絶対に知っておくべき プーチンの誤った歴史観|名越健郎 プーチン大統領はなぜ時代錯誤で野蛮な全面戦争を仕掛けたのか。ウクライナ攻撃命令を下した背景には、エカテリーナ女帝を崇拝するプーチン独自の歪んだ歴史観がある。名越健郎拓殖大学海外事情研究所教授が緊急寄稿!

なぜ全面戦争を仕掛けたのか

ロシアのプーチン大統領は2月24日、ウクライナへの「特別軍事作戦」を軍に命じ、ロシア軍が北、東、南の3方面からウクライナに侵攻した。一方的に戦争を仕掛ける侵略行為であり、欧州は第二次世界大戦後、最も深刻な安保上の危機に直面した。

ロシア軍は初日の攻撃で、ウクライナ各地の防空施設や空軍基地70カ所以上を巡航ミサイルで攻撃して制空権を確保。続いて地上部隊が進撃した。ロシア側は首都キエフを制圧し、ゼレンスキー政権の追放を狙っているようだ。

それにしても、プーチン大統領はなぜ時代錯誤で野蛮な全面戦争を仕掛けたのだろうか。北大西洋条約機構(NATO)加盟を防ぐ地政学要因や過剰な安全保障意識が指摘されるが、それ以上に「ウクライナはロシアの一部」とするいびつな歴史観が影響している。ここでは、攻撃命令につながったプーチン氏の屈折したウクライナ観を分析する。

「ウクライナは国ではない。神がロシアに与えた特別な場所だ」

プーチン氏は2008年4月のNATO・ロシア首脳会議で、ブッシュ米大統領に対し、「ジョージ、君は間違っている。ウクライナは国ではない。神がロシアに与えた特別な場所なのだ」と述べたことがある。

この時のNATO首脳会議は、ウクライナとジョージアを期限を決めずに将来、NATOに加盟させることで合意しており、プーチン氏はその決定に激怒したようだ。

4カ月後の8月、北京五輪開会式の日にロシア・ジョージア戦争が勃発し、ロシア軍がジョージアに侵攻、一カ月以上制圧した。これは、NATO加盟を切望し、反露外交を進めたジョージアへの懲罰攻撃だった。

領土を拡大したエカテリーナ女帝を崇拝

ただ、ロシアがそれ以降、ジョージアに圧力をかけることはなかった。ジョージアとウクライナは、プーチン氏にとって意味合いが異なる。ジョージアは異民族だが、ウクライナは家族の一員であり、弟分なのだ。

歴史書を読むのが趣味のプーチン氏は、帝政ロシアへの関心が強く、特にロシアの領土を拡大したエカテリーナ女帝を崇拝する。19世紀の女帝時代、ウクライナ東部やクリミアがロシア領土となり、「ノボロシア」(新しいロシア)と呼ばれ、多数のロシア人が入植した。プーチン氏にとって、ウクライナ東部は伝統的な「固有の領土」と映る。

レーニン、スターリンを非難

プーチン氏は2月21日の演説で、独特の歴史観を語った。

「現代のウクライナはロシア革命直後にレーニンが作った。ロシア人が住む地域にウクライナ共和国を一方的に形成した」

「スターリンは大戦後、ポーランドやルーマニアから土地を奪い、それをウクライナに渡した」

「フルシチョフはロシアの領土だったクリミアを勝手にウクライナに移管した」
などと歴代ソ連指導者を非難した。

旧ソ連国家保安委員会(KGB)出身のプーチン氏は、ソ連に思い入れがあると思われがちだが、実際にはレーニン、スターリンを酷評しており、返す刀で歴代皇帝を称賛する。自らを「皇帝」とみなしているかもしれない。

プーチン氏はさらに「ロシアにとってウクライナは単なる隣国ではない。それはロシアの歴史、文化、精神的空間に不可欠なものだ」と述べた。ロシアの一部であるウクライナが、NATO側に付くことは耐えられないのだ。

ウクライナを「失敗国家」呼ばわり

プーチン氏は昨年7月もウクライナに関する論文を発表し、帝政時代、大ロシア、小ロシア、白ロシアは同じスラブ民族で、一つの家族だったが、ソ連の民族政策によって、ロシア、ウクライナ、ベラルーシという3つの個体に分割されたと指摘した。

その上で、「ウクライナの主権はロシアとのパートナー関係の下で初めて実現する」と強調した。ウクライナの国家主権を制限する「制限主権論」である。

ウクライナは1991年のソ連邦解体で初めて独立を達成した。その後の30年は親露派の東部、親欧米派の西部の政治的対立や経済困難で茨の道だった。

プーチン氏は演説で、ウクライナ指導部の30年間の失政を非難し、ウクライナを「失敗国家」呼ばわりする。
プーチン氏には、ウクライナへの屈折した優越感があり、2014年にクリミアを併合し、ウクライナ東部の親露派に独立を宣言させた。弟分が欧米寄りになり、NATO加盟を目指すのは許されないのだ。したがって、ウクライナをいたぶり、弱体化させ、機を見て領土を奪ってきた。

捏造のプロパガンダ

だが、「ウクライナはロシアの一部」という主張は、一方的で屈折した歴史観であり、戦後の国際社会では通用しない。「失敗国家」は世界にいくらでもあり、攻撃する根拠にはならない。

主権尊重、武力不行使、領土保全は国連憲章が掲げる最重要原則であり、安保理常任理事国で核大国のロシアが真っ向から違反した責任は重い。攻撃の根拠とした「キエフ政権による東部でのジェノサイド(大量虐殺)」も捏造のプロパガンダにすぎない。

ロシアのウクライナ全面攻撃は逆に、ウクライナ人の民族意識を大きく高めた。

プーチン政権の「家庭内暴力」

CNNテレビによれば、各方面から進撃したロシア軍は、ウクライナ軍の強力な抵抗に遭い、撤退した部隊もいるという。

東部にはウクライナ語のできないロシア系住民が多いが、日常生活を破壊したロシア軍の攻撃に激怒し、予備役への参加者も多いとされる。

ウクライナ軍は14年のクリミア併合後、欧米の兵器を導入して近代化を進め、20万人の規模に拡大した。多くの一般市民が、ロシアの侵略に備えて軍事訓練に参加した。

世論調査によれば、ロシア軍侵攻前、NATO加盟を望む人は62%だった。10年前は15%程度だったが、長期化するロシアの圧力が、ウクライナ人の反露感情を高めた。

今回の無差別攻撃で、ウクライナ人の反露感情は決定的になった。「家族の一員」だったウクライナ人は、皮肉にもプーチン政権の「家庭内暴力」によって、ますますロシアから離反するだろう。

クレムリン中枢に異変か

ロシアの全面侵攻は、米政府が声高に警告していたものの、ウクライナ人も含め、予測した人は多くなかった。それだけ、残虐な全面攻撃は、唐突かつ衝撃的だった。

野蛮な攻撃命令の背後で、プーチン氏の「異変」を指摘する見方もある。

トランプ米政権で国家安全保障会議(NSC)欧州ロシア上級部長を務めたフィオナ・ヒル氏は、「新型コロナ禍でプーチンは2年間隔離生活を強いられた。人に会わず、より感情的になり、極度に緊張している。何か不気味なことが起きているのではないか」と指摘した。

プーチン氏が最も信頼し、頻繁に会うのが、パトルシェフ安保会議書記、ボロトニコフ連邦保安局(FSB)長官、ナルイシキン対外情報局(SVR)長官ら旧KGBの元同僚だ。

「シロビキ」(武闘派)といわれる彼らは、KGB時代から強硬な反米思想を持ち、「ロシアの伝統的、精神的価値観」の優位性をことあるごとに主張する。「帝国復活」の願望を抱き、国内の統制を徹底し、軍事力を強化してきた。

行き着く先は破滅

政権担当22年になるプーチン氏はますます強硬化し、保守イデオローグとなった。異常な全面攻撃は、クレムリン中枢の異変が影響している可能性がある。

いずれにせよ、軍事的冒険主義の行き着く先が破滅であることは、歴史が証明している。(了)

名越健郎

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