名古屋出入国在留管理局で、スリランカ人女性が収容中に死亡してから3月6日で1年。亡くなるまでの詳細な経緯が、入管当局から遺族や国会議員に開示された一部の録画などで明らかになってきた。遺族らは真相を究明するため、国家賠償を求める訴訟を起こすとともに、「再発防止のため、収容制度を抜本的に改革するべきだ」と訴えている。
録画を見た関係者らの証言や出入国在留管理庁の資料などを基に、改めて経緯をたどってみた。(共同通信編集委員=原真)
▽295時間のごく一部を開示
収容中の外国人の動静を把握するため、入管当局は監視カメラでビデオを撮影、録画することがある。亡くなったウィシュマ・サンダマリさん=死亡時(33)=については、昨年2月22日以降の計295時間の録画が残っている。
入管庁は当初、録画の開示を拒否していたが、人道的配慮から昨年8月、遺族に1時間余りを見せた。さらに10月から今年1月にかけて、遺族・弁護士が裁判所に請求した証拠保全手続きで約4時間、衆参両院の法務委員会の会合で約6時間半、いずれも関係者だけに開示した。
一方、入管庁は昨年8月、ウィシュマさんの死亡に関する最終調査報告書を公表した。具体的な死因の特定は困難で、仮放免を不許可としたことにも相応の根拠があるが、常勤医師を確保できていない医療体制の制約があり、職員の意識も不十分だったと指摘。非常勤医師の増員など、運用の改善に着手している。
▽支援者が求めた仮放免は不許可に
ウィシュマさんは2017年、日本で英語教師になることを夢見て来日した。ところが、在留期間を超過したため20年8月、名古屋入管に収容された。同居していたスリランカ人男性からドメスティックバイオレンス(DV)を受けていたと話したが、入管ではDV被害者として保護されなかった。
体に変調を来したのは21年1月中旬。吐き気が続き、食事を十分に取れなくなった。入管内で診察した非常勤医師(内科)は、当初は鎮痛剤、後に食道炎の治療薬などを処方した。
2月3日には歩けず、車いすに乗るようになり、面会した支援者は、収容を一時解く「仮放免」を入管に求めた。2月5日、外部の病院(消化器内科)で胃カメラ検査を受けたものの、異常は見つからなかった。
2月15日には、尿検査で脱水や栄養失調の状態と判明した。2月16日に入管内で診察した非常勤医師(整形外科)は、器質的な問題が認められなかったことから、精神科の受診を勧めた。だが、入管は仮放免や入院を許可しなかった。詐病を疑い「仮放免を不許可にして立場を理解させ」、帰国するよう説得する必要があると判断した。
▽床の上で3時間近く寝た
最も古い録画は2月22日のものだ。視聴した遺族代理人の駒井知会弁護士は、ウィシュマさんは同日、既に「ベッドに力なく横たわり、ほとんど動きがなかった」と説明する。
2月24日には、大きなうめき声を上げて「担当(入管職員)さん、口から血、鼻から血。私、死ぬ」などとインターホン越しに叫んだ。階猛衆院議員(立憲民主党)によると「断末魔のような声。にもかかわらず、職員は『我慢して』と放置した。ウィシュマさんはその後、何を言っても駄目という感じで、意思を持って話す場面はないように感じた」。
2月26日早朝、ベッドから落ちたウィシュマさんは、自力で上がれなかった。山添拓参院議員(共産党)によれば、職員2人が部屋に来たが、持ち上げるに至らず「大きい声出さないで、みんな寝てるから。ごめんね」と言って去った。結局、3時間近く床の上で寝た。「深刻な状態の人に、職員は普通に接しており、危機感がうかがえない」と山添議員。
3月1日の夕食時、カフェオレを飲んでいてむせると、職員が「鼻から牛乳や」と笑った。
3月2日には、職員2人がベッドの上を移動させる際、「重たいわ」と繰り返した。
▽仮放免すれば良くなる
3月3日、面会した「外国人労働者・難民と共に歩む会(START)」メンバーに「頭がしびれる。耳の中で電車が走るような感じ。手足がちゃんと動かない。水も飲めない」と伝えた。メンバーは入管に「このままでは死んでしまう」と訴え、すぐに入院させるよう要請した。
食事の際、職員がスプーンでかゆを口に運ぶたびに、吐いてしまう。それでも、「はい次」と口に運ぶ。駒井弁護士は「食べるのが難しいのに、食べさせようとすること自体、極めて残酷だ」と憤る。
3月4日に外部の病院(精神科)で頭部CT検査を受けたが、異常はなかった。医師は「病気になることで仮釈放(仮放免)してもらいたいという動機から、詐病・身体化障害(いわゆるヒステリー)を生じたことも考え得る」と診断。同行した入管職員に「仮放免されるまでは治らないのではないか」と伝えた。カルテにも「仮釈放(仮放免)してあげれば、良くなることが期待できる。患者のためを思えば、それが一番良いのだろうが、どうしたものであろうか」と書き込んでいる。
▽最後のチャンス
3月5日朝、血圧や脈拍が測定できなかった。遺族代理人の指宿昭一弁護士によると、「あー!」と甲高い叫び声を上げ、職員が手を振っても反応がない。「あの状況で、なぜ救急車を呼ばなかったのか。最後のチャンスだった」と指宿弁護士。
午後には、看護師がリハビリとして手足を動かした。「痛がって悲鳴を上げているのに、看護師は『大丈夫』と。地獄絵図だった」。駒井弁護士は言う。
入管はウィシュマさんの体調をある程度回復させた上で、仮放免させる方針を固め、本人にも同日、「少し直してから」などと仮放免を示唆した。しかし―。
3月6日。有田芳生参院議員(立民)によれば、朝から職員が何度声を掛けても、反応はなかった。午後1時23分までは首を動かすことはあったが、2時7分に職員が部屋に入ったときには脈はなく、救急車で病院に搬送、死亡が確認された。体重は63・4キロ。約半年前の収容開始時から21キロ余り減っていた。
有田議員は「医療放棄、介護虐待の結果、命を奪われた。緩慢なる殺人と言われても仕方がない」と指摘した。
妹のポールニマさんは「姉が亡くなって1年になるのに、いまだに真相は分からない。こんな悲しいことを2度と繰り返してほしくない」と話す。
▽収容で帰国を迫るのは拷問
指宿弁護士は「2月15日の尿検査の結果は飢餓状態を示しており、録画が残る最初の2月22日から自力で動くことができない状態で、即刻入院させるべきだった。入管は、ウィシュマさんが病気のふりをしているとの観念で凝り固まっていたのではないか。収容を続けて精神的、肉体的な苦痛を与え、帰国させようとするのは拷問だ」と強調する。
ウィシュマさんを含め、入管収容中に死亡したのは、2007年以降だけで17人に上る。これ以上、悲劇を招かないために、指宿弁護士は(1)非正規滞在者を原則として全員収容する現行制度を改め、逃亡の恐れがある人らに限定する(2)刑事事件で身柄を拘束する逮捕・勾留と同様、収容の是非を裁判所が審査するようにする(3)例えば6カ月などと、収容期間に上限を設ける―ことを求めている。