アストラゼネカが取り組む「カーボンネガティブ」戦略

ステファン・ヴォックスストラム社長

2025年までにグローバル規模で自社事業からの温室効果ガス排出量をゼロに、また2030年までにバリューチェーン全体でのカーボンネガティブ(排出量より吸収量が多い状態)を達成する目標を掲げる英製薬大手アストラゼネカ。日本でも滋賀県米原市の米原工場で今春ソーラーパネルを稼働させることにより使用電気の20%を自家発電で賄う予定で、カーボンネガティブを視野に入れる。同社の日本での取り組みを、昨年10月に行われたメディア発表会の内容を通して紹介する。(横田伸治)

自社、そして日本の脱炭素化も促進へ

アストラゼネカ日本法人のステファン・ヴォックスストラム社長は、「気候変動は公衆衛生における緊急事態。ワクチンもなければ、誰一人として免疫を獲得することはできていない」と語り、できる限り早急にカーボンゼロを目指していくことが必要だと強調した。

同社は、2025年までに世界で自社事業からの温室効果ガス排出量をゼロにし、2030年までにバリューチェーン全体でカーボンネガティブを目指す。そのために最大で10億ドル(約1150億円)を投じる方針だ。

気候変動の指針について、同社長は「アストラゼネカにとって“健康(Health)”はビジネスの要。人々の健康、地球の健康がビジネスの健康にもつながっていく」と説明。

アストラゼネカは日本で、2020年からの国内事業所の消費電力に関しては、J-クレジット制度(CO2などの温室効果ガスの排出削減量や吸収量を「クレジット」として国が認証する)を用いることで再生可能エネルギー100%を達成。また、2021年からは新東京オフィスで100%実質再生可能エネルギーの利用を始めた。

営業車についても、都市であれば車が必ずしも必要でないため、101人のMR(医療情報担当者)・DM(営業所長)が営業車をやめ、公共交通機関やカーシェア、レンタカーの利用に切り替えたという。今後、営業車として利用している1800台のハイブリッドカーを、2021年末に100台、2022年末までに500台、2025年には全車を電気自動車に切り替えることを目指している。

そうした企業の取り組みに対し、79%の従業員がアストラゼネカのサステナビリティは働きがいのある職場の創出に寄与していると回答しているそうだ。従業員は社内外、さらにその家族も含め使い捨てプラスチックの削減に取り組む「mymizuチャレンジ」にも取り組んでいるという。これは一般社団法人Social Innovation Japanのプロジェクトであるmymizuが提供するアプリを使ってペットボトルの削減量やCO2削減量を可視化するというものだ。

ヴォックスストラム社長は、日本政府に再エネの電力比率の増加、電気自動車の充電ステーションの充実化、医療部門の排出量削減策やカーボンプライシングなどについて提言する方針を示した。

「待ったなし。今こそ行動を起こす時。これは競走ではない。多くの企業が参加してムーブメントにしていかなくてはならない。みんなが参加して、良くしていく。われわれ一社が勝者になるのではなく、すべての企業が勝者になるのだ」

国内唯一の生産拠点、米原工場 廃棄ごみ問題の解決も

琵琶湖近くにある米原工場は、1998年に操業を開始した同社の日本国内唯一の生産拠点であり、包装工場として、医薬品の包装や小分け、表示、そして最終製品の品質を確認後に市場へ出荷している。2021年10月時点の社員は約200人だ。

メディア発表会で同社オペレーション本部長の濱田琴美氏は、同社のグローバル全体のCO2排出量のうち、78%が工場からの排出であることからも「工場の役割は非常に大きい」と強調。

米原工場ではエネルギー効率の高いコンプレッサーや、人感センサーを併設したLED照明を取り入れるなどして電気使用量の削減に努め、2020年にはJ-クレジット制度を用いて、それら消費電力の100%再生可能エネルギーへの転換を実現。

さらに2021年中には給湯器の電化によってゼロカーボンを、2022年春には敷地内に設置したソーラーパネルを稼働させることで消費電力の20%を賄う予定で、カーボンネガティブを視野に入れていることを説明した。

製品自体の環境配慮にも積極的だ。約90%の錠剤について、パッケージを環境負荷が低いポリプロピレンに切り替え、錠剤の入った箱に関しても100%再生紙を利用。この二つについては、海外工場でも取り入れるよう、日本から提言している。また添付文書の電子化についても「紙がなくても薬の情報にアクセスできるという顧客の利便性」と、紙資源の削減への貢献の両方の観点から、全製品に適用する方向で進めている。

そんな同工場が今、特に課題意識を強く持っているのが、商品包装時に生じる廃棄ごみ(廃PTPシート)の問題だ。パートナー企業とともに施行錯誤した結果、アルミニウムとプラスチックを分離してリサイクルする新技術を、2021年10月に「おそらく日本で初めて」確立。2023年までに商業ベースにのせ本格運用していく見通しという。

社員一人ひとりの行動が肝となる草の根的な活動にも力を入れる。有志20数人からなるチームが食堂でのフードロス削減に取り組んだり、工場を挙げて琵琶湖の清掃や稚魚の放流といった環境保全活動や、マイボトル・マイ箸の啓発、段ボールをリサイクルしてトイレットペーパーに交換したり。濱田氏は「小さいものの積み重ねが大きなインパクトになる。社員の行動変革こそが推進力」と語り、グローバルなサステナビリティ目標を支える独自の企業風土を伝えた。

新東京オフィス、前例のなかったテナント単位での再エネ導入

光武氏、鯉渕氏、田中氏

一方、発表会では、同社が工場以外で推進するサステナビリティについてフォーカスしたトークセッションも行われ、2021年5月に東京・田町へ移転した新東京オフィスでの実質100%再生可能エネルギーの取り組みについて、同社サステナビリティディレクターの光武裕氏が紹介した。

オフィスがあるのは東京ガス不動産、三菱地所、三井不動産が共同事業者として開発を行った「msb Tamachi (ムスブ田町)」のテナントビル「msb Tamachi田町ステーションタワーN」の34、35階であり、取り組みは「オーナーにソーラーパネルを付けてくださいとは言えないが、なんとかクリーンなエネルギーを使えないか」と相談を持ち掛けるところから始まった。それというのも現状、日本では再生可能エネルギーの利用は、ビルや工場単位であるのが一般的で、オフィステナント単位での利用は事例が限られているからだ。

セッションには三菱地所の鯉渕祐子・スマートエネルギーデザイン部長と、電力の取次店である東京ガスエンジニアリングソリューションズの田中一史・地域エネルギー事業部営業推進グループマネージャーも加わり、それぞれの立場から、同オフィスへの再生可能エネルギーの導入がいかに難しかったかに言及。

鯉渕氏は「テナントからそういった要望をもらったのは初めてだった。通常、電力の契約はテナント別に分かれていない。ビル全体で再生可能エネルギーに置き換えられればいいが、他のテナントで望んでいないところもある。難題だった」、田中氏も「最初は戸惑った。ただ、この数年間で脱炭素の流れは大きくなっている。『できる・できない』は後にして、真剣に受け止めようと思った」などと述べ、決断の重みを感じさせた。

田中氏によると、「より再エネとの結びつきが強い、言わば顔の見える再エネを」という観点から、非FITの発電施設からの電力の使用を提案し、電力の調達会社や三菱地所の協力があって、複数社の入居するオフィスビルで、34、35階のアストラゼネカだけに水力発電の電気が届く仕組みが実現した。これにより、同ビルとして年間約373トンのCO2削減が見込まれるという。

セッションでは昨年10月時点でmbs Tamachiに入居する計6テナントが、同様のエネルギーを使用したいと希望していることが明かされ、田中氏は「アストラゼネカが口火を切ったことで流れができた」と評価。これを受け、光武氏が「さらにこの動きを田町以外にも広めるにはどうすれば?」と問いかけると、鯉渕氏は「真摯にテナントの理解を得て、弊社とテナント側が仲間として取り組むことが必要。ビルの中でまちを作っていく中でどうやって脱炭素を実現していくかを常に考えていきたい」と強調。田中氏も「エネルギーの自由化が進んでいる中で、どう選んでもらうか。お客様の声は宝物であり、丁寧に対応していくことが新たなビジネスにつながり、社会全体の変化にもつながる」と意気込みを語った。

最後に光武氏は「短期間でプロジェクトを実現できたことに改めて感謝する。これからもいろんなイノベーションを実現するためにアンテナを張り続け、仲間を増やしていきたい」と決意を新たにした。世界中の誰もが医療サービスと治療にアクセスできるよう「ゼロカーボンのその先へ」を目指す同社のサステナビリティ戦略における次なる一手が注目される。

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