【追う!マイ・カナガワ】コロナで留学断念の学生「道は一つじゃない」 苦悩の先に開けた視界

インターンに励む山田さん=東京都港区

 夢につながる道は、一つじゃない─。そんなメッセージを神奈川新聞社の「追う! マイ・カナガワ」取材班に寄せたのは、新型コロナウイルスの影響で留学を断念した大学生だった。この2年間、海外で学ぶチャンスは目の前で阻まれ続けた。だが、悩んだ末の足元には、新たな可能性も広がっていた。

 上智大学外国語学部4年の山田菜月さん(22)=横浜市瀬谷区=は2年前の冬、ニューヨーク(NY)の空港で号泣していた。通信社で1カ月間のインターンシップをするはずが、直前になって中止の電話が入ったのだ。

 日本国内では、横浜港に到着したクルーズ船で集団感染が起きていたが、自身に影響が及ぶとは考えもしなかった。帰国後1週間もすると、NYでも感染が拡大。半年後に控えていたミネソタ大学での1年間の交換留学も中止となった。

◆憧れのNY、夢閉ざされ

 留学は大学生活で成し遂げたい目標だった。夢はNYで働くこと。横浜商業高校国際学科の修学旅行で訪れ、多様な背景を持つ社会人や学生が集まる街そのものに憧れていた。

 大学入学後は国連関係者の講演を聞いたり、外国人客が多いラグビーワールドカップ会場でアルバイトしたり。3年生秋からの留学も決まり、胸は高鳴っていた。

 だが、突然暗転した現実。海外で学べる別の方法を調べたが、金銭的負担が大きい。就職に向けたインターンを考えるも、志望理由が思いつかない。山田さんは「目標を失い、自分が自分ではないみたいだった」と振り返る。

 転機は3年生の冬、SNS(会員制交流サイト)で見つけた。海外で活躍する人材の研修事業を手掛ける都内の企業が開いた講演会で、堂々と司会を務める友人の姿が目に止まった。

 「私もこうなりたい。この1年間を取り戻したい」。刺激を受け、その企業が運営するスクールに参加して英会話やコミュニケーション力を磨いた。4年生になった昨春からインターンに切り替え、NYと東京を行き来する経営者の元で研修事業の準備や会議、企画提案に取り組んだ。

 並行して、大学の在籍期間を延ばして交換留学に再挑戦しようと親を説得。学内選考も通過した。

◆アンテナ張れば選択肢

 1年遅れで再び手にした留学のチャンス。だが、胸にはコロナ前とは別の気持ちが生まれていた。「今まで留学自体を目的にしすぎていたかもしれない」─。

 インターンを通してNYで働く厳しさに触れ、憧れだけではキャリアを切り開けないと感じていた。悩んだ末、より成長でき、夢にも近いと思えたインターンを続けることに。現在は休学してインターンに励みつつ、外資系企業を中心に就職活動も始めた。

 コロナ禍での経験を振り返り、「人生何があるか分からないですね」と山田さん。同じように想定外の岐路に立たされる大学生に「こういう道もあると知ってほしい。限られた状況でも、アンテナを張って探せば選択肢はある」とエールを送る。

 元々、一度決めたことはやり通す性格。でも、今は「柔軟に生きていく中で、変わっていってもいいと思える」。コロナには翻弄(ほんろう)されたものの、しなやかさという新たな力を得て、変わらぬ夢へ歩み続ける。

◆留学生減少、明るい兆しも

 新型コロナウイルスは留学を目指す大学生にも直撃した。日本学生支援機構が大学などに行った調査によると、2019年度に留学した日本人学生数は10万7346人で、前年度から6.8%減少。年度終盤にコロナが影響したとみられる。世界的流行が続いた20年度分は集計中だが、さらなる減少も予想される。

 コロナ禍の留学を巡り、文部科学省は従来、感染症危険情報レベルに応じて延期や取りやめを求めてきた。こうした要請は学生を送り出す大学側の判断材料ともなり、文科省は「網羅的に調査した訳ではないが、交換留学などはだいぶ少なくなっているのでは」と推察する。社会人や高校生も含む私費留学などを支援する留学事業者の業界団体「海外留学協議会」の調査でも、20年は1万8374人と前年の4分の1に激減した。

 ただ、変化の兆しもある。文科省は昨年6月、1年間の留学について同機構による奨学金支給を再開するとし、2月には1年未満にも拡大。危険レベルが高い国はなお多いが、「収束を待っていると一度も留学機会を得られないまま卒業する学生が多く生じる」として踏み切った形だ。

 同協議会の星野達彦理事・事務局長は、短期留学から帰国する際のネックとなっていた水際対策の緩和も「追い風」とし、「この2年間でコロナ禍の留学生をケアする態勢も整ってきた。感染した場合や学校の閉鎖など、色んなシミュレーションをした上で挑戦してほしい」と話す。

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