原発被災地で始まった「太っ腹な」若者起業支援とは 福島・浜通り「フェニックス・プロジェクト」

カフェ開業に向け改修中の古民家で話す、「フェニックス・プロジェクト」の1期生の志賀風夏さん=福島県川内村

 東京電力福島第1原発事故で被災した福島県沿岸部の浜通り地方13市町村に暮らす、地元商店主ら約100人でつくる「HAMADOORI13(はまどおりサーティーン)」という復興支援団体がある。避難を強いられた故郷の暮らしやなりわいの再建に力を注いできた人たちが中心となって立ち上げた組織だ。

 いま取り組むのは若者の起業支援。審査に通った若者に3年間で最大3千万円を支給し、先輩経営者が自身の経験や人脈をフル活用して個別に鍛え上げる。「原発事故に負けてらんねえって思いが根底にある」。故郷をゼロからよみがえらせようとする、40~50代の中小企業経営者らの挑戦が始まっている。(共同通信=西村曜)

 ▽不死鳥のように

 若手の起業家育成は「フェニックス・プロジェクト」と呼ばれる。浜通りに新興企業が増えて、故郷が不死鳥のように復活してほしいとの願いを込めた。若者への支給金は東日本大震災復興支援財団(東京)が負担。返済義務は課さないという太っ腹な企画だ。

「HAMADOORI13」代表の吉田学さん

 応募条件は浜通りで起業し、平成生まれであること。事故が起きた2011年時点で社会に出ていなかった大学生までを支援対象と決めたためだ。起業までに浜通りに移住すればよく、出身地の縛りはない。

 「避難指示が解除されても産業がない町に人は戻れない。自分たちで作っていかなければならないと思った」と語るのは団体の代表、吉田学(よしだ・まなぶ)さん(46)。第1原発が立つ大熊町出身の吉田さんは、現在いわき市で設計事務所を営んでいる。吉田さんによると、原発事故後の浜通りでは企業が減った上、復旧工事や除染に関わる業種に偏った。

 団体の会員で、浪江町の重機レンタル業前司昭博(ぜんじ・あきひろ)さん(40)も「浪江の企業数は東日本震災前の3分の1になった。経営者は40代以上ばかり。若手が来なければ地域がなくなってしまう」と語る。会員に共通する「10~20年後、工事や除染が終わった後はどうするのか」との危機感が思い切ったプロジェクトを始めさせた。

前司昭博さん

 ▽原発事故で途切れたバトン

 「地域には見えないバトンがあるんだ。『じゃぁ次はおまえな』って商工会や消防団で先輩から代々受け継がれてきたもので、若手は役職に就いて『地域のために先輩たちはこんなことしてきたんだ』って気付いて地域のための活動をしていく」。そう語るのは富岡町で食品会社を営む副代表の藤田大(ふじた・だい)さん(52)だ。

「HAMADOORI13」副代表の藤田大さん

 そのバトン渡しが原発事故で途切れた。「漫画で静けさを表す『シーン』っていう言葉があるでしょ。事故後誰もいなくなった富岡町はその文字が見えるんじゃないかと思うくらい静かで、行くたびにため息を落として帰るような町だった」

 事故直後は原発関連企業の社員として全面マスクを着け収束作業をしていた吉田代表も、第1原発への資材運搬を担っていた前司さんも、無人となった故郷の悲しさを覚えている。

 その後、避難指示が解除されて戻ったのは高齢者が中心。地域の将来というバトンを受け取るはずだった世代は避難先で家を建てたり、新たに職を見つけたりした。子育てや生活のためやむを得ないことではあった。

 「それでもあのゼロになった故郷の姿を知っているから、今の姿は『ここまで進んだんだな』って思って見ている」と前司さんは語る。

 外から見れば、人口が激減し、空き地も広がる「被災地」かもしれないが、地元から見れば少しずつ故郷を取り戻してきたとの自負もある。だからまたバトンを次につなぎたい。若手の起業家育成にはそんな狙いもある。

 団体は「55歳以上は金を出しても口は出すな」という特別ルールを設けている。若手の積極的な発言や行動を促すためで、55歳を超えると問答無用で発言権を失う。若者が主役となって、地域の30年先まで見据えて活動するためという。

 藤田さんは「原発事故に遭った浜通りは、0から1を作らないと行けない場所だ。でもこの1を作ることは楽しいんだ。失敗もあるけど団結して絆が生まれ笑顔にもなる。人生の最期、『3・11があったからこそ、俺は最高に幸せだった』と思いたいんだ」と笑った。

 ▽人間くさく

 1月19日、Jビレッジ(福島県楢葉町)の会議室で、フェニックス・プロジェクトの1期生に選ばれた20代の起業家4組5人がお披露目された。報道陣の前に並んだ新米社長たちの表情は、笑顔ながらどこか緊張でぎこちなさも残っていた。新事業は、酒蔵や教育サービス、カフェ、テナント業と幅広い。

フェニックスプロジェクト認定書の授与式=1月、Jヴィレッジ

 5人には先生役の会員がそれぞれ付き、先輩経営者の視点からマンツーマンで助言したり、人脈づくりを手伝ったりしながら黒字化を目指していく。返済義務のない資金援助に加え、こうした伴走支援がプロジェクトの特徴。藤田副代表は「経営は必ず壁にぶち当たる。先輩経営者はそれを経験しているから解決法を提示できる」と狙いを語る。

 川内村でカフェと村産品販売のインターネットサイトの運営を目指している1期生の志賀風夏(しが・ふうか)さん(27)は「藤田さんたちにどんどん連れ回され、いろんな人と知り合えている。資金面だけじゃない、こんな人間くさい支援は他にはない」と語る。

志賀風夏さん

 その上で志賀さんは「みんな経営者だから指摘が鋭いし、陥りやすい経営面の落とし穴も知っている。うまく避けられるようなアドバイスをくれるのも経営者の集まりならではだと思う」とも話した。

 団体は22年度以降も希望者を募り、2期生以降の育成を続けていく予定だ。吉田代表は「企業が増えれば取引先や従業員向けなど付随した商売も生まれる。そうやって若い人たちと浜通りを盛り上げていきたい」と話した。

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