<南風>アホウドリとハチドリ

 私が観測船に乗り始めた2000年代半ば、海上でアホウドリを見る機会は1年に1度あるかどうかだった。翼を広げると2メートルを超す姿は実に優美だった。

 かつて伊豆諸島鳥島で多数が繁殖していたが、羽毛採取のための乱獲で絶滅したかと思われた。だが当時の鳥島気象観測所職員に再発見され、その後の復活への取り組みにつながった。

 近年ではアホウドリを複数で見ることもある。山階鳥類研究所が進める地道な繁殖地「復活作戦」が奏功し、着実な成果となっていることを実感する。鳥好きの私にはうれしいことだ。と同時に、まさに手探りで地道に進められるこうした努力を見聞する度に、何かを失うことのたやすさに対し、それを取り戻すことの難しさにがくぜんとする。

 そんな時ふと思い出すのが、南米の先住民に伝わる逸話「ハチドリのひとしずく」だ。燃えている森の火を消そうとハチドリがその小さなくちばしに水を含んで落とす。「そんなことして何になる」と、それを見て嘲笑(ちょうしょう)する他の動物たちに「私は、私にできることをしているだけ」とハチドリは答えるというものだ。

 森の火が消えるかはさておき、その時の最善を尽くす大切さは、気候や環境の問題に向き合うとき、忘れてはならないと考える。こうした問題に、一朝一夕に解決するものはまずない。成果が目に見えるのは何年も、時には何十年も先のことだ。だからこそ気候の分野に関わる私自身「ハチドリ」の思いを忘れまいと考える。同時に現実に効果的方法を全力で模索したい。

 ところでそのアホウドリ。実は尖閣諸島にも少数が生息することをご存じだろうか。最新の研究では尖閣産アホウドリは鳥島産とは別種である可能性が高いとされる。現在調査すら満足に行えず、その“新種”は認知と同時に深刻な絶滅の淵に立たされそうだ。

(河原恭一、沖縄気象台 地球温暖化情報官)

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