマに)慣れるのに一生懸命なので、まだまだチームの雰囲気を味わっている感じ(余裕)はないですね」と平川。

 なお、年明けからの2回のテストではなかなか自身のシートがうまく決まらず、何回も作り直しを強いられたという。「シートを作ってくれるメカニックとは、すごく仲良くなりましたけど」と平川は笑う。

 チーム全体、そして7号車・8号車ともに個別にも新たな要素を抱え、変化と進化が求められる2022年のTGR。まずは世界屈指の“厳しい”トラックであるセブリングで、その現在地が露になりそうだ。

WECに参戦する2台のトヨタGR010ハイブリッド(2021年)

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