北東アジアの平和環境は冷戦後、最悪で一触即発との見方も ―「アジア平和会議」特別セッション報告

 開幕式に引き続き、特別セッション「北東アジアの平和を脅かす10つのリスク2022:レポートの発表とパネルディスカッション」が行われました。

 その冒頭、言論NPO代表の工藤泰志は、日米中韓4カ国の外交・安全保障専門家は「米中対立の深刻化」と「台湾有事の可能性」、「台湾海峡での偶発的事故の発生」、「北朝鮮が核保有国として存在すること」の4つの問題が危機管理局面にあると判断していることが明らかとなった「北東アジアの平和を脅かす10つのリスク2022」結果を紹介。司会を務めた慶応義塾大学名誉教授の添谷芳秀氏は、この調査結果から浮き彫りとなった課題にどう向き合うべきか、居並ぶパネリストに呼びかけて議論がスタートしました。

自らの目標を実現するために手段を選ばない、

外交が通用しない相手に対してどう向かい合うべきか

 まず、元自衛艦隊司令官の香田洋二氏は、ロシアのプーチン大統領が、ウクライナ東部の親ロシア派組織が名乗る「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立承認に動いたことを受け、「北東アジアについて論じる前にやはりウクライナについて言及しなければならない」と切り出しつつ、問題提起に入りました。その中で香田氏は、プーチン氏は自らが設定したNATO不拡大という目標を達成するためには一切妥協しないとの見方を示し、その後ろ盾として軍事力を用いている以上、もはや旧来型の外交交渉ではどうすることもできない状況になったと指摘。このように自らの目標を実現するために手段を選ばない相手に対してどう向かい合うべきか、外交だけで十分なのかといった問題意識は中国と台湾問題にも同じように当てはまるとしました。

 香田氏はその上で、必ずしも連動しているわけではないと前置きしつつ、南オセチアと尖閣諸島(2008年)、ウクライナと南シナ海(2014年)、ウクライナと台湾海峡(2020年以降)といったように欧州で危機が高まると中国の動きも活発化すると分析。台湾、東シナ海、南シナ海、北朝鮮といった複数の地域で同時並行的に問題が起これば米国としても集中した対応が難しくなると懸念。またそれにもかかわらず、現在米中間で相互信頼を構築するための舞台がないことも大きな課題だとしました。

 こうした中での日本としては、米国内の分断が懸念材料だと指摘。独裁的リーダーが果断に動く状況の中、「日米、米韓、QUAD、AUKUSの総大将たる米国が分裂によって一致したアジア戦略を出せないことは同盟国としては心配だ」と語りました。

現状のリスクはまだ管理可能な状況。シンクタンクにも大きな役割がある

 中国国際戦略研究基金会研究員、国観シンクタンク学術委員会主任の張沱生氏は、今回の専門家アンケート調査の意義を高く評価。中でも採点基準2の「北東アジアの平和に対して、実際に困難や障害となる可能性」の結果に着目し、最も高かった「米中対立の深刻化」でも2.81点と2点台(2022年に発生するか否か、可能性は半々)だったことから、「現状のリスクはまだ管理可能だということだ」と指摘。各国が協調して平和に向けた努力をしていくためにも、シンクタンクが活発な議論をし、認識の違いを埋めていくべきと民間の役割を強調しました。

 その上で張沱生氏は、安全保障には伝統的・非伝統的の両面があるが、気候変動や感染症、科学技術など非伝統的な安保リスクにも注意を払うべき局面にあるとしつつ、各国は「新しいルールや行動規範の策定を通じて対応すべき」と提言しました。

北朝鮮の脅威が着々と高まる中、抑止力向上のために何が必要なのか議論を進めるべき

 韓国・アサン研究所副所長の崔剛氏は、韓国専門家アンケートでは米中対立が最も高いリスクと評価されているものの、実際のところ米中関係は経済面での相互依然性も高く、深刻な対立には至らないとの見方を提示。韓国にとってはやはり北朝鮮問題が最大のリスクになると語りました。

 崔剛氏は、今年1月だけで計7発11回ものミサイルの発射実験を行い、極超音速ミサイルの開発も進んでいる北朝鮮は着々と軍事力を強化しているとしましたが、こうした状況が30年も続いているためか周辺国は「茹でガエルのようになってしまい、危機に対して鈍くなっている」と警告。ランド研究所とアサン研究所の推計では、北朝鮮は2027年には242発もの核兵器を保有し、「抑止力を超えて攻撃力を手に入れる」とともに、政治的な駆け引きに乗り出し、米韓同盟のデカップリングを図ると予測しました。

 こうした状況の中では、米国は「核の先制不使用を宣言するのではなく、抑止力をさらに強化すべき」とともに、共同演習を増やして米韓同盟を強固にすべきと主張。また、外交だけでなく、抑止力向上のために何が必要なのか、専門家間でも議論を進めるべきと語りました。

 問題提起の後、ディスカッションに入りました。専門家アンケートでトップリスクとなった米中対立についての発言が各氏から相次ぎました。

米国のインド太平洋へのコミットを強調しつつ、

米中対話による信頼回復と危機管理が急務

 中国国際問題研究院(CIIS)アメリカ研究部シニアリサーチフェローの滕建群氏はまず、北東アジアに生じている安全保障のジレンマは、トランプ米政権が中国に対して戦略的競争をしかけてきたことに起因すると指摘。米中両大国間のパワーバランスが変化しているにもかかわらず、米国は従来のバランス観に固執しているとしつつ、「今こそ新しいバランスが求められている」と主張。安全保障のみならず、貿易や価値なども含めて新しいパワーバランスの模索を始める時であり、さらにそれは米中だけでなく日韓やASEANなども加わって議論すべきだと語りました。

 清華大学国際安全保障戦略センター・シニアフェローの周波氏は、ウクライナを起点とした欧州だけでなく、インド太平洋でも新たな冷戦が始まったとの見方を提示。2月11日にバイデン米政権が発表した新たなインド太平洋戦略では、米中が協力すべき分野として気候変動と核不拡散の2つのみを挙げていましたが、冷戦期の米ソ間も感染症と宇宙の2つだけの協力関係だったとその類似性を指摘しました。

 周波氏は、インド太平洋において中国が影響力を拡大しようとしているとの米国の見方に対して、「北朝鮮やASEANを従わせることができていない中国にそのような力があるはずない」と反論。もっとも、かつての冷戦期にはベルリンの壁という目に見える境界線があったものの、現在の冷戦の主戦場である海にはそのようなものはないため、偶発的な事態は起こりやすいと懸念を示し、戦略的安定のためには首脳同士の話し合いが不可欠であるとしました。

 元駐米韓国大使の安豪栄氏は、中国がしばしば米韓同盟など米国の同盟ネットワークを「冷戦の遺物」などと批判することに反論。「ウクライナとNATOを見ればわかるとおり、どこの国も同盟を志向している。なぜなら同盟には価値があるからだ」とした上で、「冷戦後も世界は正しい方向に向かっていない。遺物などと批判するよりも中国も秩序の安定に協力すべきではないか」と呼びかけました。

 サイバースペース・ソラリウム・コミッション会長上級顧問のマーク・モンゴメリ氏は、ウクライナ危機は米国の注意をインド太平洋から逸らしかねないと懸念しつつ、この地域に米国がコミットする態勢を示さないと、中国に誤った期待を抱かせることになると指摘。また、米国の対中姿勢はトランプ政権もバイデン政権も変わっていないのだから、党派的に「トランプは失敗した」などと言うよりもまず一貫した態度を示し続け、同盟国に疑念を抱かせないことが大事だと主張。その際、自由で開かれた国際秩序や自由貿易、民主主義といった価値にコミットし続けるというメッセージを打ち出す必要があると語りました。

 宮本アジア研究所代表で、元在中国日本大使の宮本雄二氏は、北東アジアに生じている新たな力の均衡は中国の台頭に起因しているとしつつ、「中国は周辺国に対して『そちらが新たな現状に合わせるべき』などと言うが、一つの新たな行動は別の新たなアクションを引き起こし、それが連鎖していくということを忘れてはならない」と警告。中国も周辺国の安全保障上の懸念に関心を寄せるべきとし、そこから秩序の安定が生まれると説きました。

 また宮本氏は、現在の米中両国は、中国は「米国は共産党体制を破壊しようとしている」、米国は「中国は我々を凌駕しようとしている」などと考えているが、「それは私から見た両国のイメージに合わない」とも指摘。このような現実とイメージのギャップが生じるのは、両国間に対話が欠如しているからであり、対話によって客観視に努めるべきと提言しました。

 専門家アンケートで関連項目2つがトップ10に入った台湾問題についての発言も相次ぎました。

台湾問題でも米中間の信頼回復が不可欠。ニュークワッドの役割に期待

 香田氏は、習近平氏には台湾統一への確固たる意志はあるものの、海軍力に関しては米国とその同盟国の方が中国海軍よりも現在も将来も上だと分析。したがって、中国も武力統一には容易に出られないとしましたが、仮に同盟が破綻するような事態となればその前提は覆ると指摘。だからこそ最優先すべきは同盟をしっかり強固なものに保ち続けることであり、それによる抑止力があってこそ外交も生きてくるのだと説きました。

 張沱生氏は、中国が望んでいるのは現状維持であり、現状維持とはすなわち「一つの中国」のことであると説明。「これは日米韓もずっと認めてきたことではないか」と指摘しつつ、「長い間、台湾問題などという問題はなかった。それが蔡英文政権が92年コンセンサスを覆したものだから、現状維持のために中国も対応せざるを得ないのだ。いったい誰がトラブルメーカーなのか」などと声高に主張しつつ、日米は台湾に対して誤ったメッセージを出すべきではないと釘を刺しました。

 北京大学国際関係学院前院長で、政治協商会議常務委員の賈慶国氏は、皆が挑発し合い、反応し合っている現状では「誰が悪いと言い合っても仕方がない」と指摘。首脳同士の対話によって相互信頼の構築と理解に努めるほかないと語りました。

 賈慶国氏は同時に、台湾問題は国内問題である以上、焦って武力統一する必要性などないため平和統一の方針は不変であるとしましたが、「台湾が独立しないという保証も必要ではないか」と提案。米国等がそういった保証をすれば、中国も平和統一への保証ができると語りました。

 この「保証」を受けて再び宮本氏が発言。外交アプローチに基づく現実的な解決策が必要であり、そのためにもやはり信頼醸成が大事だと主張。また、米中間の仲介にあたっては日韓の役割に期待を寄せ、そのためにも日韓関係の改善は急務であるとしました。

 一方、元東アジア・太平洋担当国国務次官補のダニエル・ラッセル氏は、日韓の仲介には疑問を呈しましたが、日米豪印に韓国を加えた「ニュークワッド」をベースとして、米中間の信頼回復を図っていくことは十分可能だとの認識を示しました。

 議論では、昨年の専門家アンケートで最大のリスクとされていた北朝鮮問題についても話し合われました。

北朝鮮の軍事力増強に直面し、米国の拡大抑止力への懸念が増大する韓国

 外務省で長年軍縮に携わってきた宮本氏は、崔剛氏が言及した先制不使用について、これをどうやって現実的に保証するのか、リアルな戦場でどう守るのか、といった課題に軍縮担当者は長年直面してきたとその難しさを指摘。

 安豪栄氏は、米政権の「核態勢の見直し(NPR)」で先制不使用が検討課題となっている中、韓国内では核抑止力を中心とする拡大抑止に対する懸念が広がっているとしつつ、「拡大抑止あっての外交だ」と主張しました。

 元韓国軍准将のホ・テグン氏は、韓国の安全保障上における米国の拡大抑止力の重要性を強調しつつ、米国のコミットメントの本気度は「能力と意思で判断すべきだが、能力は十分。しかし、外交安保政策に表れている意思はどうか」と懸念を示しました。

 また、米中関係が良ければ対北朝鮮もこれまで上手くいってきたが、現状米中対立が深刻な中では対北も明るい展望がないと指摘。韓国の専門家がアンケートで、米中対立を他三カ国よりも強くリスク視していた背景を読み解きました。さらに、台湾問題についても米国の注意がそちらに行けば北朝鮮は挑発的行動を繰り返すと予測し、決して対岸の火事ではないことを強調しました。

 崔剛氏も、北朝鮮から核攻撃を仕掛けることは自殺行為なので、そんなことはしないだろうとの見方に対し、「そのような躊躇をする国ではない」とし、その脅威の深刻度を強調しました。

 議論が終わり最後に工藤は、前回のアジア平和会議では、各国それぞれの核心利益よりも地域全体の共通利益に向けた議論になっていたが、今回はそのムードが「冷めているのではないか」と指摘。こうした中ではやはり米中の戦略対話が必要であるし、偶発的な事態を防止するための危機管理も急務であると語りました。

 また、対立が続く日韓関係についても、立ち位置の違いはあるが平和と協力発展を求める点は同じであるはずだとし、日韓協力の重要性を強調。さらに日韓だけでなく、他の民主主義国を含めた世界的な連携も視野に入れた大きな動きが必要であるとし、今後の議論の展開に意欲を見せました。最後に工藤は、明日の非公開対話にあたって、「本当にムードは冷めているのか確認する」とし、本音の議論の展開への意気込みを語りました。

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