若者票をつかめ!韓国大統領選、大混戦でばらまきも 「公約コピー」で主張似通う両候補、本当に実現可能なのか

ソウルでの選挙運動出陣式で若者世代とパフォーマンスを行う保守系最大野党の尹錫悦候補(中央)=2月15日

 革新系与党「共に民主党」候補の李在明・前京畿道知事と、保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦・前検事総長が激しく競り合う韓国大統領選。根深い保革対立の中で、今回キャスチングボートを握るとみられているのが18歳~30代の若者世代だ。両候補は若者世代の心をつかもうと多彩な公約を掲げるが、空手形となる懸念に加え、相手候補の主張をなぞる「公約コピー」も横行。明確な違いは見えにくい。(共同通信=上嶋茂太)

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 ▽国の歴史に刻まれた保革対立

 「保守3割、革新3割、どちらにも属さない層が4割」

 韓国の政治状況は大きくこのように分類される。拮抗する保守と革新が、それ以外の層をどれだけ取り込めるかで勝敗が決まる構図だ。

南部・釜山で選挙運動の第一声を上げた与党の李在明候補(中央)=2月15日

 保革の対立は韓国の歴史に刻まれている。1945年に日本の植民地支配から解放された後、南北分断を経て、50年に朝鮮戦争が勃発。戦後の焼け野原から、朴正熙元大統領が60年以降の「漢江の奇跡」と呼ばれる経済成長を成し遂げた。

 一方で、朴正熙氏や全斗煥氏ら軍人出身の大統領による独裁政治への反発も根強く、「民主化の闘士」と評された金大中氏(後に大統領)らが反政府運動を展開。学生や市民によるデモなども活発化し、87年に民主化を勝ち取った。

 こうした闘争の歴史は、韓国社会の地域間や世代間に「分裂」を引き起こし、大統領選のたびに国を二分する激しい攻防を繰り広げてきた。

 地域対立では、朴正熙氏の出身地の南東部「慶尚道」と、金大中氏の出身地の南西部「全羅道」が代表的だ。また、朝鮮戦争の経験などから北朝鮮に対する警戒心が強い60代以上は保守、民主化運動の影響を受けた40~50代は革新を主に支持し、世代間の確執を生んできた。

 ▽文政権誕生時に期待した若者、今は失望

 

2017年の前回大統領選で当選を決め、支持者に応える文在寅氏=17年5月(共同)

 一方で、18歳~30代の若者世代の有権者は両親や祖父母の世代よりも相対的に政治理念が薄く、無党派層が中心だ。その時々の政治状況に応じ、選ぶ候補を変えるケースが多いとされる。 

 保守の朴槿恵前大統領の弾劾・罷免という前代未聞の事態を受けた2017年の前回大統領選では、朴槿恵氏への怒りから、若者世代が文在寅大統領の当選を後押しした。当時の出口調査では20代の47・6%、30代の56・9%が文氏を支持していた。

 しかし、文政権も不動産価格の高騰を招き庶民のマイホーム購入を難しくさせるなど、失策が相次いだ。期待が失望に変わり、行き場を失った若者世代の心をどちらがつかむのかが選挙戦の最大の焦点となっている。

 与党の李氏が「大きな政府」を志向するのに対し、国民の力の尹氏は「小さな政府」構想を披露し、当初は政策面で明確な違いが出るとみられていた。

 しかし、新型コロナウイルスの防疫措置によって営業制限などを強いられた自営業者への補償を巡り、両氏とも財源が不明確なまま50兆ウォン(約4兆8千億円)規模の財政投入を主張するなど「票を買おうとするばらまき競争」(韓国メディア)が活発化。対北朝鮮などの外交・安全保障政策では明確な違いがあるものの、特に若者世代をターゲットとする内政面の公約では大きな差が見えにくい状況となっている。

 ▽兵役ある若い男性は「給与3倍増」に期待

 公約の収れんを象徴するのが、兵士の月給問題だ。成人男性の兵役が義務付けられた韓国では、多くの男性が大学時代に休学して2年近くの兵役を務めるケースが多い。

 「時間の浪費」と思いながらもやむを得ず義務を果たす若い男性には、兵役のない女性の方が就職に有利な状況をつくりやすいとの不満がある。それなのに、文政権が女性差別解消政策を進めるのは「逆差別」と映る。最近、韓国で若い男性の「反フェミニズム運動」が熱を帯びるのは、兵役問題が大きく影響している。

与党の李在明候補の遊説に集まった支持者ら=南部・釜山、2月15日

 こうした中で、李氏は昨年12月、兵士の月給を「2027年には(現在の約3倍となる)200万ウォン(約19万円)以上にする」との公約を発表した。

 今年5月に軍入隊を控える19歳の男子大学生は「尹氏も李氏も信用できず、棄権も考えていたが、月給の公約を聞いて一瞬、李氏に心が揺れた」と振り返る。

 この男子大学生は「義務という名の下に犠牲を強いるなら、国家はそれにしっかり報いてほしいと思ってきた。十分な月給がもらえるなら、兵役の抵抗感も少しは減る。自分には適用されないかもしれないが、それでも後輩たちのことを考えた場合は非常に良い政策だ」と考えたからだ。

保守系最大野党の尹錫悦候補の遊説に集まった支持者ら=ソウル、2月15日

 しかし、その約2週間後に尹氏も全く同じ公約を発表。両者の主張に違いは無くなった。そもそも兵士の月給引き上げは、職業軍人で兵士らの上司にあたる下士官や将校らの給与体系にも影響を及ぼすため「膨大な財源に加えて、複雑な議論が必要」(韓国メディア)として実現を疑問視する声は根強い。

 男子大学生は「その後の議論を見ても、両候補が具体的にどのように実現させようかとしているのかがよく分からない」と困惑。文政権の男女平等政策を「逆差別」と考えており、尹氏が女性の社会的地位向上などを担う「女性家族省」の廃止を公約に掲げていることから「消去法で尹氏に傾いているが、もう少し様子を見たい」と話す。

 ▽不動産対策、仮想通貨…若者に「こびる」両候補

 若者世代に向けた公約のコピーはこれだけにとどまらない。

 韓国では、不動産価格高騰により「まじめに働いても家は買えない」との思いから一発逆転を狙って仮想通貨に熱中する若者も少なくない。こうした中、尹氏が仮想通貨取引で得た収益の非課税範囲を現行の250万ウォンから5千万ウォンに引き上げるとの公約を発表すると、李氏もすぐに追随を表明した。

南部・釜山で支持者と握手する与党の李在明候補(手前右)=2月15日

 争点の一つの不動産価格対策でも財源などは不明確なまま、そろって250万戸以上の大規模な住宅供給を提示している。韓国の政治学者は、自身に不利な相手の公約をすぐに追いかける現象について「自らの国家観やビジョンに基づいて公約を争うのではなく、有権者の関心を引くことだけに終始しているからだ」と苦言を呈す。

 ▽二人ともすねに傷あり「負ければ監獄」

 選挙戦の最終盤が近づいても、情勢に変化を及ぼしそうな「変数」は相次いでいる。

 尹氏は2月9日付の韓国紙のインタビューで、当選すれば文政権の不正を捜査すべきだとの考えを表明。文氏が「強い怒り」を示し、謝罪を求める異例の事態となった。

ソウルで選挙運動の第一声を上げた保守系最大野党の尹錫悦候補、2月15日

 李氏は都市開発を巡る疑惑、尹氏は職権乱用疑惑などがあり、もともと今回の選挙は「負けた方が監獄へ行かなければならない選挙」(重鎮議員)と評されてきた。危機感を募らせた与党陣営では「文大統領を守れ」との声が噴出。支持層結集につながるとの観測も出ている。

 スキャンダル報道はなおも過熱している。尹氏の妻がインターネットメディアの記者と通話した内容が暴露されたのに続き、李氏の妻にも新たに疑惑が発覚した。

 李氏が京畿道知事を務めていた時期に、李氏の部下にあたる公務員に私的な雑用をさせていた疑いや、本来は公務用の支払いだけに使える法人カードで牛肉などを購入していた疑いが報じられ、李氏が2月3日に謝罪に追い込まれた。

 投開票は3月9日。「何が起きるかは分からない」(国民の力関係者)状況は選挙後も続くのかもしれない。

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