岸田首相に対話呼び掛け 韓国大統領選キーパーソンに聞く(番外編) 文在寅大統領

写真撮影に応じる韓国の文在寅大統領=2月(アジア太平洋通信社機構合同取材団・共同)

 韓国大統領選の両陣営キーパーソンに日韓関係や北朝鮮政策について聞く連続インタビュー、最後の5回目は番外編として文在寅大統領。日韓や南北関係に関し、共同通信など海外主要通信社の質問に書面で答えた。「日本の首相とのコミュニケーション(の窓)は常に開かれている」と強調し、岸田文雄首相に対話を呼び掛けている。一方、日本側が「佐渡島の金山」(新潟)の世界文化遺産登録を推進していることには「憂慮」を表明。直接批判は初めてだ。5月の任期満了前に日韓関係改善を図りたい意向もにじませたが、歴史問題で双方の歩み寄りは困難な情勢だ。(ソウル共同=岡坂健太郎)

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 ▽日韓歴史問題「接点見いだせず残念」

 韓国は、佐渡金山は朝鮮半島出身者が強制労働させられた被害の現場だとし、登録に反対している。文氏は登録推進は遺憾だとした上で「歴史問題の解決と未来志向的な関係発展を模索すべき時に(新たな歴史問題が浮上し)憂慮すべきことだ」と述べた。元徴用工や元慰安婦問題を巡り「外交解決のため努力してきたが、いまだに接点を見いだせず残念だ。被害者が納得できる解決策を模索し、真の和解を図るには歴史への真摯な姿勢と心が最重要だ」と訴えた。

当時首相の安倍晋三氏と韓国の文在寅大統領(右)=2019年6月、大阪市(敬称略、ロイター=共同)

 一方で、日韓は「北東アジアや世界の平和、繁栄のために協力していかなければならない隣国だ」と指摘。気候変動やサプライチェーン(供給網)構築への対応での協力にも触れ「(韓国の)次の政権も韓日関係の発展に向け尽力していくと期待している」と述べた。

 キーワード:最近の日韓関係

 韓国最高裁が2018年秋、日本企業に元徴用工らへの賠償を命じる確定判決を相次いで出し、急速に関係が悪化した。19年7月には日本政府が半導体材料の輸出規制を強化したため韓国側が反発、日本製品の不買運動が起きた。韓国政府は同8月、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を通告。失効直前で当面維持に転じた。ソウル中央地裁は21年1月、日本政府に元慰安婦の女性らへの賠償を命令し、日本政府が強く反発した。

 両国民がドラマや音楽など互いの文化を楽しみ、若者の生活に浸透し「互いへの好感を高めるのに大きく貢献している」と指摘、未来志向の関係構築の基礎となることに期待を表明した。新型コロナウイルスの困難を両国民が乗り越え「交流を正常化し(双方の)人的交流千万人時代を再び迎えてほしい」と述べた。

 ▽ハノイの米朝首脳会談が成功していれば…

 南北関係については、2017年に北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射や核実験が相次いだ朝鮮半島で「一触即発の戦争の危機」の状況が生じたものの「劇的に始まった南北と米朝首脳会談は、戦争の暗雲を一挙に吹き飛ばし、これまで朝鮮半島の平和と安定を守ってきた」と自賛した。18年9月に韓国大統領として初めて北朝鮮の首都平壌で市民らを前に演説したことは「南北関係で最高の場面だったと評価したい」とした。

 その上で、ハノイで19年2月に行われた2度目の米朝首脳会談の決裂を「極めて残念だ。成功していれば北朝鮮の非核化とともに、米朝や南北関係が大きく変わっただろう」と悔やんだ。「少なくとも対話継続が担保されるべきだったのに、ノーディール(取引なし)で終わったのが非常に残念だ」と振り返った。

2019年2月、ハノイで会談するトランプ米大統領(当時、右から2人目)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左から2人目)ら(朝鮮中央通信=共同)

 決裂を受けて南北関係も悪化。20年6月には関係改善の象徴だった開城の南北共同連絡事務所を北朝鮮が爆破している。

 ▽退任後、北朝鮮特使の可能性排除せず

 文氏は、今年に入り異例のペースでミサイルを発射した北朝鮮について、ICBM発射の凍結を破棄するなら「朝鮮半島はあっという間に5年前の戦争の危機に舞い戻りかねない」と懸念を表明。「問題解決には対話しかない」と米朝双方に歩み寄りを促し、バイデン大統領と金正恩朝鮮労働党総書記による首脳会談実現に期待を示した。

 自ら提唱してきた朝鮮戦争の終戦宣言は「敵対関係の終息と相互信頼の増進」に寄与すると重ねて強調。米韓は文案で意見が一致しており、中国も宣言を支持しているとした。5月までの任期中の宣言は「過度な欲求かもしれない」としつつ、環境を整備して次期政権に引き継ぎたいとした。

 残る任期中に金氏と再会談する可能性については「前提条件はない」としつつ、3月の大統領選の結果に左右されるとの認識を示した。革新系与党「共に民主党」より北朝鮮に厳しい姿勢を取る保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦前検事総長が当選した場合、実現の可能性は低まりそうだ。

韓国の文在寅大統領(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長夫妻=18年9月(平壌映像共同取材団・共同)

 退任後、対北朝鮮特使を要請された場合の対応については「特別な状況が生じれば、その時判断する問題だ」と述べ、可能性を排除しなかった。カーター元米大統領が退任後、核開発疑惑が拡大した1994年の北朝鮮核危機の際に訪朝して金日成主席と会談し、収束に貢献した例を挙げた質問に答えた。

 ▽韓国は「世界トップ10の国に」

 対立が深まる米中関係を巡り、米国は「唯一の同盟国」、中国は「朝鮮半島とつながる隣国であると同時に最大の交易国で、戦略的協力のパートナー」と位置付けた上で「米中関係は北東アジアの平和と安定に多大な影響を及ぼす。米中間の意思疎通と協力を促進するために寄与することも、韓国政府に必要な役割だ」とした。「日中関係も域内の平和と繁栄に寄与する方向に発展するよう期待する」と述べた。

 2019年12月に中国で開かれて以来、再開のめどが立っていない日中韓3カ国による首脳会談については「政治的な理由で開かれないのは決して好ましくない。北東アジア域内の協力増進はもちろん(韓中、韓日など)3カ国間の2国間関係も発展する好循環の仕組みを作るため共に努力すべきだ」と呼び掛けた。

 文氏は16年5月、朴槿恵前大統領の弾劾・罷免を受けた大統領選で当選し、引き継ぎ期間なしに翌日に政権が発足したにもかかわらず「北朝鮮の核危機や日本の輸出規制(強化)、世界経済秩序の急変、新型コロナなど多くの危機を乗り越えここまで来た」と強調。「韓国は経済、国防、外交、文化、保健医療など総合的に世界トップ10の国となり、第2次世界大戦後に発展途上国から先進国に昇格した唯一の国となった」と自負心を示した。

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 文 在寅氏(ムン・ジェイン) 53年1月、韓国・巨済生まれ。両親は朝鮮戦争中に北朝鮮側から逃れてきた。慶熙大卒。在学中の75年に民主化運動で投獄された。80年、司法試験合格。82年、後の大統領、故盧武鉉氏と法律事務所を開業。03年発足の盧政権で大統領民情首席秘書官。07年大統領秘書室長。17年5月に大統領就任。

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