米国でも指折りのギリシャ系移民の街、クイーンズ区アストリア。街をそぞろ歩けばギリシャ料理店がいくつも点在していることに気付く。今号は日本人の舌にも合うギリシャの味を探訪、併せてギリシャ人街の成り立ちにも迫る。(取材・文/加藤麻美)
ギリシャ料理の特徴は、イタリアやスペインなど地中海沿岸の他の国々と同様、調理法が至ってシンプルなこと。焼くか揚げるか炒めるかのいずれかで、味付けにはオリーブオイルやニンニク、トマト、レモン汁、ヨーグルト、オレガノやミント、ディルなどのハーブ、ナッツ、ハチミツなどを使う。
あれこれ手を加えずに食材本来の味を大切にする点は和食と相通じるものがあり、日本人の舌にも合う。肉や卵、乳製品を控えめにし、野菜や魚介類を多用することから生活習慣病の予防や痩身(そうしん)効果も。血中の悪玉コレステロールを減少させるオレイン酸、肌を健やかに保ち免疫機能を維持するビタミンAや抗酸化作用を持つビタミンEを豊富に含むオリーブオイルや、細胞再生に欠かせないビタミンB2、カルシウム、脂肪燃焼を促進する脂肪酸を多く含むフェタチーズなど、ギリシャ伝統の食材を取り入れた「地中海式ダイエット」は、健康志向の高い人たちの間ですっかり定着している。
近隣住民の憩いの場、アテネパーク。花こう岩の台座に乗ったブロンズ像は哲学者ソクラテス
ギリシャ人憧れの地、アストリア
アストリアの歴史は17世紀初頭までさかのぼる。大半が農地だった同地に最初にやって来たヨーロッパ人はオランダ人で、当時はアメリカ先住民と一緒に暮らしていた。やがてイギリス人が入植し、クイーンズの土地の多くを買い占め、先住民を追い出した。19世紀にはドイツ人が多く移住。その筆頭がスタインウェーピアノの創業者ヘンリー・スタインウェーだ。
家具製造の技術をもとにピアノ製造に着手し、米国に新天地を求めて移住したのが1853年。約20年後、アストリアにピアノ工場を開設した。工場労働者のための住宅地を開発し、教会や幼稚園、トロリーや娯楽施設まであつらえ、「城下町」となった同地10番街はスタインウェーストリートと改称され、かつての栄華を今に伝えている。
アイルランド、イタリア人の入植に続き、ギリシャ人がアストリアにやって来たのは1960年代に入ってから。70年代にその数は30万人に急増し、本国やキプロス、オーストラリアのメルボルンに次ぐ規模のギリシャ人街に成長した。
ヨーロッパ風の低層住宅が並び、マンハッタンまで地下鉄で15分、加えて家賃も手頃。ギリシャ系の商店が立ち並び、ギリシャ語の新聞が売られ、学校や教会ではギリシャ語が話され、アストリアはギリシャ人の「憧れの地」と呼ばれた。
アストリアには現在、チェコスロバキア、ポーランド、ボスニア・ヘルツェゴビナ、トルコ、アラブ諸国や中南米、ブラジルからの移民に加え、日本や韓国などアジア出身者が多く流入し、同地に店は構えていても実際に移住するギリシャ人は減少傾向だという。しかし、ギリシャ系移民が同地に残した足跡は揺るぎないもので、点在するギリシャ料理店はその代表例だ。
NYのコーヒーカップといえば
MoMAのギフトショップでは「ニューヨークコーヒーカップ」として販売(16ドル)
1980年代から2000年にかけて、デリや屋台で買う75セントコーヒーはほぼ全てこの紙コップに入っていた。ホロコーストを生き延びたチェコ系ユダヤ人移民のレスリー・バックが1963年、経営者にギリシャ系移民が多かったダイナーやデリにテイクアウト用のコーヒーカップとして制作。青と白はギリシャ国旗へのオマージュで、書体は古代アテネのレタリングに由来している。
最盛期の94年には5億個以上も販売したが、2010年には製造を停止。現在はライセンス販売でデザインのみが存続している。「ザ・ソプラノズ」「ロー&オーダー」などのテレビシリーズや映画でニューヨークを象徴する小道具として登場しているのにも注目!
おすすめの店3選
メディア絶賛の店や行列ができるトラックなど、アストリアに来たら必ず寄ってほしい店をご紹介!
パンデミックもなんのその! 移転拡張した人気店
タベルナキクラデス
地元住民イチオシ、メディアでも高評価の店がここ。取材に訪れた週末のランチタイムは極寒にもかかわらず満席で、席待ちの人が入り口に並ぶほど。
前菜はタラモサラタ(魚卵とニンニク、ジャガイモを練り合わせたディップ)やスコルダリア(ニンニクを練り込んだマッシュポテト)、サガナキ(ハロウミチーズ=P5参照=のパンフライ)など伝統的メニューが18種類。メインコースの魚介もスズキ、メカジキ、エビ、イカ、ホタテなど18種類ある。
白と青を基調にした爽やかな内装
調理法は、客の好みに応じて直火で焼く、油で揚げる、フライパンでソテーするといったシンプルなもの。キクラデススペシャル(2人分で48ドル=写真一番上)は、ヒラメ、ホタテ、ロブスター、カニ肉を詰めたクラムとエビをオーブンで焼いた豪華版。サイドにはオレガノ、レモン汁、オリーブオイルでマリネしたレモンポテトを注文しよう。
ギリシャ風カスタードパイがサービスで付く
Taverna Kyclades
3307 Ditmars Blvd., Astoria, NY 11105
TEL: 718-545-8666/tavernakyclades.com
週末はカオス状態? 魚屋とレストランが合体
アストリアシーフード
ビニール袋に食べたい魚を入れ、好みの調理法(グリル、フライ、ソテー)を伝えて支払いを済ませるファストフード形式の店。鮮魚店としても利用でき、店頭で調理してもらう場合は魚の値段に調理代が上乗せされる仕組みだ。
この日は30センチほどのヤリイカをフライに、イワシをグリルに、付け合わせにアスパラガスとブロッコリーを注文し、締めて27ドル(写真一番上)。食べ切れずに持ち帰ったヤリイカのフライは、しっかりと味が濃く、冷めても外はカリッとクリスピー。リピート確実の旨さだ。
三代続く鮮魚店が経営
簡素で鮮魚店特有の生臭さが漂う店内にもかかわらず、いつも大にぎわい。週末は地元住民のみならず、観光客や遠方から来た客で立すいの余地がないほどのカオスとなる。BYOB(Bring your own bottle= 酒類の持ち込み可)なので、事前にワインやビールを買って行くべし。
週日の隙間時間が狙い目
Astoria Seafood
3710 33rd St., Long Island City, NY 11101
TEL: 718-392-2680/astoriaseafoodnyc.com
胃袋を刺激する匂いが辺り一面に漂う
キングスブラキ
スブラキとは、食べやすい大きさに切った肉(主に羊肉)を串焼きにしたギリシャの代表的ストリートフード。トルコのシシケバブや日本の焼き鳥と同様、肉の鮮度と、シーズニング(調味料)の妙、焼き加減で味が左右される。
「キングスブラキ」は、地下鉄Nラインの高架下で午前11時から深夜(週末は午前3時)まで営業するフードトラック。1ブロック先から胃袋を刺激する匂いが漂う、行列のできる人気店だ。
自家製フライドポテトにもファンが多い
肉はマトン、ポーク、ビーフ、チキンの中から選べるが、ポークが断然おすすめ。ボリュームたっぷりのプラッター(13ドル、写真一番上)は、串焼き2本、自家製フライドポテトまたはライス、サラダ、ピタ、ザジキ(P5参照)が付く。
棒に薄切り肉を重ねたものを炙り、そぎ落としてピタに挟んで食べるギリシャのソウルフード、ジャイロも試してみよう。
ベイサイドやマンハッタンにも支店あり
King Souvlaki
31st St. & 31st Ave., Astoria, NY 11106
TEL: 917-416-1189/kingsouvlakinyc.com
ギリシャ食材を買うなら!
タイタンフーズ
Titan Foods
ギリシャおよび周辺諸国の食材を集めた店としては北米一の規模。肉、魚、野菜、菓子、ハーブ、ジャム、ナッツなどありとあらゆる食材をそろえる。特にフェタチーズと塩漬けオリーブのラインアップは圧巻。
25-56 31st St., Astoria, NY 11102
TEL: 718-626-7771/titanfoods.com
メディタレイニアンフーズ
Mediterranean Food
1974年創業のグルメ食材店。ギリシャチーズとオリーブオイル、ハチミツ、ナッツ、ジャム、菓子の他、ムサカ(野菜と肉のグラタン)やドルマデス(米にタマネギやひき肉を混ぜ、ブドウの葉で巻いて煮たもの)など総菜類も充実。
30-12 34th St., Astoria, NY 11103
TEL: 718-728-6166/mediterraneanfoodsny.com
アストリアのランドマーク的存在
オモニアカフェ Omonia Cafe
クルミをまぶしたギリシャのスポンジケーキ、カリドピタ(6.25ドル)。グリークコーヒーはエスプレッソに似た味
ギリシャ移民のジョン・アルバニティスさんが1977年に創業したヨーロッパスタイルのカフェ&ダイナー。カクテル、ワイン、ビール、バーガー、ピザ、サラダ、パンケーキ、クレープ、ケーキにパイとメニューの数と種類は膨大だが、やはりここではギリシャ菓子とグリークコーヒーを注文したい。2002年公開のヒット映画「マイ・ビッグ・ファット・グリーク・ウェディング」で登場したウェディングケーキも製造。午前6時から深夜2時まで年中無休で営業。
カラフルなケーキがずらりと並ぶ
32-20 Broadway, Astoria, NY 11106/TEL: 718-274-6650/omoniacafe.com
おすすめはこれだ!
毎日の献立作りに重宝するギリシャ食材を厳選。タコやイカのオリーブオイル漬けやフィロ(イーストを含まないパイ生地)を使った冷凍総菜パイもおすすめ。 *価格は店によって異なる
タラマ Tarama
コイの卵を塩漬けにして1年間熟成させた珍味。トースターで軽く炙れば、まさに日本のタラコ。おにぎりやお茶漬けにもいける。マヨネーズを加えてディップにしても。
ザジキ Tzatziki
ヨーグルトにキュウリ、ニンニク、ディル、オリーブオイルなどを加えて作るソース。さっぱりと爽やかな味は、肉・魚料理によく合う。
ハロウミチーズ Halloumi
1.5センチ幅にスライスして、オリーブオイルまたはバターを熱したフライパンで焼けば、ギリシャ定番の前菜、サガナキの出来上がり。小麦粉をまぶして焼けば、カリッと仕上がる。
ラケルダ Lakerda
(サバのオリーブオイル漬け)
ハラペーニョとパクチーであえて、レモン汁をかければワインのお供にぴったり。
スパナコピタ
Spanakopita
ホウレンソウのパイ(左)とフェタチーズのパイ。オーブンで軽く温めて。