ソニーのサステナビリティ推進 シッピー光・シニアゼネラルマネジャーに聞く

EV(電気自動車)事業への参入で年始から注目を集めるソニー。吉田憲一郎CEOの体制の下、2019年から「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」をパーパスに、「人に近づく」を経営の方向性に掲げ、感動と人を基点とした経営を進める。同社ではサステナビリティ推進をどのように進めているのか。ソニーがCSR担当部署を設立した2003年以前から、サステナビリティの取り組みを現場で支えるソニーグループのサステナビリティ推進部シニアゼネラルマネジャー、シッピー光さんに話を聞いた。 (小松遥香)

――ソニーは1994年に初めて環境報告書を出されています。そこから体制の変化もあったと思いますが、現在、サステナビリティ推進部はどのような体制ですか。

2つグループがあります。CSRグループと環境グループです。CSRグループでは、ソニーグループ全体のCSRの方針などを考えています。あとは情報開示、いわゆるサステナビリティレポートです。ESG投資、機関投資家、リスク事案への対応、社会貢献活動も行っています。

環境グループは、ソニーグループ全体の環境目標、環境方針の設定、実際の中期計画の推進の管理をします。また、ソニーではグループ全社をカバーする「グローバル環境マネジメントシステム」を構築し運用しているので、それがきちんとまわっているのかも見ています。

気候変動などの地球環境の課題や人権などの社会課題への取り組みは、最近「責任と貢献」という言い方をしていますが、環境負荷などを低減していくところに関しては、ソニー自身の「責任」の活動という形で中期計画をつくり、事業横断で取り組んでいます。一方、「貢献」は事業や技術を生かしてユニークな取り組みをしようというものです。これはどちらかというと事業でなければできないことです。

例えば、ソニーグループは2025年までに新たに設計する小型製品のプラスチック包装材の全廃を掲げており、2021年6月にはオリジナルブレンドマテリアルという環境に配慮したサステナブルな紙素材が製品のパッケージに使われ始めました。またソープラス(SORPLAS)という再生材使用率を最大99%まで高めた再生プラスチックを開発し、テレビなどへの導入が徐々に進んでいます。

竹やサトウキビの搾りかす、リサイクル紙を原料にした紙素材オリジナルブレンドマテリアルのパッケージ

――ソニーが現在、特に力を入れているサステナビリティの課題は何ですか。

環境では気候変動です。再生可能エネルギーの導入(2040年までに再エネ比率100%)を加速していますが、お客様の手にわたってからの製品使用時の環境負荷がまだまだ大きいので、省エネやサイトでの環境負荷低減の啓発も地道にやっていかないといけません。

社会については、ダイバーシティや「ビジネスと人権」に力を入れています。欧州の法制化の動きに対しても、関連部署とワーキンググループをつくって取り組んでいます。仕組みづくりをし、情報開示をしていくことが重要です。規制の対象に直接ならなかったとしても、顧客、お客様、ステークホルダーからの要求・期待もあります。

――そうした課題に取り組んでいく上で、サステナビリティの社内浸透のためにどのようなことを行っていますか。

社内へのコミュニケーションについては、いろいろな啓発活動を行っています。例えば、年に4―5回のペースでサステナビリティ・フォーラムを企画・開催しています。人事部が開催するダイバーシティ・ミーティングに相乗りする形で開催したり、人権デーにあわせて講演会をする際に一緒にやったり。さらに、広報とグループ内のコミュニケーションとしていろいろな記事を発信しています。

事業側とは、長期的に考えて各事業においてサステナビリティの領域で何が重要か、というような問いかけやコミュニケーションを繰り返し行っています。例えば、エレクトロニクスの事業であれば製品の環境負荷、エンタテインメント事業だと特に2020年から始まった「グローバル・ソーシャル・ジャスティス・ファンド(基金)」があるので、ソーシャル・ジャスティス(社会正義)とかダイバーシティが事業にとって非常に重要な社会課題ですねとか。

そういった議論が進められるようになってきたので、ではその重要な課題を事業としてもきちんと中期事業計画にいれてもらえませんかとか。KPI(重要業績評価指標)として測っていきましょう、役員報酬にもそれがきちんと反映されるようにしていきましょう、といったことをこの1―2年の間で仕組み化し、事業側への浸透、特にマネジメント層への浸透を図ってきました。少しずつですけれども、事業側もマネジメント層も意識が変わってきたと思います。そこは大きな進展かなと思います。

――その大きな進展の背景には、吉田 CEO の就任による 新たな経営体制への変更以外に外部的要因もあるのでしょうか。

両方です。吉田はじめ本社のマネジメント(経営側)がサステナビリティの重要性というのを発信し続けていることもありますし、SDGsの認知度の高まりや新型コロナウイルス感染症の拡大などによって社会に対する意識が強くなったことも当然あったと思います。

――コロナ禍でサステナビリティの社内浸透は加速したと思いますか。

私個人としてはそう思います。そもそもソニーの事業は、感動を提供していきたいとか、エンタテインメントによって人々に楽しみを提供するというもので、それが事業のパーパスです。それを実行していくにあたって、地球環境や社会の取り組みはその大前提であり、ベースとなるものです。

しかしコロナ禍でその大前提がものすごく揺らいでしまいました。これまでのビジネスができず、社会が大きく変わるなか、本当にその事業の価値や社会においての価値って何だろうかということを社員もそうですし、その事業を担っているマネジメントも強く意識したと思います。パーパスやサステナビリティを改めて大切にしていかないといけないという意識がそこで加速しました。

――サステナビリティの浸透度、どれくらい自分ごと化できているかについては調査などしていますか。

パーパス&バリューズの浸透度・共感度は測定していますが、サステナビリティについてはこれまでデータがとれていませんでした。しかし最近、意識調査のようなものについても試みを始めています。

――サステナビリティを浸透させていく上での課題はありますか。

これだけサステナビリティと言われるようになってきたので、マーケティングにも取り入れたいという要望も聞いています。ただサステナビリティの領域はウォッシュなどの課題もあるので、啓発をしていくことが必要だと思っています。ガイドラインのようなものを作った方が良いのではないかという話も社内で出てきていますし、サステナビリティ推進部に相談が入るようにしておくことや、どういうことに気をつけないといけないかを伝える勉強会は始めています。

――2019年にパーパス「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」とバリュー(夢と好奇心・多様性・高潔さと誠実さ・持続可能性)が制定されました。サステナビリティとパーパスの浸透は同時に行われているのでしょうか。

並行して行っています。パーパスの浸透はSony’s Purpose & Values事務局が推進を担当し、広報と人事、クリエイティブセンター、CEO室、ブランド戦略部の横串で行っています。

――パーパスの制定は企業においてどのような意味を持っていますか。

ソニーの社会的な存在意義を表したものがパーパスです。そのパーパスが制定された一つの大きな目的が、世界中にいるソニーグループの社員に一つの方向性、会社がどこを向いているかを共有するためということがありました。何のためにこの会社にいて、どこを目指しているのかということがクリアになったことは大きかったと思います。

実際、パーパスとバリューが制定されてから、社内のコミュニケーションにおいて、なぜこういう活動をするんだとか、なぜこういう取り組みなのかということのほぼ全ての起点がパーパス&バリューズに基づき語られるようになりました。

また、パーパスが制定された後、各事業もパーパスに基づきそれぞれのミッションを見直すというプロセスを進めてきました。社員一人ひとりもそうですし、各事業のマネジメントも各事業にとってそれがどういう意味があるのかということをコミュニケーションを通して伝えています。

――一社員として、パーパスやバリューが新たに制定され、浸透してきたことで仕事がやりやすくなったと感じることはありますか。

そうですね。サステナビリティ全体が、マネジメントの承認や世の中の動きがあり、非常にやりやすくなってきました。その核となる考え方にパーパスがあるというのは、その意義を一つひとつ説かなくても分かるということです。また投資家の方と対話させていただく機会がありますが、パーパスがあってそれに基づいてこういうことをやっているという説明ですごく納得されるので、そういった面でも非常にやりやすくなりました。

――ソニーは社会貢献活動にも力を入れて取り組まれています。サステナビリティが重要視される時代において、社会貢献活動の意義はかつてのものとは変わり、より重要で企業価値につながるものになってきていると思います。社会貢献活動をどう捉えていますか。

社会貢献活動は大きな変化点にあるという気がします。ソニーの場合は、創業期から創業者の井深大が教育の重要さを説き、戦後の日本社会を救うのは教育だということで理科教育にすごく力を入れていました。その流れで今はSTEAM(科学・技術・工学・芸術・数学)教育の支援に取り組んでいます。また、グローバル企業として、社会正義のような大きな社会的課題に対して取り組むために、2020年6月には「グローバル・ソーシャル・ジャスティス・ファンド」を1億米ドル(約115億円)規模で立ち上げました。

――社会正義に関しては、ブラック・ライブズ・マター運動が全米に広がり、特にアメリカに拠点を置く企業はさまざまな対応をみせました。日本の企業・ブランドが人種差別などの社会正義の問題に取り組む事例は多くはないと思います。なぜソニーはファンドを立ち上げたのですか。

ブラック・ライブズ・マターについては、コロナ禍がマイノリティ、黒人のコミュニティに対してより大きなインパクトを与えていることが顕在化して、社会運動につながっていく中、米国に拠点に置く事業、映画や音楽、ゲーム事業などが非常に影響を受けました。もちろん社員も影響を受けました。

そもそもエンタテインメント事業はいろいろなカルチャーを基盤にした事業になるので、この社会正義の問題に対してきちんと対応しないと事業自体が成り立たなくなるというほどの危機感が事業側のマネジメントに強くありました。そうした声が吉田をはじめ東京のマネジメントに届けられて、きちんとやるべきだろうという判断に至りました。具体的には、人権の保護や人種差別の是正、DE&Iの推進、社会で活躍の機会が十分に得られていない人々への教育や育成などに取り組む団体への支援を行っています。

――支援は現在どれくらい行き渡っていますか。ファンドの支援先はアメリカ以外の国・地域も含まれますか。

これまでに7割ほど使途が決まっています。その中には、1年や1回で終わるものではなくて、3年かけて支援するというものも含まれています。支援をしたからといってすぐに解決するものではないので、今後も継続的に活動に取り組んでいこうという形で特に期限を設けることなくやっています。対象は、アメリカだけでなくイギリス、欧州、他のアジア地域から申し込みがあり、実際に支援させていただいています。事業会社からの申請を本社で審査をして、支援を提供するという形で何回かに分けて行っています。審査はわれわれサステナビリティ推進部と経営管理部が担当しています。

――シッピー・シニアゼネラルマネージャーは民間の財団から2000年にソニーに入社され、20年以上、環境・CSRに関連する部署で働かれています。その間、どのような変化がありましたか。

一番大きな変化は、経営の中での位置づけです。社会へのプラス・マイナスのインパクトに対する企業の社会的責任(CSR)の重要性は、それぞれのマネジメントも認識を持っていたと思いますが、経営にとってなくてはならない、それが前提となるという考え方に変わってきたのはここ最近です。それを受けて、各事業においても真剣に取り組んでいくという姿勢になってきたのはさらに最近です。やはり現在は長期的な視点で経営を考えることをとても大切にしています。そうした変化は非常に大きかったです。

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