頑張り屋の「せっちゃん」は学校で命を絶った いじめを疑う父に、先生は、教育委員会は

桜の前で妹と楽しげに写る準奈さん(左)=2020年4月(遺族提供、画像の一部を加工しています)

 「行ってくるね。せっちゃんも気をつけてね」「いってらー」。思春期の娘が久しぶりに返事をくれた。「良い一日になるな」。父親はそう思った。これが娘と交わした最後の会話になった。

 2021年2月12日、山形県酒田市立中学1年の石沢準奈(いしざわ・せつな)さん=当時(13)=が校舎から飛び降り自殺した。バレーボールに打ち込み、頑張り屋と評判だった娘はなぜ死を選んだのか。「死ね」「きもい」。学校で娘に向けられた言葉はいじめだったのでは。真実を追う遺族に取材を続けた。見えてきたのは、学校や市教育委員会の不可解な対応だ。(共同通信=安村友花)

 ▽傘を忘れた子にせっちゃんは…

 笑顔を浮かべる準奈さんの遺影は、友人や後輩からの手紙とプレゼントで囲まれていた。昨年10月、父の祐樹さんは記者に「せっちゃん」の写真を見せながらどんな子だったか教えてくれた。試合中にボールを追いかける様子。金メダルを首にかけチームメートと肩を組み合い見せた笑顔。妹の手を取り公園で遊ぶお姉ちゃんな一面も…。

バレーの試合に参加する準奈さん=2020年7月(遺族提供)

 「将来の夢はバレーボール選手。みんなが諦めてしまうボールも、せっちゃんは最後まで追いかけるから頑張り屋さんだねとよく言われた」

 正義感が強く、困っている子は放っておけない性格だったという。小学校のとき、傘を忘れた低学年の子に自分の傘を渡して、ずぶぬれで帰ってきたことも。「亡くなった後『せっちゃんに救われた、助けてもらった』って教えてくれた生徒もいた。本当に誇らしくて今でも自慢の娘」

 準奈さんは祐樹さん、母親、妹の4人家族。女性陣3人は特に仲が良く、毎日一緒にお風呂に入り、3人一緒の布団で眠った。

 「いつもせっちゃんと妹と3人一緒。子供が次に何をするのかがなんとなく分かったんです。でもあのときはなんにも気付けなくて」(母親)

 準奈さんの死から1年を前に、祐樹さんに改めて話を聞いた。「亡くなる前日、夕食を食べながらたわいない会話をして、笑ってたのに。生まれたときのせっちゃんと、病院での最後の姿が毎日フラッシュバックする。つらい。ただそれだけ」と声を詰まらせた。

バレーの練習に打ち込む準奈さん=2020年9月(遺族提供)

 ▽「つかれちゃった」

 その日の朝、午前7時15分。準奈さんが学校に向かうのを母親は見送った。午前8時前、教材室で体操服に着替え校舎4階から飛び降りた。きれいに畳まれた制服の上には遺書が置かれていた。「ずっとがんばってわらってた。でもね、つかれちゃった」。そう記されていた。

 準奈さんは生前、げた箱に「死ね」「きもい」と書かれた手紙を複数回入れられる嫌がらせを受け、担任に相談していた。遺族はその事実を、駆け付けた病院で警察官から聞かされた。病院に居合わせた担任は、事実を確認されると「え?」とだけ言った。「警察官は担任からげた箱の話を聞いている。それなのに担任は私たちに対し知らないふりをした上に、謝罪も一切なかった」。遺族はその後も事実を確認しようと試みたが、しばらくして担任とは連絡が取れなくなった。「いじめがあったんだ」。そう思ったが遅かった。「せめて真実を」。その思いを学校の調査に託した。

 ▽校長の態度

 生徒が自殺し、背景にいじめの可能性が否定できない場合、いじめ防止対策推進法に基づき、学校や学校の設置者はいじめの重大事態と認定し、自殺の背景調査を始める。その後、外部の専門家などを交えた詳細調査に移行する。今回の場合は、準奈さんの自殺直後に学校が背景調査に入り、約1カ月後の3月9日、調査を終え、市教委に報告書を提出した。

 しかし、学校や市教委の対応は不可解に思えた。調査の終了や報告書の提出を遺族に伝えなかったのだ。

 4月に入ってからも、自宅には校長や教頭が度々訪れ、遺族の話を聞き、メモを取っていった。祐樹さんは自宅で教頭に「げた箱に紙を入れた生徒を探したい」と何度も訴えた。調査は続いているものだと思っていた。「だけど新しく代わった校長は線香を上げるだけで、『大谷翔平がすごい』とか『東京五輪は開催できるのか』とかそんな話ばかり。せっちゃんの話は一切しない」。げた箱の件を聞いても「うーん」と言うばかりだったという。

公園で妹とじゃれる準奈さん(左)=2020年3月(遺族提供、画像の一部を加工しています)

 新しい証拠が出てこないと調査できない。お盆を迎える頃、教頭はこう切り出したという。学校ではバレー部の顧問が「準奈さんの自殺の原因は分かったし、解決した」と話していたと、他の生徒の保護者から聞いた。

 「もう無理だな」。祐樹さんは9月1日、フェイスブックに調査が進まないことやこれまでの経緯を投稿。すると学校は、保護者会を開いた上で調査を再開すると態度を一転させた。

 直後、祐樹さんは市教委に情報開示を請求。報告書の提出日が3月9日付だったと、その時初めて知った。「うちの子が死んで1カ月もたっていないじゃないか。家に来てメモを取っていたのは、何だったんだ」

 報告書は、職員が読み上げるのを聞くだけで、遺族が目を通すことはできなかった。いじめがあったかどうかの言及はなく、1枚全て黒塗りのページもあった。知らない間に調査が終わっていたことに、祐樹さんはがくぜんとした。

 ▽「隠蔽ではないのか」

 「3月3日、(遺族に)第三者による詳細調査については希望しないことを確認した」。報告書には身に覚えのない文章も記載されていた。

 遺族にとって、3月は悲しみが大きく何も手に付かない時期だった。詳細調査や保護者会は、落ち着いてから考えると伝えた。学校は自分たちに寄り添ってくれていると信じていた。そもそも背景調査を終えていたことも知らなかった。「一番つらくしんどかった時期を利用されたようだ」。祐樹さんは怒りを隠さない。

妹と手をつなぎピースサインをする準奈さん(右)=2020年8月(遺族提供、画像の一部を加工しています)

 さらに背景調査の過程で重大な取り違えが起きていたことも分かった。

 学校は年3回、全校生徒と保護者を対象にいじめに関するアンケートを実施している。20年6月のアンケートでは、「子どもがいじめを受けているか」という設問に対し、母親が準奈さんから話を聞き「当てはまらない」を選択。11月実施分では「当てはまる」と回答した。

 ところが学校は11月分を6月分と取り違えて、報告書とともに市教委に提出していた。市教委には「いじめはない」と答えた6月分が2枚提出され、母親がいじめを訴えた11月分は届かなかったことになる。

 取り違えも情報開示請求の際、遺族の指摘で判明した。準奈さんが亡くなった当時の校長は取材に対し「取り違えがあったのは事実。責任は調査の最高責任者の私にある」と認めた。祐樹さんは「根幹に関わる部分で取り違えはあり得ない。隠蔽ではないのか」と憤る。しかし市教委の鈴木和仁教育長は昨年11月、取材に「取り違えという表現はおかしい。作業ミスだ」と強調している。

 ▽やっぱりいた

 昨年9月末、酒田市教委は遺族の意向を受け、第三者委員会による詳細調査を始めると明らかにした。外部の専門家が公正中立的な立場で自殺の原因解明に臨む。原則非公開のメンバーは、肩書と名前のみ、遺族に明かされた。祐樹さんらは仕事の合間や休日を使って、委員の経歴や交流を調べた。

 「やっぱりいたよ」。10月中旬、祐樹さんから記者に連絡があった。委員の1人が、調査対象となる中学の校長と「つながり」があるという。

 その委員は県のスポーツ協会の理事を務めている。理事は協会の評議員会が選任したり解任したりする。準奈さんが通っていた中学の現在の校長は評議員の1人だった。委員は自分の人事権を握る人物を相手に調査をすることになる。

 「身内による調査だ。外してくれ」と遺族は反発。委員は別の人物と交代したが、市教委は「臨時で別の委員を追加し、その結果今回の調査からは離れてもらっただけだ」と、遺族の要望はなかったとしている。

 今年2月、改めて市教委に取材した。「酒田は狭いので、そこから教育関係者を探すとなると何もない方が難しいですよ。人間関係のある人が入ってしまうのは仕方ない。利害関係者ではないので」と回答した。

 ▽「バイアスを排除」

 第三者委は調査を始めた昨年9月末、全校生徒と保護者を対象にアンケートを実施した。ところが直後の11月、遺族が要望していた9月分のアンケート結果を開示せず、もう一度生徒のみを対象にアンケートを行っている。

 なぜか。昨年12月、理由を問われた鈴木教育長はこう答えている。「1回目はインターネットや報道を受けてバイアスがかかってしまったと(第三者委から)報告を受けている。そのまま受け取っていいのか判断が難しいものだと思う」。2回目の狙いについては「今回は『自分で見た、聞いた』ということがないか、バイアスを排除した形でやりたいという考えだろう」

 第三者委の意に沿わない結果が出たので、アンケートをやり直した。そう解釈できる説明だ。

雪山で妹とポーズを決める準奈さん(右)=2020年12月(遺族提供、画像の一部を加工しています)

 記者が入手した二つのアンケートには大きな違いがあった。

 9月分は「準奈さんについて何か知っていることはありますか」を直接尋ねた。設問は「げた箱に紙が入れられたことについて」などの計四つで、「ある」か「ない」かを答え、「いつ」「誰が見た」「誰から」「聞いた」という具体的な内容を記述する。一方、11月分はげた箱などに手紙を入れられる嫌がらせを「自分自身がされたか」「他の人がされているのを見たり聞いたりしたか」を問う内容で、準奈さんの名前は出てこない。

 市教委は設問の意図について「(第三者委)は学校現場でいじめの実態が頻繁にあったのか確認したかったのではないか。決して9月のものがだめだったと言うことではない」と話した。

 しかし、十分な説明のない再アンケート実施に対し、遺族は「結局、9月のは信ぴょう性がなかったことにしたいんだ」と納得していない。

 ▽テストが近いので

 第三者委は今年1月、9月分アンケートの一部開示に応じた。ただ確認ができたのは生徒用アンケートのコピーのみで、加害生徒の氏名が記載されたとみられる部分は黒く塗られていた。市教委は「遺族から要望のあったものは全て開示した」と説明したが、遺族は「9月に実施した保護者用と生徒用のアンケートの原本の開示を求めた。せっちゃんについて知っていることが『ある』にまるを付けているのに、何も書かれていない回答用紙がたくさんあった。誰が娘をいじめていたのかも知ることはできなかった」。これまでの市教委などの対応を受け「信用しきれない部分があるから原本の開示を求めたのに、応じてもらえなかった」と肩を落とした。

 黒塗りにされていた生徒への聞き取り調査も行われておらず、早く聞き取りをと訴える祐樹さんに対し、第三者委は「期末テストが近いので」と返答したという。

 ▽「死んだらありがとうと伝えて」

 鈴木教育長は2月17日の記者会見で、準奈さんが遺書とみられる紙を複数残していたことを明らかにした。「市教委や第三者委は調査が始まった早い段階で把握していた。当時の思いなんかも含まれていると思う」と説明し、内容などは「第三者委で対応中」とした。これまで市教委は準奈さんが残した遺書や手紙について言及してこなかった。

 祐樹さんによると遺書とみられるのは準奈さんが小学時代の恩師に宛てに書いた手紙とノートに挟まっていた紙の2枚。いずれも準奈さんが亡くなった後に両親が発見した。「7月6日」付で書かれた恩師への手紙には「みっともないんですが自殺したいと考えていまして」「死んだら友達にありがとう、大好きと伝えてください」などと書かれているという。結局、手紙は恩師の元に届くことはなかった。

 残されたもう1つのメモには、友人や勉強、部活などが自殺の原因と書かれ、「いじめを皮切りに全部うまくいかなくなっちゃったんだなと感じ取れる内容だ」と祐樹さんは話す。

遊具で遊ぶ笑顔の準奈さん=2020年3月

 さらに準奈さんが生前に夏休み前の課題として担任に提出した「自殺について」と題された原稿用紙5枚分の読書感想文にも「死に逃げるなんてずるい。私だって死にたい。今すぐ死にたい」「何度も自殺したいと思ったことがある」などと綴られていることも遺族への取材でわかった。

 祐樹さんは「こんな早くからせっちゃんが死にたいって思っていたと知りショックだった。読書感想文だって読めば精神のバランスが崩れていることがはっきり分かる。『死にたい』と思うなんて普通じゃ考えられないじゃん。それでも私たちに連絡はなく、全部事後報告。もし知っていれば絶対に助けられた。二度も見過ごされ、本当に悔しい」と怒りと悲しみで声を震わせた。

 ▽3月末めどに調査終了

 鈴木教育長は2月の記者会見で、関係者への聞き取りは終了したと発表し、3月末をめどに報告書をまとめるとした。調査は事実上終了することになる。

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