楽しみなシーズンとなるはずだったのに… ロシアのウクライナ侵攻で一気に不透明に

昨年9月に行われたロシアGPで優勝し、表彰台で喜ぶルイス・ハミルトン。今年、このような景色を見ることはできなくなった=ソチ(ロイター=共同)

 スポーツに限らず、大きなイベントは天災や政治が作り出す“ゆがみ”といったさまざまな要因によって影響を受ける。2年前もそうだった。2020年3月、F1開幕戦のオーストラリアグランプリ(GP)が突如、中止となった。原因は、新型コロナウイルス。12日の木曜日にF1チームのスタッフが感染していることが判明すると、13日のフリー走行スタート直前に中止が決まった。以後、7月にレースが再開するまで大きな混乱に見舞われたのはよく知られる通りだ。

 しかし、今回はもっと深刻だ。世界中が注視するロシアによるウクライナ侵攻である。

F1では2月23日からスペインのバルセロナで3日間のプレシーズンテストが始まったが、24日にロシアがウクライナ東部ドンバスバス地域で軍事作戦を開始すると、急きょ関係者によって対応策が話された。25日には国際自動車連盟(FIA)がロシアGP(9月25日決勝)の開催断念を発表した。

 ロシアでの試合を見直す動きはF1に限らない。欧州サッカー連盟(UEFA)は5月28日に予定していた欧州チャンピオンズリーグ(CL)決勝の開催地を当初のサンクトペテルブルクからフランスのサンドニに変更。テニスでも国際競技連盟(IF)主催の全大会、柔道は5月のグランドスラム・カザン大会、水泳はアーティスティックスイミングと飛び込みのワールドシリーズ(4月・カザン)の中止を決めた。

 また、スポーツクライミングは4月のワールドカップ今季開幕戦、カーリングは11月の欧州選手権を代替地で開催すると発表した。プロボクシングの主要団体も試合開催を認めない措置を取っている。同様の動きは今後も広がるだろう。

 ウクライナ侵攻の影響が試合開催にとどまらないことは間違いない。具体的にはスポンサー契約だ。F1で最大の影響を受けるのは、ロシア人ドライバーのニキータ・マゼピンを起用しているハースだ。ハースのメインスポンサーである「ウラルカリ」はロシアの肥料メーカー。同社の大株主ドミトリー・マゼピンはニキータの父親にあたる。ドミトリーはロシアのプーチン大統領と非常に近い人物として広く知られており、ウクライナ侵攻前日にプーチンと会談したロシア経済界37人の一人でもある。

 現在、ハースはウラルカリとのスポンサー契約に加え、ニキータのドライバー契約を解消するかどうかの決断を迫られている。チームの経済基盤が盤石とは言えないハースにとって、メインスポンサーを失うことはチーム存続に黄信号が点滅することになる。この状況を受けて、2024年からのF1参戦を申請しているアメリカのアンドレッティ・オートスポートはハース買収の可能性を言及。ハースを取り巻く状況はかなり厳しくなっている。

 懸念材料はさらにある。モータースポーツ界において、“東西分断”が生まれる恐れが否めないのだ。ロシアに加え、同国と親密な関係にある企業や人物などが“排除”されることが想定される。例えば、下位カテゴリーに参戦するロシア人ドライバーたちがスポンサー企業を見つけることは極めて困難になるだろう。

 2月26日、米国と欧州連合(EU)が共同声明を発表し、ロシアに対し、国際決済ネットワーク「国際銀行間通信協会(SWIFT)」から一部の銀行を排除する追加制裁で合意している。SWIFT排除の合意は近日中に発動される予定だ。ロシア国内の全銀行が対象となるわけではないものの大手銀行は含まれているので、スポンサー契約を結ぶロシア企業からの送金が止まる可能性は十分ある。ハースからの公式発表はまだないものの、ホームページのスポンサー企業一覧にはウラルカリのロゴは見当たらない。

 第8戦に予定されているアゼルバイジャンGPの開催も不透明になっている。旧ソ連のアゼルバイジャンは隣国アルメニアとの間にナゴルフ・カラバフ紛争を抱えている。そんな中、アリエフ大統領が22日にモスクワを訪問してプーチン大統領と会談し、軍事面の関係強化を含めた「同盟的協力宣言」に署名した。アゼルバイジャンとロシアの関係はさらに近くなる。ウクライナ侵攻の行方次第では、こちらも少なからず影響が出てくるだろう。

 レギュレーションが一新された今シーズンは、本来ならばF1新時代の幕開けとして注目が集まるはずだった。新設計のマシン、グランドエフェクトカーの再来、そしてメルセデスとレッドブルの争いに新たな勢力が加わるのかといった話題にも事欠かず、開幕が待ち遠しくて仕方が無いほどだった。しかし、現在はそんな高揚感はどこかへ消えうせてしまった。

 一刻も早い事態終結とともにウクライナに平穏な日常生活が戻ることを願うばかりだ。(モータースポーツジャーナリスト・田口浩次)

(注)記事に記載されている情報は記事を執筆した2月28日午後6時半現在(日本時間)のものです。

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