電車内の非常設備、どこに何がある? JR東日本の担当者と山手線で確認してみた

乗降扉を手で開けられるようにする非常用ドアコックと、その上に設置された防犯カメラ=2021年11月26日、東京都品川区のJR東日本東京総合車両センターで撮影

 走行中の電車内で乗客が襲われる事件が最近、相次いだ。昨年8月には小田急線で刃物を持った男が乗客を襲撃し、同10月には京王線で男が乗客を刺したほか、車内でオイルをまいて火を付けた。客室の防犯カメラ設置など対策は進むが、飛行機のような手荷物検査は現実的ではなく、完全に防ぐのは難しい。

 逃げ場のない中でトラブルに遭ったら、どうすればいいのか。すぐにできる対策は、車両構造や非常用設備をよく知っておくこと。JR東日本の担当者とともに、東京総合車両センター(東京都品川区)で山手線電車「E235系」の設備を確認した。(共同通信社会部)

 ▽ボタンを押して簡潔に状況説明を

 防犯カメラは、車両ごとに4台ずつ設置されている。場所は乗降扉の斜め上だ。車内を常時撮影・録画していて、死角はほぼない。車内で犯罪や火災などが発生すると、乗務員が運転台にある画面で確認できる仕組みになっている。

  非常通話装置。ボタンを押すと、乗務員の応答により会話が可能になる

 乗客が異変を乗務員に伝える手段は「非常通話装置」。赤地のSOSマークが目印で、ボタンを押すと「ピーピー」という警報音が鳴り、応答した乗務員と通話できる。

 乗務員に状況を説明することになるが、「何両目でどんな問題が起きたのか、簡潔かつ具体的に教えてほしい」と担当者は話した。

 ボタンを押したものの、説明する余裕がない状況もあり得る。JR東では、複数箇所で押されて応答がない場合、乗務員は緊急事態と判断してすぐに停車させることを基本としている。停車する際は「防護無線」を事前に発して近くの電車も止める。一方で、停止するとかえって危険になるトンネルや橋などの場所は避けるという。

 ▽消火器と懐中電灯は「貫通扉」の近くに

 

各車両の端にある消火器。上段には懐中電灯が収納されている

 電車には防火性能がある。過去の車両火災を教訓に、性能を高めてきた。シートやつり革は難燃性の素材が使用され、天井や壁、荷棚は不燃性だ。さらに、車両の連結部分の「貫通扉」と呼ばれるドアは引き戸が主流で、開けても勝手に閉まる構造になっている。非常時には防火扉として、隣の車両への延焼や煙の流入を抑える役割がある。 

 消火器は、貫通扉の付近に格納されている。懐中電灯も入っていて、夜間に停電した際などに活用できる。

 ▽扉を開けるにはドアコックを。いたずらすると多額の請求も

 車両から急いで脱出するにはどうすればいいだろうか。乗降扉は乗務員が開けるのが原則だが、待っているのが困難な場合は扉の上の「非常用ドアコック」を使う。ふたを開けて赤色のレバーを手前に引くと、解錠されて扉が少し開く。その後は自分の手でドアをスライドすれば全開にできる。各車両の乗降扉を一斉に開けられるドアコックもある。場所は貫通扉付近だ。

貫通扉の横に設置された、各車両の全ての扉を開けることができる非常用ドアコック

 ただ、ドアコックが使用されると、乗務員は直ちに停車の準備をして防護無線を発することになる。するとその周囲を走行中の電車も止まる。影響が甚大のため、いたずらで扱うと、運転の見合わせに伴う運賃の払い戻しや、振り替え輸送にかかった費用などの損害額を請求される場合がある。

 ▽床に腰掛けてから線路に降りる。窓からの脱出は想定外

 

車内から線路に降りるための避難用はしご。通常は車両外部の床下などに備え付けられている

 電車から出て線路に降りる場合は特に注意が必要だ。隣接する線路で電車が止まっていないと、はねられる恐れがある。 担当者は「みだりに車外に出るのは危険。ドアコックを使うかどうかも含め、原則として乗務員の指示に従ってほしい」と注意を促した。 

 車両の床は、線路より1メートル以上高い。飛び降りると負傷しかねないため、床に腰掛けてから降りる方が安全だ。または運転台や車両外部にはしごが備え付けられているので、乗務員らに架けてもらうのが望ましい。

 車両の窓からの脱出は想定されていない。転落防止のため上側が40センチ程度しか開かない構造になっている。

 駅に停車した場合でも、ホームドアが閉まったままというケースがあり得る。そんな時は、ホームドアの車両側にある「手動開ボタン」を押すと開けられる。他にも、乗降扉と連動して開くドアの横に「緊急脱出口」も整備されており、レバーを引けば解錠して開けられる。

ホームドアが開かない時に使う緊急脱出口(JR東日本提供)=JR池袋駅

 こうした設備は、車両や路線によっては異なる部分がある。担当者は「日頃から装置などをよく確認してほしい」と呼び掛けている。

 ▽課題が多い再発防止策

 電車の安全対策は、相次ぐ事件を受けて国も本腰を入れ始めた。国土交通省は昨年12月、事業者に防犯カメラ設置を義務化し、性能基準などを検討するとした。手荷物検査は現状では実施例がほぼないが、乗客に理解を促すほか、車内の通報装置の確認や緊急時にためらわずに使うことを呼び掛けていくとしている。鉄道事業者や有識者らが参加し、具体的な方法を検討する会合も開いた。

JR山手線E235系の非常装置

 ただ、課題は多い。車内カメラは、JR各社や首都圏の大手私鉄が以前から積極的に配備してきた。事件が起きた京王電鉄は、2023年度末までに全車両と全駅のホームに、映像をリアルタイムで伝送できる防犯カメラを設置する方針だ。

 一方で、赤字経営の多い地方の鉄道会社は及び腰だ。費用負担の問題や、車両数が少ない編成を義務化の対象外とするかどうかが焦点となる。

 手荷物検査はさらにハードルが高い。JR東の深沢祐二社長は昨年12月の定例記者会見で「乗客数や場所の問題があり、単純に実施するのは難しい」との見解を示した。大きな事件のたびに浮上しては消えていくアイデアなだけに、どのような条件なら実行可能か、模索が続いている。

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