カンヌ受賞!『MEMORIA メモリア』 異星人の如きティルダ・スウィントンが魅せるアピチャッポン流“絵画的”映画

『MEMORIA メモリア』©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

地球に落ちて来た女

ある日の明け方、地球の核が震えるような【音】に襲われるジェシカ。【音】はジェシカにしか聞こえず、前触れもなく鳴り響いては彼女を悩ませ、その正体を探るうちにジェシカは不眠症に陥る。

『MEMORIA メモリア』©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

サウンドエンジニアの“エルナン”を紹介され、【音】の正体を探る彼女だが、満足のいく音の再現には至らない。妹が入院する病院で考古学者アニエスと知り合ったジェシカは彼女の研究室で頭蓋骨に穴の空いた人骨を見る。その人骨に魅せられた彼女は骨の発掘現場へと向かうと、そこにはまた“エルナン”と名乗る漁師がいた。彼と記憶について語らううちに彼女は何かを悟る……。

『MEMORIA メモリア』©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

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ティルダ・スウィントンが演じるジェシカは空白だらけだ。辛うじて花屋(※農ラン業)であることは分かるが、年齢も家族との関係もハッキリしない。ただ【音】に悩まされている人間でしかない。不眠症を患うわりには、苦しんでいる様子もない。

『MEMORIA メモリア』©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

不眠症を理由に医者に行き、薬を処方してもらっても飲む気はさらさらない。「病に悩んでいるなら、神を信じること」と諭されても全く無関心。たが、耳にするもの、目にするもの、触るもの、全て物珍しそうに眺める。まるで初めて地球にやってきた宇宙人のようだ。『地球に落ちて来た男』(1976年)ならぬ“地球に落ちて来た女”といったところか。

『MEMORIA メモリア』©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

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アピチャッポン・ウィーラセタクン×ティルダ・スウィントン

思えば、ティルダ・スウィントンは、デビッド・ボウイとの関係を「精神的な“いとこ”だ」と発言したことがある。これはフローリア・シジスモンディ監督(『ランナウェイズ』[2010年]ほか)が手掛けた『The Stars (Are Out Tonight)』のミュージックビデオ(2013年)で、ボウイとスウィントンが名声の亡霊に取り憑かれた異星人のような夫婦を演じていることからだろう。また、スウィントンのイギリス時代の主演作の一つ『Friendship’s Death(原題)』(1987年/日本未公開)で異星人を演じていることも本作を語る上で重要だ。

ボウイと同様、スウィントンも自然界と超自然界を融合させる不思議な力を持っている。タイの“芸術家”アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の最新作であるこの『MEMORIA メモリア』では、その資質が完璧に生かされている。

『MEMORIA メモリア』メイキング ©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

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第74回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した本作(2022年度の第94回アカデミー賞では国際長編映画賞コロンビア代表作品候補)は、人間のあいまいな記憶、破壊された自然の秩序、犬の怪談、頭内爆発音症候群、ウイルスの増殖、古代の骨、高度テクノロジー、アナログで人間的な即興ジャズ、大自然の力を醸す地政学、未踏の地に漂う人ならざる存在、眠りと死……それらをスウィントンの芝居がマドラーとなり、不思議な色彩のカクテルに仕上げている。

『MEMORIA メモリア』©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

多くのカットは固定カメラであり、台詞も動きも最小限に抑えられている。しかし草木の微妙な動き、雨音、小鳥の鳴き声、突如響く【音】はインスタレーションのようでもあり、時折完全に動きを止める場面は絵画のようだ。先ほどカクテルと称したのは、このような繊細なカットの連続が、酔いのような催眠感を醸すからだ。

『MEMORIA メモリア』©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

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観客を催眠にかけ、答えを示さない不確実性の淵に立たせる

アレハンドロ・ホドロフスキーやデヴィッド・リンチ、アンジェイ・ズラウスキーのように、物語やプロットは二の次にして「映画を観る」という行為を通して、観客に“答え”を考えさせる監督は多い。アピチャッポンもその一人だ。

『MEMORIA メモリア』アピチャッポン・ウィーラセタクン監督 ©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

答えを明確にせず、観客に答えを委ねる場合、多くは本作で観られる絵画のような「スローシネマ」美学が持つ不思議な催眠性に頼ることが多い。ジェシカが目覚めるまで長く続くオープニングショットから、死のような、夢のない眠りについた瞬きのない顔の不気味なクローズアップまで、この映画は謎を急いで明らかにしようとはしないのである。

『MEMORIA メモリア』©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

「ああ、俺は不幸だ(恍惚)」絶望中毒者の異様な情熱『PITY ある不幸な男』から紐解く“ギリシャ不条理映画”の世界

第63回カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した『ブンミおじさんの森』(2011年)と同様、アピチャッポンは我々を催眠と答えを示さない不確実性の淵で震わせながら、観客をスクリーンに釘付けにするのに十分な幻想を提供し、未知の領域へと深く導いていくのだ。

『MEMORIA メモリア』メイキング ©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

文:氏家譲寿(ナマニク)

『MEMORIA メモリア』は2022年3月4日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか公開

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