連載小説=おてもやんからブエノスアイレスのマリア様=相川知子=第14回

かねさんの梅干しはいつも絶品であった。もちろん在アルゼンチン日系社会で伝統的に家庭でつけた梅はどれも保存料など入っていない自然の味。大きな瓶でいただいて多すぎて困ったこともあった。もうこんな自然な梅干を味わうことは難しい。

14.青梅

 戦争があろうがなかろうが、庭の梅はアルゼンチンの日差しの下、すくすくと育った。子供たちが小学生になって落ち着いてきたころ、実がなるようになった。梅の実が熟し、青みがかった緑になったころ、ぽとっと一つ落ちてきた。
 それを拾って手のひらの上でいつくしみながら、青梅だわ!というと、アルゼンチン生まれの娘の栄子は緑ではないの?と聞いてきた。緑色だから「緑梅」ではないかと言う。私はふいをつかれ、何と答えていいかわからず、だまりこんでしまった。
 日本人は青というんだ、という夫の鶴の一言で青に決まってしまったが、栄子の頭の中には青と緑がごちゃごちゃになったに違いない。紫蘇の葉も植えてあったので、それで色をつけて赤い梅干しを作ったから青梅か緑梅かのお話はうやむやに終ってしまった。また梅酒も作った。
 たくさんできるようになったので隣近所にわけるようになると、また何かしらお返しをいただいた。真っ白な生地に細かいステッチの入った手作りの刺しゅう入りのテーブルクロスをいただいたときには、あまりの嬉しさに友達を抱きしめてしまった。故郷で習ったに違いない。
 アルゼンチンの移住社会ではイタリア、スペインが大部分であるが、この地域の花や野菜を作る農家はポルトガル人が多かった。忙しい毎日の中、根詰めて作ってくれたのだ。近所の奥さんの心遣いが嬉しくて、何かまたお礼にあげるものがないかと探した。
 家の前の畑で紫色が美しいナスが実っていた。日本の種で栽培したものであったのを少し差し上げた。アルゼンチンのナスはおいしいことはおいしいが、手でつかみきれないぐらいの大きさで、少し大味であった。
 もちろんエスカベッチェという酢漬けにして揚げ物のミラネッサと一緒に食べたらとてもおいしい。その手のひらに乗るぐらいの小ぶりのナスを差し上げたら、ケ・ボニート、かわいいと喜んでくれた。
 毎回会うたびにする挨拶のベシートの上にお礼のベシートをしてくれた。キュウリがもう少し育ったらまたあげることにしよう、という楽しみがまた増えた。
※注=日本人は緑を、果実や信号の場合、伝統的に青ということがある/「エスカベッチェ」(escabeche)酢漬け/「ミラネッサ」(milanesa)薄切り牛肉のミラノ風カツレツ/「ケ・ボニート」 (¡Qué Bonito!) なんてかわいいんでしょう!/「ベシート」(besito)キス、会うとき別れるときほっぺにキスをして挨拶をする習慣がある。

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庭の梅の木(2002年、相川知子撮影)庭の梅の木(2002年、相川知子撮影)
ズッキーニも顔負けの立派なアルゼンチンのキュウリズッキーニも顔負けの立派なアルゼンチンのキュウリ
アルゼンチンの野菜は一般に、日本の物に比べると大きいので日系家庭では日本種の野菜を育てていた(相川知子撮影)アルゼンチンの野菜は一般に、日本の物に比べると大きいので日系家庭では日本種の野菜を育てていた(相川知子撮影)
「写真を撮るよ!」というとポーズ。アルゼンチンへ21世紀の移住者はボリビアから。ボリビア系青果店は新鮮で安いと評判である。(相川知子撮影)「写真を撮るよ!」というとポーズ。アルゼンチンへ21世紀の移住者はボリビアから。ボリビア系青果店は新鮮で安いと評判である。(相川知子撮影)

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