キプロス:紛争で分断された国の再統合を目指すオリーブオイル・ブランド

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ブランドには人々のマインドセットを変える力がある。社会的変革を時に引き起こすほどの力がある。だからこそ、ブランドは気候危機に立ち向かう重要な役割を担えるのだ。

では、ブランドに紛争地域に平和をもたらす力はあるのだろうかーー。ハサン・シイベル氏は、彼のエキストラバージンオイル会社 「コーリブ」 (Colive)の事業を通じてこの問いに挑んでいる。会社名には「平和のために協力し合う世界へ、共に歩み出す」という意味が込められている。

シイベル氏はキプロス出身。キプロスは、ギリシャ神話の愛と美の女神とされるアフロディテが生まれたとされる地中海の島だ。ここ数十年間の混乱により、国は分裂し緊張状態が続いている。1974年にギリシャ政府の後ろ盾による軍事クーデターが起き、隣国のトルコがこの島に侵攻した。

それ以来、内紛が継続し、国が南北に分断された状態だ。北部はトルコ系キプロス人による政府(北キプロス・トルコ共和国)が統治し、南部の3分の2は国際的に国として認められており、ギリシャ系キプロス人による政府(キプロス共和国)が統治している。現在、国連はこの2つの地域を分断するグリーンラインを警備しており、統一される兆しはない。

CEOのシイベル氏(左)とCFOのフィリピデス氏(右)

シイベル氏の母親は16歳のとき、母親と5人の幼い妹とともに家から追い出され、キプロスの停戦ラインの北側に強制的に連行された。

「子どもとして扱われるのは14歳以下だけだったため、母と祖母は母を安全な場所に連れて行くために頼み込む必要があったようです。私はこの話を未だに忘れることができません」と米サステナブル・ブランドに語った。

政治的な緊張に目を向けなければ、キプロスは2つの山脈と青い豊かな森林地帯に囲まれた美しい亜熱帯気候に出会うことができる場所だ。この場所は、とてもおいしいオリーブオイルを生産するためのオリーブの木を育てるのに最適な条件が整っている。これはシイベル氏が世界で最後に分断された首都、ニコシアに住む家族を長年訪れるうちに気がついだことだ。

シイベル氏は「キプロスには最高のオリーブオイルがあるとずっと思っていました。キプロスのオリーブオイルには特有の風味があり、これに匹敵するオリーブオイルは他にはないでしょう」と語る。「私は友人を料理でもてなすのが好きなので、キプロスのオリーブオイルを持って家(英国)に帰るのですが、いつも皆が欲しがるのです。そしてその時、自分の人生には何か足りないものがあると感じました。金融の仕事をしていましたが、変化が欲しくなり、地中海を旅しながらオリーブオイルについて学び始めました」。

自称「スタートアップ中毒」のシイベル氏は、学部でプログラミングを学びながら、ソーシャルメディア関連の会社を立ち上げた。同氏曰く、この会社は学業に集中するために途中で操業を停止したそう。

その後、テクノロジー・アントレプレナーシップを学ぶ修士課程に在籍しながら、2社目のスタートアップである、エンタープライズ・ハブという会社を立ち上げた。シイベル氏によると何千人もの学生起業家の起業を支援したそうだ。その後、ベンチャーキャピタルでのキャリアをスタートさせる。インドの超ローカル物流企業から欧州の電気自動車ネットワークまで、世界中の数多くのスタートアップと仕事をするようになった。

その後色々とありながらも、英国の大学時代の親友だったアレクサンドロス・フィリピデス氏(ギリシャ系キプロス人で、シイベル氏の家族が住む地域とは停戦ラインを隔てて反対側に住んでいた)と再会し、コーリブを立ち上げることを決意した。

「私たちのオリーブオイルをトルコ系キプロス産や、ギリシャ系キプロス産にしたくなかったのです。島全体、そして全人類のものにしたいと考えました」とシイベル氏は語った。

品質と平等への情熱から生まれたこのブランドは、50年以上ぶりに誕生したギリシャ系とトルコ系キプロス人が共同で所有し、運営する、キプロス島全体で事業を展開する企業だ。「これは対立関係にある地域社会が協力しあうことで、個別のそれぞれの力よりも大きなものを作り上げた例です」と同氏は言う。

コーリブは現在、米国の小売店で購入できる唯一のキプロス産オリーブオイルブランドであり、スーパーマーケットチェーン「ホールフーズ」でボトルが販売されている。各ボトルに使用されているオリーブは、キプロスの紛争地帯にある北部側、南部側の両地域の15の家族経営農場から集められ、一つのエキストラバージンオリーブオイルとして配合されている。シイベル氏自身がオリーブを、北から国境を越えて南へと運び、加工と瓶詰めを行っている。

「対立する両側の農家コミュニティと協力することで、政治的解決と長期的な平和に向けた草の根運動となることを目指しています。このようなボトムアップのアプローチで問題を解決していくことが持続可能で再現可能な唯一の解決策でしょう」と語る。

コーリブのネットワークに参加する15軒の家族経営の農家は、気候変動に配慮した農法や、地域社会にポジティブな影響を与えることに関心を持ち、コーリブのサプライチェーンに加わっている。

シイベル氏と彼のチームは、リジェネラティブ(環境再生型)農法や水の保全など、持続可能な農法について教育をしている。また、オリーブの木を健康に保つため、収穫時には手で摘み取り、野生動物に悪影響を与えないよう、大型の重機の使用も控えることを推奨している。

シイベル氏は「オリーブと一緒に動物も育てることで、糞が自然の堆肥になるというメリットについても情報共有しています。また、私たちの農家は化学薬品を使わずに、天然の粘着ボンドやテープでハエなどの害虫を捕らえ、安全で健康な木を守っています」と説明する。

こうした対策が収穫量を最大化し、地域環境の保全に役立っている。気候変動により干ばつが長期化しているキプロスではこのようなやり方は重要だ。また、コーリブは原則的に、農家に生活賃金を提供している。

「農家の人たちに高い収入を支払うことで、彼らは雨水収集・貯蔵や灌漑システムといった方法を導入する余裕が生まれます」

さらに、オリーブオイル1本の販売につき利益の10%が、平和教育や社会起業家の育成に取り組む団体・NGOに寄付される。キプロス・インノ(CyprusInno)も寄付先の一つだ。同団体は、キプロスにおいて、起業家精神とテクノロジーを平和構築のメカニズムとして活用し、起業家をピース・メイカーとして機能させるための、2地域間での共同起業エコシステムを提供する非営利団体だ。この団体には5000人以上が参加しており、主催するイベントに数百人が参加する。これまでに数十人の社会起業家の起業と会社設立を支援してきた。

シイベル氏は政治的な緊張が続く紛争地帯に住み、その中で会社を設立することは、多くの特有の挑戦がつきまとうと語る。

「今までに良いことも悪いこともありましたが、良いことの方が上回っています。私たちの取り組みを曲げて伝え、政治的な意図のために利用されることもあります。また、停戦ラインの存在により、生のオリーブを持って国境を越えているのは世界で私たちだけです。通常、オリーブはオイルやテーブルオリーブなどに加工した状態で輸出され、そうする方が輸送が80%以上楽になります。12ポンド(約5.4キロ)のオリーブからは、最も良くても2ポンド(約0.9kg)のオイルしか作れません。私たちの品質基準では通常もっと多く作れますが」

シイベル氏は冷静に、将来に期待を寄せている。2022年にはより多くの小売店舗に進出するだけでなく、コーリブ・チームはザクロやキャロブ(いなご豆)など、キプロスの紛争地域全体で調達した食材を使って、さらに多くの食品を作り、協力していく予定だ。

「私たちは現在、他の紛争地域への展開も視野にいれた事業を構築しています。目標は、コーリブのような、より平和な世界に貢献する製品を作ることです」

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