ネスレ、児童労働根絶に向けトレーサビリティを変革 マスバランス脱却へ

dimarik

スイスの食品大手ネスレはこのほど、西アフリカのカカオ生産における児童労働を発生させる根本的な原因に焦点を当て、小規模な家族経営の農家の収入を抜本的に向上させることを柱とする新たな計画に取り組むことを明らかにした。カカオの持続可能な調達を促進するために、現在の年間投資額の3倍以上となる総額13億スイスフラン(約1599億円)を2030年までに投資する。同時に製品のトレーサビリティについても、持続可能な調達計画に沿ったものであると認証を受けたカカオとそうでないものを混ぜた状態で製品化する“マスバランス型”から、混ぜた状態での製品化を認めない“分類別”へと移行させる変革を進めている。(サステナブル・ブランド ジャパン=廣末智子)

世界のカカオの半分以上は西アフリカの2つの国、コートジボワールとガーナで産出される。こうした国々のコミュニティでは、農村部の貧困の拡大や気候変動に伴うリスクの増大、金融サービスや水、医療、教育といった基本的なインフラへのアクセス不足など、膨大な課題に直面しており、それらが複雑に絡み合って、家族経営の小規模な農場などにおける児童労働の発生リスクを高めている。

そうした問題を背景に、ネスレは2009年、カカオの持続可能な調達を促進する「ネスレカカオプラン」を発足させ、コートジボワールとガーナ以外にカメルーン、メキシコとベネズエラ、エクアドル、ブラジル、インドネシアの計8カ国のカカオ生産者コミュニティを支援。この中で2012年には児童労働について独自のモニタリングと改善要請を行うシステムを制定し、これまでにコートジボワールとガーナの8万8245人の農業従事者が登録。これによって53の学校を建設または改修し、「14万9443人の子どもを児童労働のリスクから保護した」とする数字を示している。

もっともネスレがカカオを調達する農業従事者の数は増え続けていることからも、児童労働のリスクは常にあり、長年の取り組みに立脚した上でより抜本的な手立てにつなげるための計画が求められていた。

最初の2年、年間最大500スイスフラン支給へ 配偶者にも分配徹底

新計画は、個々の農家がより持続的なカカオ栽培に移行できるよう、「社会的、経済的なレジリエンス(困難に負けない力)を着実に築く」ことを目指し、カカオの生産量や豆の品質に応じてではなく、小規模農家を含めて誰ひとり取り残さない形で実施する。具体的には以下の4つの奨励する活動を行った農家世帯に、その環境や現地コミュニティへの貢献度に応じた報奨金を支払う仕組みだ。

・世帯内の6〜16歳のすべての子どもの就学
・作物の生産性を高める剪定など、優れた農法の実施
・シェードツリーの植樹など気候変動への耐性を高めるアグロフォレストリー活動の実施
・他の作物の栽培、鶏などの家畜の飼育、養蜂、キャッサバなどの加工品を通じて多様な収入を創出

支払いは、受取人である農業従事者の声を聞き、彼らが最も現金を必要とする時期である、新学期や雨季の前に配布する形がとられる。

また「農業従事者とその家族を支援するための新たな方法」として、家計や育児を担う農業従事者の配偶者にも資金を分配するよう徹底するのも特徴で、これらが適切に行われているかどうかも含め、国際カカオイニシアティブやレインフォレスト・アライアンスなどの第三者機関がネスレと協力して状況の監視に当たる。

計画によると、参加した当初は奨励金の金額を高くすることで、各農家が将来的に生産性を高める優れた農法の導入を加速しやすい制度設計としており、参加した農家は最初の2年間、年間最大500スイスフラン(約6万1500円)の奨励金を得ることができる。その後、プログラムが具体的な成果を上げ始めた時点で、奨励金は250スイスフラン(約2万4600円)に平準化される予定だ。

2030年までに13億スイスフラン投資、サプライチェーンの全農家を対象に

同社によると、事業は既に2020年にコートジボワールで1000人を対象に行い、良好な結果が得られている。それには、同国のカカオ生産に関わる農家の大半は小規模農家(平均は約3.5ヘクター)であり、プログラムを活用すれば、カカオの生産が主な収入源ではない超小規模農家であっても対象外となることなく、報奨金を得られることの意義が大きいという。このため同社は2022年はコートジボワールでこれを1万世帯に拡大。2024年にはガーナにも拡大し、2030年までに同社のグローバルカカオサプライチェーンにおけるすべてのカカオ農家を対象とする計画を立てている。これに伴い、「カカオプラン」をめぐる現在の年間投資額の3倍以上となる総額13億スイスフラン(約1599億円)を2030年までに投資するという。

今回の計画では家計や育児を担う女性に直接、資金がわたることで、これまで以上に女性のエンパワーメントとジェンダー平等の向上に寄与することが期待される。今後はさらに女性を中心とした村内貯蓄貸付組合の設立を支援し、貯蓄を奨励、小規模ビジネスの機会に対する融資を提供する方針も立てている。

“マスバランス”から“分類別”へ トレーサビリティの変革に着手

さらに同社は新計画を機に、カカオの原産地から工場に至るまでの調達を、これまでの認証を受けたカカオとそうでないものを混ぜた状態で製品化する“マスバランス型”から、混ぜた状態での製品化を認めない“分類別”のトレーサビリティへと移行させる大きな変革に着手しているという。

同社によると、マスバランス型から分類別への移行は、カカオ豆やカカオバター、カカオパウダーなどのカカオ製品を使用し、グローバルに広がる工場を核とするサプライチェーンを擁するネスレのような企業にとって非常に大きな課題であり、「業界全体の説明責任と透明性を推進する」意味でも同社がリードしていく構え。

もっともこの変革は「サプライヤーの中でも特にカカオを製品に加工する業者との緊密な連携があって初めて、可能になる」ものであり、これを100%実現するには同社でも「サプライチェーンの再構築も含めて5年程度はかかる見通し」。2025年までにすべてのカカオをカカオプランを通じて調達する目標を示している(2020年時点では全体の46.5%に当たる20万2890トンで、その約7割がコートジボワール産)。

同社のマーク・シュナイダーCEOは新計画について、「私たちの目標は、特に貧困が蔓延し、資源が不足している地域で増え続けているカカオ農家に目に見えるプラスの影響を強め、彼らが長期的に直面している、生活にかかる費用との格差をなくす支援を行うこと」と強調する。計画を通じて調達したカカオは、2023年に同社の代表的なチョコレート菓子である「キットカット」の一部から製品化予定だ。

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