「北前船」「北陸新幹線」「富山の食文化」で三題噺【コラム】

2022年2月、北陸新幹線の「敦賀駅」(福井県)で旅客上家工事が始まった。北陸新幹線の敦賀延伸は2024年春頃の予定だが、新幹線駅舎そのものは来年9月の完成を見込むという。

上家工事に関する鉄道・運輸機構のリリースには、北陸新幹線敦賀駅のデザインに関する記述もあった。モチーフは「北前船」だ。コンコースの天井は「北前船の帆をイメージした浮遊感のあるデザイン」に、そしてホームの床は「船の甲板をイメージした木調タイル」で仕上げ、待合室は「船をモチーフとしたデザイン」にする。

北陸新幹線「敦賀駅」のデザインイメージ(画像:鉄道・運輸機構)

北前船とは、江戸~明治期に日本海側を往来し、蝦夷地と大阪を結んだ廻船のこと。近江商人の開拓した北海道~敦賀間航路、幕府の命を受け河村瑞賢が整備した「西廻り航路」は、当時の物流の大動脈であり、北前船は行く先々で積荷を売買しながら利益を上げていた。

積荷の種類は様々だが、特に知られているのが蝦夷地(北海道)のニシンである。油を取って乾燥させたニシン粕は質の良い肥料として重宝され、船主たちに莫大な利益をもたらした。

日本海側の海辺の町に残る船主屋敷を見ると、往時の栄華がうかがい知れる。北前船は電信の発達や鉄道網の整備などにより衰退したが、その遺産は様々な形で現代に残る。

たとえば富山県の「昆布」――昆布が獲れないのにもかかわらず、富山県の1世帯あたりの年間支出額は群を抜く。精進料理が盛んに作られるという宗教的な下地や、同県出身者が北海道に移住して昆布漁を開拓した歴史、「昆布ルート」にも影響を与えた富山の薬売りの存在など様々な要因があるが、下地を作ったのは北前船だ。

北海道から日本海側を巡り、瀬戸内を経由して「天下の台所」大阪へと至る。そんな北前船の航路において、北陸は主要な寄港地。ニシン同様に主要な積み荷であった昆布は、富山で文化的に花開いた。

富山県の多彩な昆布料理

富山県のローカルフードに、海苔ではなく「とろろ昆布」を巻いたおにぎりがある。県外人は驚く。とはいえ昆布にぎりはまだ序の口で、昆布巻きかまぼこや昆布締めなど、昆布を使った料理には様々なものがある。

寿司を例に見てみよう。写真はJR本州三社と北陸三県誘客促進連携協議会による北陸観光キャンペーン、「Japanese Beauty Hokuriku」の取材で訪れた富山湾鮨「写楽」のお寿司だ(※)。

地元食材をふんだんに使用した提供メニュー。写真左上は富山名物「白えび」のてんぷら。「富山湾鮨セットクーポン」については後述

寿司を並べた白いお皿の中央からやや右下に、二つの軍艦巻きに挟まれるように「ます寿し風のバッテラ」が写る。酢で締めたますを型で押して、最後にぐるっと昆布で巻いている。

軍艦の向こうに見える鮮やかな赤身の寿司が「カジキマグロの昆布締め」だ。カジキマグロを昆布で締めると、中の水が抜けてそのぶん昆布の味が染みてちょうどいい食感になる。富山県ではポピュラーだが、他の地方ではなかなか出会えない。

富山県の名物といえばどうしても「ます寿し」や氷見の「寒ぶり」を思い浮かべてしまうが、現地に行けば様々な料理に自然と溶け込む昆布の存在に気付かされる。その裏側に、かつて北陸の繁栄を支えた北前船の存在がある、というわけだ。

※「写楽」で提供されたお寿司は、「富山湾鮨セットクーポン」(3,500円)でいただいたものです。これは対象店舗で使用することで新鮮な富山湾鮨10貫に汁物やプラスアルファの逸品が付くというもので、提供されるメニューは店舗や時期によって異なります。販売期間や事前予約特典等の詳細は、観光予約サイト「VISIT 富山県」でご確認ください。

鉄道と海の幸

観光列車「べるもんた」では板前も乗車し、海の幸を提供する(画像:サンシャイン / PIXTA)

せっかく寿司の写真を出したので、ここでもう少し踏み込んで、鉄道と富山県の海の幸にも触れておきたい。

「海の幸が美味い都道府県」を募れば、必ず挙げられるのが北海道だが、実は富山県も負けていない。「チェーンの回転寿司でさえ美味い」県の筆頭格である。

その美味さを支えるのが、唯一無地の天然の生け簀である「富山湾」だ。深層の日本海固有水、中層部の対馬暖流、河川水が流れ込む表層部の三層に分かれており、獲れる魚介類の種類も豊富ときている。

もっとも、このあたりは鉄道ファンには既知の事実かもしれない。冬の18きっぷシーズンに氷見の漁港で「寒ぶり」をいただいたり、定番の富山駅弁「ますのすし」を買ったり……富山に行ったついでに海の幸を堪能する鉄道ファンは決して少なくないだろうから。

県西部の城端線・氷見線で運行する観光列車「ベル・モンターニュ・エ・メール(べるもんた)」を思い浮かべる方もいるだろう。キハ40系を改造し、2015年の北陸DCにあわせて運行を開始した「べるもんた」では、事前予約すれば板前の握りたての寿司やお造り、地酒を味わうこともできる。職人が同乗する観光列車は魚介王国ならではと言える。

魚介×新幹線という組み合わせもある。最近では遠隔地の新鮮な食材を新幹線で運ぶ貨客混載輸送が盛んで、各地で実験が行われている。

富山県の場合は、2020年に実施された「うまさ一番 富山のさかなフェア」が印象に残っている。JR東日本とJR西日本が共同で運行する北陸新幹線で、富山県の新鮮な魚介類を運んだ。

新鮮な魚介類の受け渡しの様子

新幹線輸送は「量」を運ぶには向いていない。しかし速達性においては他に類を見ず、また関東の主要駅まで運んでしまえば駅ナカのレストラン等ですぐに食事として提供できる。前述の「写楽」でも出た「白えび」などは、富山以外ではなかなか食べられないが、当時のフェアでは東京駅構内の店舗に料理素材として卸されていた。

「現地に行かないとなかなか食べられない新鮮な食材」を新幹線で輸送し東京で売れば、興味を持った方を「北陸新幹線に乗っていらっしゃい」と誘客できる。寿司や魚介の美味さに惹かれて行ってみれば、食べ歩く中で昆布文化に出会い、それを育んだ北前船に思い至る。

北前船の文化は富山県だけでなく、主要な寄港地であった北陸の石川県や福井県にも色濃く残り、資料館も各地に点在する。2024年春、北陸新幹線敦賀延伸が果たされたら、更に先へと足を伸ばしてみるというのはどうか。最奥には北前船をモチーフとした駅舎が待っている。

記事:一橋正浩

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